第37話 夢の中で

 水面には青々とした水草が茂り、湖を周回するトレイルの両側には、白詰草やら黄色い花をつけたバターカップやらが群生している。

 日和は木陰にある木のベンチの側に佇んでいた。ベンチの端からは、キラキラと陽光に反射する金色の髪が地面に向かって真っ直ぐ垂れている。

「どうした。どこか痛い?」

 ブレンダは固く目を閉じたまま軽く頷き「大丈夫」とだけ言って、また目を瞑った。

 久しぶりの休み。日和はブレンダを誘って、キラーニーレイクへと出掛けていた。先日バンクーバーの病院で、老人の衝撃的な死に目に遭遇してからというものショックからか体調を崩し、すっかり衰弱していた彼女を励まそうと連れ出したのだが、到着した途端、ブレンダの具合が悪くなり、遂にはベンチで寝かせる羽目になったのだ。

(こうなったのも自分の所為だ)内心、日和は自分を責めていた。

「大丈夫」少し落ち着いたのか、ブレンダが目を開ける。

「無理しないで。リヴに電話するよ」

「いいえ。本当に……大丈夫だから」

 そう言うと、ブレンダはゆっくりと手を伸ばし、携帯を取り出そうとする日和の手を掴んだ。

「心配掛けてすみません。大丈夫。もう少しこうしていれば回復しますから」

「本当? まだ顔色が悪いよ」

「うん本当に。それよりほら、良いお天気」ベンチに横たわったまま大きく伸びをすると、ブレンダは少し起き上がって、持参した水筒から水を一口飲んだ。

「暫くこうしてて良い?」

「もちろん。でもまた具合が悪くなったら直ぐ言ってね。今度こそリヴに連絡するからね」

 そうしますと言って、ブレンダは横になって空を見上げた。

「今日はごめんね。私が誘わなきゃあ——」

「ううん。私一人でも来ようと思ってたんです」

「え?」

「実は、昨日また夢を見て。それが、なんだか今までとは違った感じで……。どこがどうとは言えないんですけど」

「どんな夢?」

「誰かが私を待っているんです。場所は多分ここ。この湖の辺り」ブレンダは湖を指刺した。

「凄く具体的だね。その夢」

「はい。これまでのとは雰囲気も違ってて……。それに、そこで見たんです。あの樫の木の根元に埋めた物」

「それって、ホースシューベイの、あの小屋の?」

「そう。だから、今朝ここに行ってみようと決めてたんです」

「そうか。じゃあ渡りに船だった訳だ」

「そうです。後は夢で見た誰かに出会うだけ」

「素敵な男性だといいね」日和が笑う。「本当に」と言って、ブレンダも微笑んだ。

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