第38話 噂話
「美味しそう!」おにぎりだけでは飽き足らず、咲は別の弁当を物色し始めた。苗は「そんなに食べれる?」と冷ややかな目で、その様子を眺めている。
スナッグコーヴの港に到着するや否や、二人は、直ぐに「キセツ」を探し出した。テンションが最高潮に達した咲は、そのままの勢いで買い物を続けている。噂に聞く「爆買い」というのは、こういうことを指すのだろうと苗は思った。
「だって、どれも捨て難いんだもん」咲が口を尖らす。
「はは、じゃあ、今日は特別にドリンクを一つサービス」と言って、紡は二人に好きな飲み物を選ぶよう勧めた。
「凄い! 嬉しい! 大好き!」咲は感動に浸っている。側で苗は「すみません」と言ってジンジャーエールの缶を手に取った。
「今日はどこから?」
「バンクーバーからです」
「そう。こちらにはいつ?」
「まだ、一ヶ月ほど前に来たばかりで」苗が言うと、横から咲が「私は東京、こっちは福岡から来ました」と口を挟んだ。どうやら、咲は紡のことが余程気に入ったらしい。
「そうか。何も都会的なものは無いけれど、ここは良い所だよ」紡が空を仰ぐと、「全く、その通り!」と、咲は大袈裟に賛同する。
「これからどこかへ行くの?」
「あ、はい。実は今日、コテージに一泊するつもりで……。取り敢えず、これからキラーニーレイク? に寄ってから行くつもりです」
「コテージ? あっちの方だったらゼニアラビリンスとか——」
「あ、そうそう、そこです!」
咲が先走って答え、その横で苗は苦笑する。
「ここです」更に咲は携帯の予約サイトに写った写真を開き、紡に差し出した。
「ここは……」
「ご存知ですか?」紡の表情から何かを感じ取った苗が質問した。
「どうかしました?」
「ああ、うん。実は僕も昨年ここを借りて泊まったんだ」
「凄ーい! なんて偶然なのかしら!」乙女全開で咲が叫ぶ。
「何かあったんですか?」勤めて冷静に苗が尋ねた。
「ああ、まあ」
さっきまでとは打って変わって歯切れが悪い紡に、苗は「良かったら話して下さい」と詰め寄る。
「ああ、脅かすつもりはないんだけど……」と前置きして、紡は二人に行方不明の娘と幽霊屋敷の話を手短に語った。
「済まない。水を指すつもりはないんだ。あくまで噂話だし」
「そうなんだ……。で、何か出ました?」
「え? いや、特に何も。その屋敷にも行ってみたんだけど、これといって特別なものは見当たらなかった」
紡が言うと、咲が「何だあ」と言って残念がった。どうやら、彼女は幽霊にも興味があるらしい。
「だって珍しいじゃない。今時、幽霊なんて」そう言う咲を横目で見て、苗は、そんなの遭遇しないに越したことはないわと言った。
「だって、本当にあった事件なんでしょ?」
「うん。そうらしい。と言っても六十年ほど前のことらしいけど」
「じゃあ、もう時効ね」
咲が鼻を鳴らすと、こんな話してごめんねと、再度紡が謝る。苗は慌てて、お兄さんの所為じゃないですからと言って頭を下げた。
「そうだ。もしかすると、うちのスタッフがキラーニーレイクにいるかも知れない」
「あの写真の女の人?」
背後の壁に、紡を挟んで二人の女性が微笑んでいる写真が飾られていた。一人は黒髪で大学生くらいの日本人女性、もう一人は苗と同じくらいの年齢と思われる金髪の少女だ。
「綺麗な人」ぼんやりとその写真を眺めて、苗が呟く。
「ちぇーっ、お兄さんの周りは美女ばかりですね。モテモテでしょ」
「ええ? まあ、確かに二人とも綺麗だけど、俺なんか相手にされてないよ。異性という意識すら持たれてない」紡が断言した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます