地上の遊び

               田中 健


 名前はよくわからない、正確にいえば習った記憶のない――多分それは自分の所為だろう――偉人たちがかわりがわり出てきては、下手側に消えていく。

 内容は旅に出る主人公へあの世から戻ってきた偉人たちが、彼らに助言をしながら幸せを求めるというものだった。

「不思議なもんで、患者たちは決まって主人公を嫌うんですよねえ」

「はぁ、そんなもんですか」

 任務といっては変だが、ニホンでの調査の一環として、精神病院を視察することになっていた。初めは話や病気の傾向からニホン地域のいわば風土病を知ることが、主眼であり、それに基づいて、医者から話を聞くことになっていた。しかし話の伝達が上手くいっていなかったのか、それとも病院側の早合点かは知らないが、そういうことであれば、“劇”をみるのが早かろうということになった。ここでいう劇というのは早い話が箱庭療法の変化球らしい。

 そういう経緯である。

パイプ椅子に、座った自分の隣に立つ院長が笑いながら語りかける。少し誇らしげな方が不思議である。

「なかなか面白いですね」

「結構、歴史は詳しいんですか」院長はそう言ったが勘違いなのが可笑しかった。

 最後はテンノウとかいう人たちが出てきて、丸く収めてしまった。

「あれはね、この病院で一番の古株ですよ」院長が補足が必要だろうという顔をして、聞いてもいないのに説明してきた。しかし、その説明こそがなぜだか、一番この任務での中核をなすような、気がして黙って頷いた。

「昔、居たんですよ。宇宙世紀より前に消えたわけですからもう百年前ですかね。日本で一番偉かったみたいですよ。今じゃなにしてるんでしょうな。

 この治療の役は、患者同士に決めさせるんですがね、大揉めするんですよ。それはもう小学校って感じで。

 結局、年功序列で決めるんです。だから古株がテンノウをやるのが慣例なんです」

これを用語としてデウスエクスマキナと呼ぶことを知るのは、この劇から随分、時間をおいてからのことである。


 連邦に対してのジオンの優勢は決定的であった。宇宙はおろか地球すら、占領されているのだから当然といえば当然であろう。

 問題は、ジオンのイデオロギーであった。ジオニズム――つまり早い話がナショナリズムである。私と貴方は違う、この単純明快な二分論。いくら平和裏に成立した地球連邦といえど、諸民族を抱えるこの帝国は歴史の示すところに寸分違わず、神聖ローマ帝国と同じように、その自治権を認めることが重要であった。しかし、人は不満足なソクラテスである。自治権の次には独立というのが人情というものだろう。そういう意味でジオンは支持を集めかねなかった。

 MSとミノフスキー粒子、この二つの前にWW1並みの戦争を強いられている連邦軍にとって、まずもぎ取るべき地球、これを掌握するために必要なステップこそゲリラ戦であった。

 勝てはしないが負けはしないゲリラ。これこそが、建て直しの時間を生み出すのだ。

 南米大陸以外の苦戦。特に穀物地帯の陥落は非常に痛手あったといえる。ジオン軍がある程度の自給を意味したからだ。しかしこれは同時に連邦に付け入る隙を生み出した。

 極東アジア、化石燃料に乏しいジオン軍は、ガウといった石油に頼らない輸送方法を好んだが、地球上での輸送はやはり船に頼る面が徐々に大きくなっていった。

 連邦にとって幸運であったのは、海上戦力は無傷に近く、組織的抵抗が、可能であった点である。

 ジオンも水中MSの投入を急いでいたのは、明らかであった。このほんのわずかな優勢。そして化石燃料に乏しいジオンにとって海上輸送は、ネックであり、どうしても輸送は最短ルートにならざるをえなかった。

 そこで白羽の矢が立ったのが、極東地域、旧名称ニホンである。丸い地球上での事実上の終着駅。ここを拠点に太平洋、インド洋の海上優勢を得る。それは単なるシーレーンの破壊だけを目的したわけではない。オトリとしても期待された。

 極東地域は森林も多く、また主要な戦場から離れていた。ここに戦力を割かせるよう強いることができるからだ。

 これが極東ゲリラ作戦の目的であった。

 この通称菊作戦と呼称される作戦を知ったのは、第三次地球降下作戦からの一週間後である。


 ニホンに秘密裏に上陸してから、与えられた人員はたったの一人で、作戦の重要性を説かれた私にとっては、些か不満であった。

 多分、いくつか地域にわけて、派遣してはいるのだろうが、軍隊特有の秘密主義だ。確かに、なにかトラブルがあっても口をわりようがないのはいいが、連携をしたほうが効率がいいように思われた。

 そんなことを考えながら、近所の売店で買ったタバコを思いっ切り吸い込んだ。

 少しエキゾチックな喫味を期待したが、そういうことはなく、普通に美味しかった。

「少佐、このヤクザに接触するのはいかがでしょうか」

 この珍奇な提案をしてくる男は、連邦極東方面軍大尉、タンバである。この人材難の時代には珍しい将校で、本部から配属された私にとっては、頼りになる存在といってもいい。

「ヤクザって・・・・・・。要するにマフィアってことだろ? 確かにこの手の作戦はそういう裏社会の連中を使うことはあるが、大丈夫なのか? 結構大規模な勢力っていうのが私の持っている知見だが」

「ヤクザはマフィアとはまた異なる勢力とみなすべきです。彼らは大っぴらに活動していますし、地域への浸透ぶりも目を見張るものがあります」

「浸透っていっても、裏社会だろ」

「彼らの真髄は合法的活動と、情報網にあります。表社会にも精通している事例は多いですし、なにより彼らは港湾に大きなナワバリを持っていることが多いです。今回の作戦にぴったりかと思います」

「そんなもんかね、よしやってみるか、結構大きな裁量を貰っているし、物は試しだ」

 タンバの提案には懐疑的であったが、精神病院の件からしばらくは資料調査がほとんどであったし、なにより退屈していた。普段はとても知らない、かかわるべきではない世界への好奇心もないといえば噓になる。

 タンバ曰く、彼らは酒場に“ナワバリ”を持っていることが多いということだったので、リフレッシュも兼ねて繫華街へ繰り出すことにした。普段着なんて持っていないので、軍服で行こうとしたらひどくタンバに𠮟られることになった。

 適当に賑わっている酒場をみつけ、入ることにした。中年くらいの女性一人だけがカウンターにおり、その前には大皿があり、注文したものをそこから、女性が提供する形式の酒場だった。自分の故郷には無いタイプの形態なので、新鮮だった。それに雰囲気も好みだった。それはいいのだが、その落ち着いた雰囲気からはとてもアウトローの匂いは微塵も感じなかった。

「タンバ、これはダメだろう、ここに上陸して一週間だが、俺でもわかるよ」肘で小突きながらいった。

「いや、アタリです。見てください」

 周囲にバレないようにコッソリ指さした。その先には〇×興行という名前の入ったカレンダーがあった。

「あれが、どうしたっていうんだ、よくある会社のカレンダーじゃないか」

「あれが、用心棒宣言みたいなものなんですよ。なんてったって女性一人ですからね。大方、酔っ払いの対処に使うんでしょうな」自慢気な笑みを浮かべていた。

「警察呼べばいいじゃないか」自分にはよくわからなかった。いくら流民が増えたからといっても、この辺の治安はすさまじくよかった。

「警察ですか、お客さん帰っちゃいますよ、時間もかかりますからね。それに、流民の対処で手一杯ですからねえ」

 確かに交番もないのにこのご時世で、盗難すら見かけないのは奇妙だった。町には暗い雰囲気がもたげていた。

「しかし夜なのに電気はちゃんと来ているんだな」着席してから自分はずっとあった疑問を話した。

「多分、工場と港湾施設が壊れてますからね。運よく送電網は生きてるんでしょう。ジオンもそこまでバカじゃないというか、人道的というか・・・・・・」

「コロニー落としておいて、よくいうよ」

「確かに」そういって彼は破顔した。

 少し早めに入店したこともあるだろうが、まだまだ人は少なかった。自分たちともう一人スーツを着た男だけだった。

「ちょっとだけいいですか?」恥ずかしそうに聞いてきた。

「いいんじゃないか、俺は飲まないが」これで飲んだら大したタマだ。

「ありがとうございます」彼はそういって、日本酒を頼んでいた。

 流石に驚いたが、こういう店で二人して飲まないのもかえって怪しいので、もういいということにして自分を納得させた。自分は、だし巻きとかいうオムレツみたいな玉子料理と、きんぴらと書いてあるゴボウの和え物を頼んだ。実はずっと食べたいものの一つだった。タンバはタンバで、芋の煮物を頼んでいた。煮っ転がしというそうだ。

 自分は少しずつ、チビチビ食べていた。タンバが頼んだ酒は温めてあった。この辺の文化らしかった。

「熱燗っていうんですよ」自分の目線に気がついて、解説してくれた。

 こういうところも気が利くので一緒に働きやすかった。

 あとは戦争の話を、一般人程度の内容で話しながら、そういう人間がくるのを待った。

 一時間も経つと、近所の港湾の仕事が終わったようで、ガラの悪い連中がぞろぞろ入ってきた。

「少し増えて来ましたね」赤らんだ顔をしながらも、周囲に注意を働かせていた。

 連中からは、あそこの風俗からビョーキをうつされた、隣の港湾のやつをボコボコにした、とか如何にもルンペンらしい会話を繰り広げられていた。

「いやぁ、“流石”ですね」苦笑していた。内心、ジャージで17時から飲んでる奴は傍からみれば、どっこいどっこいだろうと思った。

 店の中はムワっとした、肉体労働者特有の体臭に包まれていった。店の雰囲気とはお世辞にも一致しているとは言えなかった。

「昔、といっても半年前までは違う雰囲気だったんだろうな、この辺は」少しアンニュイな気分が思わず口をついた。

「機械化が進んだ産業を維持するために無理やり、雇用したんでしょうね、幸い人間は一杯増えましたから」

 みな訛りが異なっていた。この町に何が起きたかは、大方想像がついた。ヤクザが、この町で元気なのも頷ける。民主主義体制故に手続きが面倒くさいという店側の事情、刑事事件になるかどうかもわからないグレーゾーンの客の相手なんてしていられない、という事情二つの利害が一致したのである。

 そういうことを思案しながら、追加で頼んだ料理をつついていると、なんだか異様な集団が五人入店してきた。この異様というのは、肉体労働者ではないとかそういう意味ではない。少し目が異様なのである。

「この辺りの労働者は全くダメだね、みんながみんな豚だよ! 豚! なにも考えてないんだ、本質的なルンペンだよ」

 そういうと口々に賛成! 賛成! といいながら乾杯を始めたのである。

 空気がみるみるうちに悪化していった。我々ですら鼻についた。近頃増えたアカである。アカならアカで結構だが、どうして人を見下すのだろう? タンバですら、口に運ぶ手を止めてじっと見ていた。

「おめぇらも人夫じゃねえかよ、ストのあとはハイ、サイナラって具合だろ」誰かがそう口にした。

「誰だ! 今、そんなことをいった反動主義者は!」アカのリーダー格がそう叫んだ。

「俺だ!」小柄な男がいった。

「よし!こっちにこい!」

 手が出るのは、もう決定的だった。恐らくは、お得意の総括ことリンチだろう。

 皆が勇気ある生贄をみていた。いくらいけ好かない連中でも彼らには敵わないのをみな知っていた。でもどこか、安心しているような表情をしている者が多いのが、不思議だった。

「もういいんじゃないか」始めからいたスーツ姿の男がそう声をかけた。

「そうかい」リーダー格がそういうと、その場は収まったようだった。

 不思議な光景であった。小学校を思い出した。それは看守であり、先生と呼ばれるパノプティコンの住人の姿であった。

「アレですね、間違いない」赤ら顔の癖にちゃんと見ていたようだった。

「それは俺にもわかる、じゃあどうする?」それが問題だった。

「もう単純にいくしかないでしょう、お願い事があるんです、これしかないですよ」

「まぁ、予算もあるし、どうにかなるんじゃないか」

 よし、と一緒に立つと机に向かい、話しかけた。軍人とは違う怖さがあった。教官よりはマシだった。

「すいません、少しよろしいでしょうか」私はそう声をかけた。

「なんで立って話しかけてるんだよ、見下すことになるだろうが、なんだよ、兄貴に」若い男がそう口火を切った。

 無視してひたすらに、アニキと呼ばれる人物に話しかけた。多分、こういう輩に関わってはいけないのだろう。大体、この言いがかりだって、座って話しかけたから、それはそれでまた怒るのだろう。

 すぐに話は進展した。輩が怒っているのを尻目にアニキが、座るように促してきた。それに従うことにした。

 周囲は見慣れた光景であったようだった。それがこの町の全てなのだろう。

「この辺で事業してらっしゃるようではないですし、なんですか、殺して欲しいとかできませんよ」男がそういった。胸にはみたことのないバッチが輝いていた。

「いや、そういうわけではないんですよ、まぁなんていうんですかね・・・・・・。嫌がらせして欲しいというか・・・・・・」タンバが話し始めた。酔っぱらっているせいか、素が出てしまっていた。

「はぁ・・・・・・・嫌がらせですか、どこにすればいいんですか」嫌がらせ、それ自体は彼らの当たり前の業務内容であった。

 私はいうしかないと考えた。「ジオンの基地があるんじゃないですか、ここの港に」

「まぁ、誠意が大事ですよね、誠意が」ジオンもある程度接触しているようだった。考えてみれば当然だが、口止め料程度は払っているのだろう。だがこちらは、物量の一丁目一番地、紙幣で紙爆弾を打ち合えば勝てると思った。

「じゃあ、これでいいですか」十万円と書いた小切手を手渡した。半年前ならダメだろうが、既に民暴がここまで浸透しているのだ、関係ないと思って連邦軍宛ての小切手を切った。

 あっちはあっちでそれなりに“誠意”を感じていたようであった。

「ありますよ」相手方はニヤニヤしながらそう切り出した。

「ここでは、目がありますから、事務所で話しますか」そういうと、大して食べていないのに、一万円を置いて、出ていった。自分たちも同じようなものだった。


 繫華街から出て、車に乗ることになった。運転手はさっきの輩であった。

 アニキは、少し気を遣ってか、助手席に座っていた。隣でタンバはウトウトしていた。

 住宅街に着くと門を構えた大きめの家に着いた。前情報で知っていたヤクザより随分大きい事務所であった。

 中に入ると、ジャージを着た若い人たちがお辞儀をして、お疲れ様です、と大きい声で挨拶していた。

 文字通り埃一つ落ちていない応接間に通されると、少し待つようにとのことであった。応接間には、神棚と神の名前を書いた掛け軸が三つあった。宗教的雰囲気を感じた。

 しばらく待っていると、アニキと老人が入ってきた。なんとなくであるが、親分と呼ばれる人間なのだろうと思った。

「どうも、連邦軍の軍人さんということで大丈夫ですかね」老人が切り出した。「もしタバコを飲まれるなら、どうぞ」そういって灰皿を差し出した。

 老人が、シガレットホルダーからタバコを出すと、アニキがすぐに火を付けた。

「私は、大友といいます。こちらは椎名といいます」そう大友がいうので、こちらも名乗った。

「それでジオン関係ですね。まさかクスリをおろしてほしいということではないですよね。一応、クスリも女も出せますよ」そういって紫煙をフッーと吐き出した。

「まあ、ジオンですよ、この辺の港湾はあなた方のナワバリですよね」大友は如何にもという顔をして頷いた。

「それでお願い事があるのです、ジオンの船が入ってきたら、物資を横流しすることと、情報を私に流してほしいのです、要求はある程度飲むことができると思います」

「んー困りましたね。できることはできますが、軍隊相手に喧嘩を売れってことですよね。いやね、私だってね地球生まれですから、ジオンは好きではないですが、連邦が好きでもないんですなあ」明らかに過大な要求をしたそうな顔をしていた。ドラッグのルートなど言われたら無理だ。

「まぁ、要求があるんですよ。当然、経費諸々はもらいますよ。でもね、もう一つあるんです。そんな難しい話じゃないです。ねえ天皇って知ってます?」

 政治的要求である。これは難しいラインであった。反政府組織ではなく、アウトローである利点の一つである金で動くが無くなったのである。

「一枚、誓約書を書いてくれればいいんです、あれを復活させたといえれば、私はいいんですよ、いくらでも商売できる」

 実利になるのか、とも思ったが顔に熱を帯びていた。それは久しぶりに父親に会えることを喜んでいる子供のようであり、デパートで迷子が父親を見つけたような顔であった。きっと実利もあるのだろうが、それ以上に意義があるのだろう。椎名ですら、興味津々といった様子であった。

「そうですか・・・・・・」私はこう絞り出して、上に連絡してから返答することを約して、その日は帰った。


 意外なことに案外、要求は通った。大体、ヤクザがどうのこうのした所で反故にすればいいのだから当たり前であった。

 しかしそこからの連中の動きは、連邦の情報部ですら、不可能なレベルで洗練されていた。ジオンが何処に停泊したか、どのくらいの物資量なのか、乗組員の会話まで連絡されてきた。

 通商破壊だけにとどまる情報ではなかった。例えばジオン公王の三男が社交界で、どのような動向かという情報まで入ってきた。

 ただ気味が悪い。それは事実であった。モチベーションが天皇制復活だけで、そこまで動けるものだろうか。もしかすると、既にコンセンサスが彼らの社会、あの地域であるのではないだろうか。あの存在がどれほど大きなものかはわからない。犯罪三昧のあの集団で、どうしてそこまで大切にするのだろう。

 口を聞いたこともないような人間のために犯すことできる範疇ではないと思う。

 いや、口を聞いたことがないからこそ、アウトローでも、分裂病患者もみんな求めるのだろう。

 そういうことを重力に縛られた地上のホテル一室で、街頭にたなびく日の丸を背に考えていた。季節はすっかり冬である。

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