第二章/接触 [交流]第3話‐2

「あいよ。今持ってくるからね。」

ローズは笑いながらポンポンとスズネの頭を叩く。その後、軽く三人に手を振ってローズはカウンターから去り、奥の調理場の方に向かって行った。「委員長・・・」と、マコトは励ましの言葉を掛けようとしたが、スズネが「何も言わないで・・・」とを弱弱しく呟きながら、さらに縮こまってしまった。ローズがカウンターから居なくなって数分。ガラガラとローズが三人分の料理を乗せたワゴンを押して、カウンターに戻ってきた。

「はい、これが二人分の和食と・・・お嬢ちゃんスペシャル!」

カウンターの上に料理が乗ったトレイを乗せていく。和食のメインは焼き鮭で、みそ汁や冷ややっこ、お漬物までついている。メニュー表のサンプル画像よりも美味しそうだ。スズネの分は和食ベースだが、多種多様な主菜が乗っており大変なことになっている。

「お嬢ちゃんも和食がメインで良かったかい?」

「はいぃ・・・」と気落ちした返事を返す。スズネ。そんな様子を見て、少しやり過ぎたかとローズはスズネの頭を優しく撫でた。

「ごめんよ、悪気があった訳じゃないんだ。料理をたくさん食べてくれる人が居て、つい嬉しくなってね。」

ローズの謝罪に、スズネは小さく頷いた。

「はは、ありがとね。そういえば、あんた等の名前なんていうんだい?」

ローズはスズネの頭の上から手をどかし、自分の腰に持ってきた。

「僕、天野マコトって言います。」

「俺は一ノ瀬ユウヤ。」

「私は若宮スズネです。暫くの間、宜しくお願いします。」

マコトたちは自己紹介をすると、ローズはウンウンと頷き「これから宜しくね。」と、右手を差し出す。マコトは何の事か分からず呆けていると、ローズは「握手だよ、握手。」と笑いながら、さらにマコトたちの前にずいずいと手を差し出す。理解したマコトたちは、各々ローズの手を握り、握手をした。

「おっと、折角の料理が冷めてしまうね。さぁ、自分の席に戻ってたんとお食べ!」

ローズの言葉に、マコトたちは「はい!」と返事をし、各々自分が頼んだ料理のトレイを持ってカウンターから離れた。ノブヒトが待つ席へ向かう道、すれ違った技州国の人間はスズネの食事量をみて、「Oh・・・」「crazy・・・」と口々に呟く。スズネは少し恥ずかしそうにしながらも、気にしない様に大股でずかずかと席へと向かった。

「やぁ、料理の方は大丈夫だった・・・ってすごいな、若宮さん。」

半分まで食べ進めた食事の手を止めて、帰ってきた三人を見たノブヒトは、スズネのトレイの上を見て思わず吹き出した。

「くぅ・・・先生まで・・・」

笑われたスズネはわなわなと体を震わせたが、首をブンブンと横に振った後、ノブヒトの隣にトレイを置いて椅子に腰かけた。

「食べてさえしてしまえば気にならない!羞恥心は食べて払拭する!」

「頂きます!」と思いっきり手を合わせ、スズネは箸を手に取って茶碗に乗った大盛りの白米に頬張った。マコトとユウヤも、二人の正面の席に座り、「頂きます」と両手を合わせて食べ始める。

「う~ん、美味し~!やっぱり私の目に狂いはなかった・・・」

スズネは美味しそうに顔を綻ばせながらチキンソテーを堪能する。なんだかんだ言って、満足そうに食事を楽しんでいた。

「うん、そうだね。みそ汁もちゃんとお出汁が取られている。」

「漬物も漬かり過ぎてなく、かといって浅くもなく程よいな。良い感じだ。」

マコトとユウヤもそれぞれ感想を漏らす。「だろ?」と得意げな顔でノブヒトは三人が食べている様子を見守る。夢中になって黙々と食べている三人。スズネはチキンソテーを軽く平らげた。「さてと」とノブヒトは呟き、フォークとナイフを持って食事を再開しようとした所。

「あら、お客様たち。」

女性の声。四人は声がした方向を向くと、そこには片手でトレイを持ち、小さく手を振るハルカが立っていた。

「うぉぉぉ・・・CAさん!?」

スズネはチキンソテーの最後の一口をさらに戻し、「どうも。」と、ハルカに向かって会釈をする。遅れてマコト、ユウヤ、そしてノブヒトも各々会釈をする。

「ふふふ、CAさんじゃなくてハルカで良いですよ。先程、技州国の人から提案されて席を譲っていただく約束をしていたのですが、やっぱり日本人同士で固まっていた方が話も弾みますし、過ごしやすそうですね。私も混ぜてもらっても良いでしょうか?」

ハルカがホールの角の席を見る。そこには技州国の軍服を着た三人が立っており、恐らくハルカを誘った技州国人と推測できる。

「ええ、構いませんよ。三人ともいいよね?」

そう答えた後、ノブヒトはマコトたち三人の様子を伺う。「もちろん」とスズネは返事をし、マコトも頷く。ユウヤは「構わないってもう答えてんじゃねぇか。」と小さく呟いた後、「俺も構わない。」と答えた。

「良かったぁ。では、少し失礼して・・・」

ハルカは空いているスズネの隣にトレイを置き、小走りで待っている技州国人の所に向かった。到着したハルカは三人の技州国人と少し話した後、ペコペコと申し訳なさそうに頭を下げる。ハルカの態度を見た技州国人たちは、マコトたちの席からも分かるような「気にしないで」のジェスチャーを取っていた。去り際にもう一度頭を下げた後、ハルカは再び小走りで四人が座っている席へ戻ってきた。

「大丈夫ですって。では若宮様、お隣失礼しますね。」

スズネはそう言うとスズネの隣の椅子を引き、それに座った。

「あ、別に敬語とか大丈夫ですよ。気軽にスズネって呼んでください。」

「一応、お客様との従業員の立場を意識して敬語を使うようにしていたのですが・・・。じゃぁ、私も〝CAさん〟じゃなくて〝ハルカ〟で良いよ。スズネちゃん、これから宜しくね。」

スズネの提案に、ハルカは笑顔でそう答えた。

「けど、技州国の人って紳士的ね。私が席を探していたら「自分たちはもう少しで食べ終わるからこの席をどうぞ」って声を掛けてくれね。断っちゃったのが申し訳なく感じるわ。」

マコトは件の技州国人の方を見る。技州国人はがっくり肩を落とし、トボトボとホールを離れていっていた。これを口実にハルカを口説こうとしていたのだろうか。本当に紳士的なのか疑問が残る。

「では、無事に座れたことだし・・・頂きます。」

ハルカは静かに両手を合わせて食事を始め、それを合図にマコトたちも食事へ戻る。スズネとハルカは同性・同国人だからか、食事を取りながら会話に花を咲かせていた。マコトとユウヤもそれぞれ和食への感想を言いつつ、食事を楽しんでいる。ノブヒトは食事を終え、食後のコーヒーに舌鼓を打っていた。

 ふと、マコトはみそ汁を啜りながら自分たちの隣の席に視線を映す。丁度、他の人とは違う軍服を着こみ、軍帽を被った恰幅の良い中年男性‐シャトルの男性より年齢は上だろう‐が座ろうとしていた。口髭に顎鬚が生えており、軍帽からははみ出した髪は少し癖が強く少し明るめブラウン。トレイには料理の他に新聞紙と、何故かアイスとホットの二種類のコーヒーが乗っている。マコトの視線に気づいたのか、中年男性はマコトたちが座っている席を見た後、直ぐにトレイをテーブルに置いて、首のチョーカーを弄りながら大股で五人が座っている席に向かってきた。

「食事中に失礼。君たちが日本からの客人だな。」

突然話しかけられたからか、談笑中のスズネとハルカは驚いた表情で男性を見て、ユウヤは眉間に皺を寄せ、少し不機嫌そうな顔をした。

「ああ、すまない。自己紹介が先だったな。私はこの艦の艦長、ラファエル・ホープキンスだ。」

ラファエルは握手をしようと右手を差し出す。マコトたちは艦長という肩書に気圧され、緊張からぎこちなく‐ノブヒトだけは普通に‐握手をした。

「今回、我が国の事情に巻き込んでしまい、本当に申し訳ない。」

ラファエルは脱帽し、五人に向かって頭を下げる。

「本来なら艦長である私が最初に直接謝罪に行きたかったのだが、艦の状況把握を優先されてな。その件も兼ねて、重ねて謝罪する。」

頭を下げ続けるラファエルにワタワタと慌ててマコトは立ち上がる。

「頭を上げてください。僕の方こそ、申し訳ありません。突然乗艦するなんて言って・・・迷惑でしたよね?」

マコトの言葉を聞き、軍帽を被りながらラファエルは顔を上げる。

「姫さん・・・アキレア様がOKを出したからには、それには逆らえんさ。」

肩を竦めて笑うラファエル。その姿を見て、役職から厳しそうな人と印象を抱いていたマコトは、安堵の表情を浮かべた。

「そういえば気になっていたのだが、何故乗艦したのか理由を聞いても良いか?アキレア様から客人が乗艦すると聞いただけで、詳しい事はまだなんでな。」

ラファエルの問いに、マコトは少々気恥ずかしそうに頭を掻きながらゆっくりと口を開いた。

「僕、幼い頃から絵本の〝宇宙のくじら〟が好きで、その〝くじら〟が実在してこの艦がそれを追っていると聞いて、ちょっと駄々を捏ねて乗せてもらいました。結果、ユウヤや委員長、先生やハルカさんまで巻き込んじゃったみたいで・・・。」

マコトの答えを聞いたラファエルは「成程・・・」と、難しそうな顔をして顎鬚を撫でる。

「追っているって事は・・・もしかして、この艦の目的って〝くじら〟何ですか?」

「んな、マコト。普通に機密だから教えてくれる訳ないだろ?」

マコトの急な質問が失礼に当たると思ったユウヤは、急いでツッコミを入れる。ラファエルは、困ったように笑みを浮かべながら、

「ま、詳しい事は言えんが、どうも技州国を救う目的らしいな。」

と、少し苦々しそうに答えた。

「技州国を救う?」

ラファエルの答えにスズネとハルカは顔を見合わせ、マコトは首を傾げた。技州国は、現在の国家元首になってから他国への技術提供こそ落ち着いたものも、経済や治安の面では安定しているはずだ。そして最後の「救う〝らしい〟」。マコトは、当事者であるにも拘らず、詳しい事が分かっていない様な答えに引っ掛かりを覚えた。ユウヤだけ、軽快した様子でラファエルを見つめている。

「おっと、長々と話してしまったな。食事の邪魔までしてしまって申し訳ない。では、私はこれでお暇させてもらうよ。」

ラファエルは笑顔でそう言った後に振り返り、背後の自分のトレイが置いてある席へ戻って行った。マコトたちからは見えないが、席へ戻るラファエルの表情は眉間に深く皺は刻まれており、非常に険しい表情をしていた。

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宇宙のくじら 桜原コウタ @Johndoe999

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