第一幕/出立 [旅路]第4話

 昼休みが過ぎ、五・六時限目。昼休みでの一連の出来事で、マコトはあまり集中出来てはいなかったが、教諭からの質問には難なく答えていった。授業が終了し、放課後。ユウヤはバイトがあるからと、HRが終わった後に直ぐに帰宅した。スズネはクラス委員の仕事がある。まだ興奮冷めやらぬ中、マコトは帰宅の準備を終わらせ、校門から帰路へとついた。一人家路を歩く中、後ろから弱々しくか細い自分を呼ぶが聞こえた。後ろを振り返ると、アイナが走ってくるのが見える。アイナはマコトに追いつくと、胸に手を当て、荒くなった息を整え始めた。

「東雲さん、走ってきてどうしたの?」

走ってきた事にマコトは驚きつつアイナに聞いた。

「い、いや、天野君を見かけたから。一緒に帰ろうかと思って。」

なんとか息を整え終えて、アイナは少し恥ずかしそうにマコトに言った。マコトは驚愕と疑問が入り混じった表情をするも、別段、断る理由も見つからない為、一緒に帰ることを了承した。それから二人は一緒の歩幅、速さで家路を歩いた。いつもの電柱。いつもの信号。いつもの交差点。いつもの道。暫く二人の間に会話はなかったが、端を切った様にマコトが口を開いた。

「なんか、ごめんね。実は自分から話を振るのが苦手で。僕と一緒じゃ、面白くないでしょ。」

アイナは思い切り首を振り、マコトの言葉を否定する。

「そ、そんな事ないよ。そんな事言ったら私もだし・・・」

少し落ち込んだのか、アイナは肩を落とした。そんなアイナに対し、何かフォローの言葉を掛けようとマコトはあたふたする。そんな姿を見てアイナはクスッと少し笑った。

「あはは、ごめん。そういえば東雲さん。図書委員の仕事はどうしたの?」

「今日は当番じゃないから。だからこうやって早めに帰れたの。」

両手で持っている学生鞄を見つつアイナは言った。

「そ、そうなんだ。良かったね。」

アイナは小声で「うん」と頷く。その後、再び二人の間に静寂が訪れた。何か話題はないのかと、二人は思考を巡らせ、今度はアイナが先に口を開いた。

「そういえば、お昼休み。良かったね、天野君。海王星に行けることになって。」

その言葉を聞き、マコトは嬉しくも、少し申し訳なさそうだった。

「うん、凄く嬉しいよ。委員長には感謝してもしきれないよ。けど、東雲さんと一緒に行けなくて残念かな。」

「ううん。お昼も言ったけど宇宙旅行に少し怖いイメージがあるんだ。だから大丈夫。」

アイナは「けど、残念に思ってくれて嬉しいかな。」と付け加えて、申し訳なく思ってくれたマコトを安心させる様ににっこりと笑った。

「しっかし、海王星か・・・いや、凄く嬉しんだけど、突然決まったから実感ないな・・・」

マコトは感慨深げに言った。それを見たアイナは意外そうな目をして、

「なんか、もっとはしゃいだりして喜んだりするんだと思った・・・」

アイナの言葉を聞いて、マコトは苦笑いし、

「流石にこの歳にもなって子どもみたいにはしゃいだりなんかしないよ。いや、昼休みの時は泣きそうになったけど。」

と、答えた。アイナは自分が言った事が、若干の失礼を含んでいるのではないかと思い、少しあたふたしながら、

「ご、ごめんなさい。そういうつもりで言ったわけじゃないの。ただ、天野君が〝宇宙のくじら〟に会えるかもしれないからって思って。」

「確かにそうだね。海王星に行けば〝くじら〟に会えるかもしれない。」

マコトは静かに答えながら、その目は歓喜と期待の色で輝かせた。夕日がマコトの中性的な横顔を照らす。

マコトは普段は少しぼーっとしているが、頭が良く、成績は学年で上位に食い込む。容姿もユウヤの影に隠れがちになっているものも、中性的で不思議と他者を惹きつけるような神秘的な魅力を持ち合わせており、女子の間には隠れファンが存在する程である。

そんな彼の横顔を見惚れる様にじっと見つめるアイナ。それに気付いたのか、マコトは不思議そうに「何?」とアイナに聞いた。アイナは首が取れんばかりに横に振りつつ「い、いや、何でもないよ。」と答えた。そして、何事も無かったかの様に急いで戻した。

「出発まで後二週間位あるけど、天野君達が海王星に到着するまで居るといいね。〝くじら〟。」

「そうだね・・・こればかりは〝くじら〟気分次第、かな?」

とマコトは屈託のない笑顔で笑った。子どもの様な夢と熱い情熱が同居する、そんな姿を見て、アイナは少し頬を染めつつ、

「だから、私はあなたが・・・」

と、〝何か〟を呟いた。

「ん?東雲さん、何か言った?」

かなりの小声だったのだが、呟いた内容を少しマコトに聞かれてしまい、再びあたふたするアイナ。

「う、ううん。なんでもないよ。」

胸の奥で高鳴る鼓動。話題を変えようと思考を巡らせる中、アイナは平静を取り繕いつつマコトに聞いた。

「そ、そういえば。天野君は〝くじら〟に会ったらどうするの?」

「?どうするって?」

アイナの質問にマコトは不思議そうに首を傾げた。そんな様子を見たアイナは少し戸惑いを見せる。

「え?会ったら何かしてみたい事とか無いの?写真に撮ったり、とか。」

その言葉を聞いてマコトは笑った。

「会うって言ったって、あっちは宇宙空間に居るんだよ。それに朝も言ったけど、〝くじら〟に〝会う〟のが僕の夢。〝会う〟ことさえ出来れば、僕はそれでいいんだよ。」

「それはそうだけども・・・」

「うん、そうさ。僕は〝くじら〟に会えればそれでいい。それだけで十分なんだ。」

先程まで歓喜と期待に輝かせていた目に、少量の狂気と虚無の色が混ざり始めた。高鳴っていたアイナの胸に、一抹の不安と恐怖が芽生えた。マコトの〝くじら〟への執着と同時に、まるで〝くじら〟と会った先を考えていない、考えようともしていない、〝くじら〟と会ってしまったら消えてしましそうな、そんな不安と恐怖が。芽生えた不安と恐怖を打ち消そうと、アイナがぎゅっと胸のあたりを押さえた時、ちょうど二人の家を分かつY字路に差し掛かっていた。

「あ、東雲さん。僕こっちだから。」

と、マコトは自分の家があるY字路の右側を指さした。アイナは胸を押さえながらも「うん」と頷いた。

「東雲さん、さっきから顔色が悪いけど、大丈夫?」

マコトは調子が悪いと感じたのか、心配そうにアイナに声を掛けた。アイナは首を横に振り、「大丈夫、なんでもないよ」と胸を押さえていた手を離した。

「それならいいんだけど。しかし、東雲さんと帰り道に二人で話したのって、なんか初めてな様な気がするよ。」

「途中、会話が続かなくなった時もあったけどね」と付け加え、少し恥ずかしそうに笑いながら頬掻くマコト。そんなマコトの姿を見て少し安心‐だが胸の不安と恐怖は消えず‐したアイナ。

「私は天野君と話せて、楽しかったよ。一緒に帰ってくれてありがとう。」

アイナは笑顔でマコトに礼を言った。

「ぼ、僕も楽しかったよ。なんか〝楽しかった〟って言われるの、照れるな・・・」

マコトはアイナの笑顔を見て少しドキッとして、また恥ずかしそうに頬掻いた。恥ずかしがっているマコトの姿をみて、アイナはクスっと少し笑う。その後、改めて二人は向かい合った。

「それじゃ、また明日。学校で。」

「うん、また明日。ちょっと気が早いけど、お土産話楽しみに待ってる。」

マコトはアイナに向かって手を振り、Y字路を自分の家の方向に向かってを歩き始めた。マコトの背中を暫く見つめるアイナ。再び、胸のあたりをぎゅっと押える。芽生えた不安と恐怖は、未だに燻り続けていた。

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