第一章:新雪の乙女《ハートメイデン》
新雪の乙女①
黒神輝とアルフェリカ=オリュンシアが
元より行く宛などない。行く先々にある街や村を転々としながら、どこまでも続く荒野を
そんな環境でも生きていけているのは寝床となる車があったことが大きい。
車内には最低限の生活設備が整っていて、生活面における不自由はほとんどない。軍用車両を改造したこの車は小型の魔獣程度の襲撃ではビクともしない。その堅牢さのおかげで夜に見張りを立てなくて済んでいた。
運転しながら、地平の
「だいぶ日が暮れてきたな」
「今日はもう休む?」
「ああ、夜は危ないからそうしよう。ライトを照らしながら走ってたら魔獣が集まってくる」
助手席に座るアルフェリカに提案に頷き、輝は大きな岩場を見つけるとそこに車をつけた。
「じゃあご飯の準備するわね」
「いつもありがとう。助かるよ」
「いいわよ。あたしにできることなら何でも言って? 何でもするわ」
「ありがとう。そのときは頼むよ」
礼を告げながら、車内の光が漏れないように遮光板でフロントガラスを覆う。背後ではアルフェリカがキッチンで食材を取り出していた。
「まだ陽が落ちきってないから外で火を点けるわね。燃料節約しないといけないし」
「そういえば食料もそろそろ補充が必要だよな?」
「そうね。食材はもうほとんど残ってないわ。保存食と合わせて五日ってところかしら」
「このまま南下したら大きな都市があったはずだ。そこで補充しよう」
「『オフィール』ってところよね。でもそんな大きな都市だったら、さすがにあたしたちのこともわかってるんじゃない? 大丈夫かしら」
『アルカディア』での出来事は世間では『アルカディア事件』と呼ばれていた。
報道によれば、都市へ侵入した敵性覚醒体がゲートを破壊。魔獣を内部に招き入れ、その混乱に乗じて大量
この報道に対して『ティル・ナ・ノーグ』は多くを語っていない。都市の復興を最優先と言って、捜索は積極的には行っていなかった。
事件の渦中にあった輝とアルフェリカの容姿も公表されていない。容姿の似ている人物への冤罪を防ぐためと主張して情報を規制しているらしい。
そのせいで情報は錯綜している。事件の全容は目撃証言と報道からなる憶測ばかりが横行し、どの情報が正しいのかわからなくなっていた。
「そうなったら他の街を探そう」
「うん」
頷いてアルフェリカは手際よく石を積み上げて即席の
「それじゃ、あたしは食材刻んでおくから火の方お願いね。リクエストはある? と言っても何でも応えられるほどレパートリーはないけど」
「俺が作ったものに比べれば断然に美味しいから何でもいいよ。アルフェリカの手間が少ないものにしたらいい」
「確かに輝の料理って食べられたものじゃないもんね」
外に出て最初の食事の時のことを思い出したのかアルフェリカは苦い顔をした。
『アルカディア』を追放された日以来、アルフェリカはずっと塞ぎ込んでいた。相当な自責の念に駆られており、食事はおろか水すら口にしなかった。
この状態が続けば弱っていく一方だと思った輝は、彼女に何か食べさせるために料理の腕を振るった。自分が作ったと言えば、口にするくらいはしてくれると思ったのだ。
出来上がった料理は自分なりに満足のいく出来映えだった。
そして満を持して彼女に食べさせたところ――口にした瞬間に輝の顔めがけて吐き出されてしまった。
数日ぶりに聞いた言葉が「まっず!」だったことには心が折れそうになった。
「見た目は美味しそうなのにあの味って……生ゴミかじったらあんな味かもしれないわね」
「俺が作ったものは食べ物とすら認識されないのか……」
料理が不得手という自覚はあるがそこまで言われるとは。
「……そういえば、前にも同じようなことを言われたな」
それはいつだったか。誰に言われたのか。
「ああ、そうか……あいつが料理を作ってくれるようになったのってそれがきっかけだったな」
呟かれた言葉には寂しさが
「ごめん……その、輝がこうしてるのは、あたしのせいだもんね」
輝が思い浮かべているのが誰かを察したアルフェリカは表情を
「それは違う。俺が今こうしているのは俺が選んだからだ。夕姫を守る。アルフェリカを守る。そのために『ティル・ナ・ノーグ』と敵対した。全て俺の選択であり、お前が背負うものじゃない」
「でもそれは、輝があたしを助けてくれたから……あたしのせいで、輝は夕姫と――」
「違う。何度も言わせるな」
知らず強くなった語気にアルフェリカは気圧される。怒られた子供のように首を竦める彼女の様子に輝は自制できなかった自分を恥じる。
「……約束しただろ? 俺はアルフェリカを傷つけない。俺はアルフェリカを裏切らない。アルフェリカを傷つけようとする奴らから、俺はアルフェリカを守る」
瑠璃色の瞳が輝をじっと見つめる。心の奥底を見透かすようなどこまでも透明な眼差し。虚偽を暴き、罪を露わにする審判の眼。
「うん、信じてる」
目尻に涙を
悲しい笑顔。あの日に見せてくれた笑顔とはあまりにもかけ離れていて、見ているだけで心が痛い。
「じゃ、じゃあ下ごしらえするから、火をお願いね。スープにするからお湯も沸かしておいて」
「わかった」
短く返事をして輝は着火作業に入った。アルフェリカはしばらく輝の作業を見守ると自分も調理の準備を始める。
沈黙は重く、包丁が食材を切る音だけがやけに大きく聞こえた。
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