野望


ここに引っ越してきて1月程経過した。

あの地獄の水汲み作業も一月もしているとだいぶ慣れてきた。

「おいフラウ!そろそろルイに新しい仕事も教えてやれ!」

「分かりました。バルトさん。行くぞ、新入り。」


「今日からはゴミ捨ても覚えてもらう。

とは言っても簡単だ!先日冒険者の一団がスライムを捕獲してきてくれたのでなそこに持って行くだけだ!」

「スライムですかぁ、」

「あいつらは何でも吸収して消化することが出来るからな!

人の役に立つ良い家畜だよ!」

「はぁ・・・」


なんて事だ。スライムや冒険者という単語を聞いてもときめかなくなっている。

これはいけない症状だ。でもどうしようも無い事もある。

それでも本気で抜け出そうと思えば出来るのだろうか?

でもその先は?抜け出してここが何処か分からなくて何とかなるのか?そんな言い訳をして納得しようとしている自分にも腹が立つがどうしょうもない。


「おい!着いたぞ!

あの建物の地下にスライムを捕獲してある。

あそこにいるスライムにゴミをかけておけは勝手に消化してくれるからな!」

「はぁ分かりました。」

「じぁあ頼んだぞ!」


そう言い残してフラウは去って行った。

僕は集めたゴミを持ってスライムが捕獲してある建物の中に入った。

そして階段を降りて行き、スライムのいる部屋に入る寸前女の子の声が聞こえてきた。


「っすん・・・ごめんね・・・・・」


(どうしたんだろう・・・)

僕は気付かれないように部屋を覗き込んだ

そこには泣きながら謝るベリアと彼女に話しかけている少女がいた。


「ごめんね。ホントは嫌だよね。ごめんね。」

「気にしないで人間に捕まった私がドジなんだから

それに私がそれ消化しないとあんたが罰受けるのよ?

私は種族の特性で大丈夫だから気にしないで。」

「でも出来ることとやりたく無い事は違うでしょ。

いくら消化出来るとしてもこんなゴミとかは食べたく無いでしょ?」


僕はその会話を不思議な気持ちで聞いていた。

なんでベリアはあの子の事を下に見ないのだろうか。

ベリアは獣人だ。そのため奴隷の間でも酷い差別を受けている。そんなベリアより明らかに酷い扱いを受けているのが彼女だ。

もしベリアが人間なら恐らく彼女を必要以上にいたぶるだろう。ストレスは誰でも溜まる。こんな場所で生きていればたまらない方がおかしいのだ。そこに現れた自分よりも下位の存在、ストレスの捌け口には丁度良いはずだ。

それなのにベリアは彼女の為に涙を流している。

 もう1人の女もそうだ。会話の流れ的に彼女がスライムなのだろう。ここには2人以外の存在が無いので違いないだろう。正直想像と全く違った。もっと流動体で青くて丸いものを想像していただが彼女は意思がある。会話もできる。戦慄が走った。僕はこれから彼女にゴミを浴びせなくてはならないのだ。・・・無理だ。どうしても僕にはあれが道具に見えない。ただゴミを処理するためだけの道具に。

もし会話を聞いていなかったら出来ただろうか?

・・・いや、よそう。

そもそもスライムの彼女の方もおかしいのだ。

何故、あの状況で他人を気遣うことが出来る?自分もしんどいだろうに。毎日毎日、運ばれてくるゴミを消化するだけの人生。僕なら耐えられない。そんな状況で彼女は他人を気遣ったのだ。意味がわからない。


僕は彼女達に声を掛けずにはいられなかった。


「何で、こんな最底辺で他人のために涙を流せる?何故他人を気遣うことが出来る?」

「・・・にんげん」


僕の質問の返事は帰ってこない。人間。それだけで警戒されてしまっている。


「僕は貴方達に危害を加える気もないし今見た事は他言しない。純粋に知りたいんだ。なぜこんな環境でも貴方達の心は醜くならない?」

「・・・」



「・・・僕は一度死んだ事がある。

前世でも奴隷のような生活をしていた。必死に働いても貰える給金は大した事がない。そこから税を納め家賃を納め、生活費、交通費そういった物を引くと手元には大して残らない。何のために息してるのか分からなかった。・・・」


僕は淡々と語った前世の事、死んで心が解放された事、生まれ変わったら知らない土地の奴隷だった事、そんな中、心の支えがベリアの存在だった事。その間2人は黙って話を聞いてくれた。


「・・・だから僕は…俺は差別をしない。味方になりたい。さっきの貴方達の会話が衝撃だったんだ。だから理由を聞きたい。なぜ貴方達の心は醜くならないんだ?」

「私たちが生活していた魔族領では様々な種族が共に生活している。それぞれの種族の特性が有り出来る事や得意な事が違う。

出来ない事を出来る人を敬うのは当たり前。」


人間が同じ事を言ったなら綺麗事として聞き流しただろう。

だが彼女達は本気でそう思っているのだ。それは彼女達の行動が証明している。

それに多種族が入り混じる文化。前世でも今世でも経験がない。確かに出来る幅は違うのだろう。そう言った事が新鮮に感じられる。この世界に来て初めて欲が生まれた。もっと知りたい。そう思えた


「俺は貴方達の事をもっと知りたい。いきなり信用する事は出来ないかもしれない。だがこれだけは信じてほしい。

俺は醜い人間が嫌いだ。人間という種族が嫌いだ。足を引っ張り合い己の欲のためなら綺麗事で弱者を痛ぶる人間が嫌いだ。魔族領の常識を聞いて本気で思った。人間は滅びても構わないと。」

「・・・滅びる?」

「あぁ人間は、人種は害悪だ。人間が滅びたら素晴らしい世界になるそう思わないか?」

「人間のいない世界・・・」

「あぁ理想郷だ。攫われこんな事をさせられる奴のいない世界。

いつかここを出て実現させよう!俺たち3人で!」

「本当に出来ると思ってるの?」

「分からない。だがどうせ俺たちは奴隷だ!ここより下は無いんだ!なら挑戦してみても良いじゃ無いか!」

「・・・」


「俺はルイ!一緒にこの理不尽な世界を変えないか?」

「私はレイよ。助かる可能性があるなら乗るわ」

「・・・ベリア。人間はお父さんとお母さんを殺した。

笑いながらトドメを刺したの。許せない。」

「そんな思いをする者がもう出ないように俺たちが変えるんだ!」


この時2回目の人生にして初めて、生きるための目標を手に入れた。

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