第31話 或る老人の回想 その4

 グラウスマウンテンの急な斜面は人間の侵入を拒み続けていたが、数に勝る人間達はやがて南側の中腹に辿り着き、そこに無慈悲に転がっている、かって人だったモノの周りに群がっていた。

「カール。残念だが——」

「ああ。聞いたよ。父親は何て?」カールと呼ばれた金髪の男は、厚手の革の手袋を外しながら尋ねた。

「もう、良いそうだ。これ以上は無駄だって」

「——そうか。アンドリュー、君はどう思う?」

 若い方の男は、金髪の紳士の方を振り返った。茶色の髪は振り乱れ、目の周りは汗で滲んでいる。

「多分、あそこだ。島だよ。まだ、出ちゃいない」

「そう思うか。俺もだ。——本当に何も知らないのかな」土を落とした手袋に再び手を通しながら、カールは言った。

「あの娘か? 分からないが、何か知ってたら話すだろうよ」アンドリューは首を回して、「俺は、直接あの娘に話を聞いたが、何も見ていないということだった」

「見てない……か」

 前を歩くアンドリューの筋肉質な背中を見詰めて、カールは呟いた。

 

 私にはもう思い残すことなどない。

 生きる気力も理由もない。

 価値を失った、淘汰されるべき存在なのだ。ただ——

 ただ、一つだけ心残りがあるとすれば、それは、私が天国に行けないことだ。行けなければ、もう二度と会えない。

 会えないのなら無意味だ。何のために、ここまで生きて来たというのだ。

 そうか、やっと解った。

 私が永遠に葬ったのは——

 私自身だったのか。

 老人は力無く日記を閉じた。

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