第一幕/出立 [旅路]第3話
無事、朝のHR前に教室に辿り着けた三人。教室には殆どの生徒が席に座っており、三人は急いで自分の席に着いた。その後、一拍置いたタイミングで、教室の戸が開いて担任の教諭が教室に入ってきた。朝礼の後、朝のHRが始まる。教諭が出席を取り連絡事項を話している最中、突然教室中に軽快な音楽が鳴り響く。生徒達は、どこからか?と周りを見渡す。そんな中、「すみません・・・」とスズネが申し訳なさそうに手を挙げた。鳴り響いていたのはスズネの携帯端末の着信音だった。
「親から今日電話するって連絡があって・・・本当にすみませんでした!」
「携帯の電源を切っていないとは、若宮らしくないな。今度からは気を付けるように。ほら、廊下に出ていいから電話に出なさい。話声は静かにね。」
スズネは担任に深々と頭を下げ、「なんでこんな時間に・・・」、「昨日、折り返すって言っておけば・・・」等、ぶつぶつ呟きながら、急いで教室を出た。スズネが教室を出たのを確認した後、担任は気を取り直して連絡事項の続きを話し始めた。全ての連絡事項を話し終えた時、教室の戸が開いてスズネが廊下から戻ってきた。スズネは教室全体に頭を下げた後、‐一瞬マコトの方を見て‐自分の席に戻った。
「若宮、もういいのか?なら、そろそろ時間だからHRは終わりにして、一時限目始めるぞ。」
と、担任はHRを終わらせて、流れるように一時限目を開始した。
一時限目が終了し、休み時間。スズネはアイナからHRの連絡事項を聞いた後、足早にマコトとユウヤの席へ向かった。何事か?とマコト達が構えたが、スズネは少し緊張した声で
「天野君、確か海王星付近に行きたいとか言ってなかったっけ?」
と聞いた。マコトはコクリと頷くと、スズネは少し緊張が解れたのか、さっきより落ち着いた声でさらに聞いた。
「もし、海王星付近に行けるとしたら・・・行きたい?」
「それは行きたいけど・・・委員長、どうして?」
突拍子もない事を聞かれ、マコトは不思議そうな顔をしつつスズネに返した。スズネはそれを聞いて、少し複雑そうな顔をした。その様子をみて、ユウヤが問う。
「おい、若宮。なんか深い事情でもあるのか?なんかあれば聞くが・・・」
「いや、そういうことじゃないんだけど・・・」
スズネは一息ついて、意を決したようにマコトと向き合う。
「あのね、天野君。親がさ・・・」
スズネが言いかけたタイミングで二時限目の予鈴が鳴る。スズネはバツが悪そうな顔をし、
「ごめん、天野君。う~ん、もう少しちゃんと話したいから、昼休みちょっと時間頂戴?もしよければ、一ノ瀬君も一緒に聞いてもらいたいんだけど・・・」
「俺はいいんだが・・・昼寝の時間を犠牲にするだけだし。」
と、ユウヤが軽口を叩きつつ笑顔で返す。マコトも頷き、ひとまず話の続きは昼休みにすることになった。
昼休み。昼食を食べ終わったタイミングで、スズネは再びマコトとユウヤの席に向かっていた。後ろにはアイナもいる。二人の席に着くと一つ咳払いをし、
「さっきはごめんね。私もあまりまとまってなくて・・・」
と、二人に向かって謝った。マコトは首を横に振り、
「いや、謝らなくていいよ。時間もなかった訳だし。」
とスズネに向かって言った。ユウヤも「気にする事じゃない」とスズネに言った。
「二人とも、ありがと。それじゃ、もう一回聞くよ。天野君は海王星付近へ行きたい?」
マコトは熱意に満ちた眼差しでしっかりと頷いた。その様子を見たスズネは少し安心した様子を見せ、再び真剣な目でマコトと向き合い話を続けた。
「今朝のHRで私の携帯が鳴ったでしょ?あれ、親からだったの。」
「若宮の両親か。確か宇宙関連の仕事してるんだったな」
ユウヤの質問にスズネはゆっくりと頷いた。
「私の親は[UNSDB]の日本支部に勤めていてね。だから普段、家に居ないんだけど・・・。その親が、昨日連絡してきてね。〝明日、ビッグなサプライズがあるから、纏まり次第連絡する〟って。それで今朝連絡が来たわけ。」
スズネは今朝の流れを思い出したのか、頭に手を当て深い溜め息を吐いた。
「あ、ごめんごめん。それで、その〝ビッグなサプライズ〟の事なんだけども・・・」
と、スズネは携帯端末を操作し、その画面をマコトとユウヤに見せた。
「[JST]企画、海王星ツアー。行き帰りの飛行機付き、三名様ご招待!」
スズネを除く三人は一瞬凍った様に固まり、
「ハァ!?」
ユウヤの声が教室中に響き渡る。マコトは信じられないものを見るように、名一杯目を見開いてスズネの携帯端末の画面を凝視している。アイナは、少し呆けた表情をしていた。
「いや、なんかさ。[UNSDB]の職員限定で、[JST]から特別にチケットが一組分回ってきたみたい。でも、親以外の職員、みんな遠慮しちゃって。〝スズネも、お友達と一緒に旅行とか行って青春してきなさいな〟って言われて送られてきた。」
両親の強引な行動に頭が痛いのか、スズネは再び頭に手を当て深い溜め息を吐く。ユウヤはもう、一度携帯端末の画面をまじまじと観察し、
「本物・・・だな。一般家庭では手が出せないようなチケットをポンっと・・・。回ってきたとは言え、なんかすごい両親だな。っておい、マコト?生きてるか~?」
マコトは、スズネの携帯端末の画面を凝視していたが、ユウヤの言葉に目が覚めた様に我に返った。それでも、少し魂が抜けたような顔をしている。スズネは携帯端末の画面を閉じ、再びマコトと向かい合った。
「それで、さ。天野君、海王星付近のニュースが気になっていたのを思い出して。もし良ければなんだけど、行ってみない?海王星。」
「え?」
マコトは驚愕と歓喜が入り混じった目でスズネを見た。だが、直ぐに表情は少し暗くなり、視線を下に落とす。
「それは・・・行きたいけども。でも、いいの?委員長?他に誘う人、居るんじゃ・・・」
「だから、天野君に聞いたんじゃん。この話を聞いた時、真っ先に天野君を誘おうって思ったんだよ。」
とスズネは笑顔で返した。その言葉を聞いたマコトはハッとスズネを見上げ、今にも泣きそうな表情で、
「本当に・・・いいんだね?ありがとう・・・委員長・・・」
と‐少し鼻を啜り‐感謝を述べた。
「これで、天野君は決まったんだけど・・・。問題は残る人員をどうするか、なんだよね~。」
と、困った様子でユウヤとアイナを見た。
「俺はいいよ、バイトもあるし。お袋も心配すると思うからさ。若宮と東雲が行ってくればいいさ。」
と、ユウヤは断ったが、アイナが首を横に振り、
「一ノ瀬君が行くべきだよ。私、宇宙旅行とかあまりピンと来なくて・・・それになんか怖いし。」
自分の長くカールがかかった髪の毛先を弄りながら言った。その表情には言葉通りに多少の恐怖心が見られる。そこにスズネが割って入った。
「いやいや。別に私は行かなくてもいいんだけど。天野君と一ノ瀬君、アイナの三人で行ってきて。」
「それは駄目。」
海王星行きを辞退するスズネの言葉に異を唱えたのは親友であるアイナだった。アイナは真剣な表情でスズネを言った。
「折角、ご両親が用意してくださったチケットなんだもの。スズネちゃんが行かなきゃ。それに・・・」
一瞬、アイナはユウヤに目を向けた。その視線に気が付いたユウヤは不思議な顔をする。
「とにかく、私は行かないよ。さっきも言った通り、ちょっと怖いし・・・。海王星には一ノ瀬君とスズネちゃんが行ってきて。お土産話、楽しみにして待ってる。」
と、アイナは笑顔でスズネに言った。スズネは頬を赤く染め、少し恥ずかしそうにしながらも、アイナの気遣いと優しさを感じ、小声で、
「アイナ・・・ごめん、ありがと。」
スズネはアイナを優しく抱きしめた。その後ユウヤに、
「ということで、一ノ瀬君。二週間後のバイトは全てキャンセル。お母さんにも説明して。一緒に海王星に行こう!」
と、とびっきりの明るい笑顔でユウヤに告げる。ユウヤは大きく溜め息を吐き、
「なんか、凄い勝手されたような気がするけど・・・まぁ、いいか。了解。バイト先には連絡入れておくよ。多分OKは出るはず。お袋にも説明するさ。」
仕方ないようには肩を竦めて答える。
その後、スズネは携帯端末間の通信でマコトとユウヤに海王星行きのチケットを送った。少々興奮状態のマコト。付き合わされるのにうんざりしているが、少し楽しみなユウヤ。その最中、マコトは妙な視線を感じた。どこからかと周囲を見渡すが、こっちを見ている人物は誰も居ない。
「マコト、どうした?」
「いや・・・何でもない。」
「なんだ?大事なチケットが盗られるかもしれない~って警戒しているのか?」
ユウヤは笑いながらマコトを茶化す。「ちがうよ」とマコトも笑いながらで答えつつ、もう一度周囲を見渡した。視線はもう感じなかった。マコトは疑問に思いつつも、突如決まった海王星旅行への歓喜の感情により、直ぐにその疑問はかき消された。
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