第3話 真実

 まぶたの裏に光を感じて、雪菜は目を覚ました。起き上がると、そこは朝の光に包まれた一号館一階の廊下。


 「助かったんだ……」


 追い詰められた時、死を意識したせいか助かった事実に複雑な気持ちがつきまとう。体を見てみると怪我をしている様子もなかったが、少女に投げつけた携帯電話とローファーが片方無くなっていた。しばらくぼんやりとしていた雪菜の耳に、懐かしい声が聞こえてきた。


 「この声は……栞と咲! よかった、生きてたんだ」


 見捨てるというひどいことをしてしまい、もはや元の仲に戻ることは不可能かもしれない。それでも、たとえ殴られたとしても謝ることだけはしておきたい。声の主が廊下の角を曲がってくるのを今か今かと待つ。だが曲がってきた者たちを見て、雪菜は凍りついた。栞と咲に挟まれる形で、あの変貌前の少女がいたのだ。相変わらず少女が着ている古いセーラー服。そんなことを気にすることなく栞も、そして少女の顔を見て心底怯えていた咲でさえも談笑していた。


 「栞、咲! その子から離れて!」


 雪菜が叫んでもおしゃべりに夢中なのか、二人は全然こちらに気付かない。ならば今度こそ自分が二人を助けなくては。二人を少女から引き離すために駆けていき、肩を掴もうとする。が、その手がすり抜けてしまった。そのまま雪菜の体は三人と重なるようにして通り抜けたのだ。ああ、そうか。二人はもう自分とは違う世界に行ってしまったのだ。涙が溢れ頬を伝って落ちていく。口を押さえて泣き続ける雪菜の前に、今しがた登校してきたらしい同じクラスの男子生徒が立ち口を開いた。何もないところで泣いていたら理由を聞かれる。慌てて涙を拭っていると、


 「おはよう。栞、咲、新井。お前らいつも一緒とか、本当に仲良いよな」


 「そりゃあね!」


 「当たり前だわ」


 信じられない会話が目の前で繰り広げられる。いつも一緒? 違う。一緒にいたのは自分なのに。戸惑う雪菜の方へ、男子生徒が急に歩き始め向かってきた。ぶつかると思った瞬間、衝撃はなく相手の体は雪菜の体をすり抜け三人の元へ。ここでようやく真実に気付いた雪菜は膝から崩れ落ちると廊下に座り込んだ。違う世界に行ってしまったのは二人の方ではなく、自分の方だったと。四人は教室に向かうため、階段を昇り始める。だが少女だけは昇る前に雪菜の方に振り向き静かに呟いた。


 「あなたの友達もらうね。あなたがいた場所、変わってくれてありがとう」


 この日、噂のローファーは新しくなった。


 


 その記憶を最後に図書室で日記を読んでいた少女は我に返った。今のは何だったのだろうか。冗長な説明会での疲れが今になって響いたのかもしれない。そのせいでうたた寝をして悪い夢を見たのだ。きっとそうだ。無理やり自分を納得させながら慌てて本を閉じ外を見ると、窓の外は日が沈み暗くなっている。


 「いけない、早く帰らなくちゃ」


 日記を元あった場所に戻そうとした時、どこかのページの隙間から一枚の写真が落ちてきた。拾い上げてみると、何人もの女子生徒が肖像画のように額縁の中に収まっており、その下には日付が記載されていた。つい気になり一番新しいものを探してみると、それは十年前の今日で写真には髪の長い綺麗な女子生徒が写っていた。名前は——


 「神崎雪菜」


 読んでしまった瞬間。写真の女子生徒たちが一斉に黒いぎょろりとした目に変わり、少女を見つめてきた。思わず悲鳴をあげ、日記と写真を投げ捨てると出口に向かって走りだす。が、出口を塞ぐようにして神崎雪菜が立っていた。腰が抜けへなへなと座り込んだ少女に向け、神崎雪菜があの言葉をつぶやき始める。


 「カーワッテ、カーワッテ」


と。きっとこれは悪夢の続きだ。早く目を覚まそう。少女はそう思いギュッと目を瞑り、少し経ってから恐る恐る目を開けてみる。神崎雪菜の顔はもう目の前にあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

学校にローファーを履いていくのはダメ、だよ? ハヤサカツカサ @tsukasa0283

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ