自由生活課

田中健


朝6時、決まってアラームがなる。その少し前に起きるのが日課である。自分の寝室から咥えタバコをしながら、はい出た。丁度、同じ頃にパートナーもふらっと起きてきて、朝食を作り始める。自分はミルで豆を挽いていた。

 同居している父母と叔父も起きてきて、朝のニュースみつつ、全員分のコーヒーが淹れ終わると、同じ頃に朝食が出来上がり、全員で朝食を食べた。納豆と味噌汁の実に東北らしい食事だった。

 大体、7時には家を出るから、それまでにはゴミ捨てとトイレを済ませる必要があり、毎朝これに四苦八苦していた。

 今日はうまいこと完遂することができて満足していた。これが、出来れば今日はいい一日になること請け合いだ。

 パートナーが家を出て、自分も同じ時間に家を出た。駐車場に向かいつつ、家族計画について軽く話した。今晩はあまり乗り気ではないが、仕方なかった。

 

 県庁について荷物を下した後、自分のデスクの隣の同僚と始業の時間まで、喫煙所で飲み会の幹事を誰に頼むかを話した。この調子だとどうやら、安田に頼むことになるそうだ。私は下戸だが、ああいう集いは好きだから行く。

 始業になったから、窓口の近くの自分のデスクで、書類作成をしていた。中々困った案件だった。借金苦を理由に安楽死をしたいという住人からの相談であった。

 勤めている課は自由生活課である。QOLの向上を主眼においた課であり20年前に全国一律で、設置された。

 非常に難しい案件であった。自由生活法には、自由生活の適用前に担当者の権限で、法曹関係者に無料で相談をさせることができた。この案件においては破産の手続きを用いれば回避可能であったから、それをさせれば良かった。

 しかし困ったのはこの人間がどうして借金を作ったかということだ。ギャンブルであったからややこしい。破産が通らない可能性が浮上してくる。だからこっちに来たのだろうが、どうにか弁護士に仕事を投げたかった。

 ただ、もう一度この人間と会ってどうこうするつもりも毛頭ない。相談に意味はないからだ。結論を変えることはやっぱりできない。

 とりあえず、カウンセラーへの推薦状に判をついて、課長に提出した。書類に不備はなかったので良かったと思う。

 

 課長と世間話しながら、タバコを吸っていた。課長は最近保険料が上がったらしい。自分も禁煙だろうか。難しいだろうな。こういう時間が好きだし、味も好きだから。

 二本チェーンした後、喫煙所を出るとなんだか騒がしい。よくあることなので、少し野次馬をしてから課に戻ろうとしたら、自分の課だった。

 上の奴を出せとか騒いでいるので、一緒にいた、課長に目配せをしたが、目でお前が行けと言われてしまった。確かに窓口の職員よりは上ではあると思ったが、そういうことではないと思う。仕方ないので向かった。

 話を聞いているとガッカリするような身の上話をされた。ドラッグが切れたらしい。最近は治療の一環で、それまで使用していたドラッグよりマシなのを渡して、徐々に抜いていくというのを行っている。

 その審査をしているのも自由生活課である。そうであるから、来たのだろうが、これは我々の領分ではない。あくまでも医療機関への許可状を発行するのは、我々だが、渡せる筈などないのだ。

 その旨は一応話したが、中々通じていないように思われた。それは、誤解があるからのように思われた。悪いことならここに来ればいい。そういう誤解である。しかしこれもやはり間違いだ。

 我々の役割は、自分の意志で始めたが、止めるに止めることができない人への支援を主眼に置いているだけであり、システマティックな存在である。

 結局、警察を呼ぶことになった。課長はあまり快い顔をしなかったが、じゃあどうにかしろ、という様なことをいうと黙りこくって自分のデスクに戻ってしまった。争い事に介入することも、巻き込まれることも嫌いなんだろう。

 かといってこの様なこと自体はそんなに珍しいことではない。やはりこの課には色々問題を抱えた人が多いのだ。問題といってもあの人たちが抱えたことだ。勝手にこさえた問題で、やっぱりあっちもいいなっていう具合で来る訳だ。

 まぁ、仕方ないと思う。人間の難しさが垣間見ることができるこの課での仕事はやっぱり好きだな。そういうことを考えながら、また吸っていた。


 それぞれが荷支度をし、帰っていく。安田は晩飯に誘ってきたが家族がいる手前それはできない。知っている筈なのに不思議な人だと思う。事実、課長は誘ってこない。

 夕飯は、赤魚の煮付け、いか人参、ニラ玉であった。珍奇な組み合わせだ。だがこれが我が家である。

 一回戦だけして、今日は寝た。悪くない生活だと思う。

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