第17話 或る老人の回想 その3
「眠っているのかしら?」
沈黙を破られ、老人は苦々しい顔付きでドアを眺めた。ドアは少し開いていて、その隙間から廊下の光と共に、誰かの話し声が聞こえて来ていた。
そこに居るのは誰だ? 女か?
何て不躾な! どうしてこんな所にまで訪ねて来るのだ。俺はもう永くはない、放って置いてくれ。
「イクスキューズミー」
煩い奴だ。「入りたければ入って来るが良い」老人はぶつぶつと小声で言ったが、声はドアの外までは届かない。
溜息混じりに、彼は日記帳に記載された当時の記録に目を通し始めた。
「三十名からなる捜索隊は、疲弊しきっていた。
未だ人の手が着いていない原生林と、たっぷりと水を湛えた底無しの沼地が、彼らの行方を阻み、作業は難航を極めていた。そんな折、本土で遺体が見つかったとの報告が入り、人々は今度こそ間違いないと確信した。
『やっぱり、ここじゃなかった。もう島を出ていたんだ』
『何でも、渡船場近くの崖の下の方だったらしい。落ちたんだろう』
『そうか、可哀想に』
捜索隊の人々は口々に噂し、そっと傍にある建物を見上げた。
白壁の館はひっそりと静まり返っていたが、黒い瞳の少女だけが、二階の窓から、その様子をじっと見詰めていた」
「出直すしかないのかな?」
まだ、そこに居るのか。何て執念深い。
老人は聞き耳を立てるが、聞き慣れない言語で、何を話しているのか皆目見当が付かない。
お前らは一体誰だ? 私に何の用がある?
連れて行くなら、さっさとそうするが良い。私は、この秘密を抱えたまま逝こう。
「……」
成る程、そうか。
お前達は知っていて探しに来たのだな。私のことを。
老人は静かに目を閉じ、物思いに耽った。
「違った?」
白髪混じりの金髪を右手で横向きに撫でつけながら、その紳士は椅子に腰掛けたまま、目の前の青年を見上げた。
「はい、父親が確認したところでは、別人だそうです」
疲れた顔で青年が答えた。それを聞いて落胆したのか、金髪の紳士は、背もたれに体を預け溜息を漏らした。
「最初から、やり直しだな」
「ええ、でも、後どこを探したら良いのか……海にでも落ちていたら、もう見つかりませんよ」
「それは……仕方がない。もう一度人手を集めて、出来得る限り手を尽くすんだ。
「イエス、サー」褐色の瞳の青年は、そう言うと、きびきびした動作で、部屋を出て行った。
「どこだ。どこにいる?」金髪の紳士は天井を仰ぎ見て、固く目を瞑った。
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