第一幕/出立 [旅路]第2話

 [JST]が海王星行き宇宙旅行を発表した翌日の朝。結局、宇宙旅行のことが頭から離れず、一睡もできていないマコトは、学校へ向かう通学路をふらふらとした足取りで歩いていた。その目は今にも閉じそうになっている。途中、電信柱や通行人にぶつかりそうになりながらも学校へ向かっていた。そんな状態ながらも校門に辿り着き、その敷居をまたごうとした瞬間、後頭部に衝撃と鈍痛が走った。思いの他痛かったのか、「痛っ!」と、その場で鈍痛が走ったところを抑えてしゃがみ込むマコト。

「アホ。見ていて少し冷や冷やしたぞ。ここまで何事も無かったから良かったものも・・・」

マコトは、頭を擦りながら振り返ると、そこには半ば心配、半ば呆れた様子のユウヤが立っていた。手を垂直に伸ばしている状態を見ると、マコトの後頭部にチョップを食らわしたらしい。

「これで少しは目が覚めたか?」

「あはは・・・おはようユウヤ。見てたんだったら早めに声をかけてくれても良かったのに・・・」

「全く」と少し溜め息を吐きつつ、ユウヤは校門を過ぎて昇降口へと向かう。マコトも立ち上がり、ユウヤを追うようにして‐目が覚めたのか、さっきよりもしっかりとした足取りで‐歩き出す。暫く二人の間に会話はなかったが、昇降口を目の前にして、先にユウヤが口を開いた。

「で、まだ諦めきれていないわけ?」

「いや、流石にもう無理だって分かったよ。昨日は興奮して眠れなかっただけ。」

ユウヤは、疑いの目を向けつつも、少し息を吐いてからマコトに対して笑顔を向けた。

「そうか。まぁ、今回は縁がなかったってことにしようさ。つーことでさ、今度の土日珍しくバイトが何も入っていなくて。どっかでメシでも食わね?」

マコトは「考えておくよ」と言って、ユウヤと一緒に昇降口から校内に入る。朝の時間で生徒達が忙しなく動いている中、二人は自分の靴箱に向かい、上靴に履き替える。

「お、おはよう。天野君。一ノ瀬君。」

気弱な声がマコトとユウヤを呼んだ。声の方向を振り向くと、そこには緊張した面持ちの眼鏡をかけた少女・・・クラスメイトの東雲アイナが立っていた。

アイナはスズネの親友であり、図書委員に属している。美人と称されるスズネとは違い、アイナは小動物の様な愛らしさを持ち合わせている。おっとりしているが気が弱く、いつも少しおどおどしており、スズネと一緒に行動していることが多い。

二人は挨拶を返すと、緊張が解れたのかアイナはホッとした表情となったが、直ぐに心配そうな表情に変わり、マコトに尋ねた。

「天野君。なんか、ふらついていたけど大丈夫?どこか具合でも悪いの?」

「ほれ見ろ」と、ユウヤが目で訴えてくる。マコトは苦笑いを浮かべながらも「大丈夫」と答えた。

「それなら良かったぁ。少し心配だったんだ。あ、後、この前のニュースの件・・・何か進展あった?」

マコトは静かに首を横に振り、

「いや、何も。海王星付近まで行く手段は出てきたんだけどね・・・」

と、少し悲しそうな表情で言った。聞いてはいけないことを聞いたのかと思ったのか、アイナは俯いた状態で「ごめん」と呟いた。

「別に謝る事ないよ、東雲さん。それにほら、海王星行きだってまだチャンスがあるかもしれないんだし。もしかしたら、時間が経てば地球近くに出現してくれるかもしれないしね。」

と、マコトは笑顔を作りながら‐半分自分に言い聞かせるように‐アイナを励ました。それを見たアイナは安心したのか、笑顔を取り戻した。

「本当に好きなんだね、〝宇宙のくじら〟」

「うん、そうだね・・・幼稚園の頃から読んでいるし、大ファンなんだ。」

マコトは続ける。

「高校二年にもなってって、馬鹿にするかもしれないけど。でも、本当に〝くじら〟は存在すると思う。〝くじら〟に会うのが僕の夢なんだ。いや、僕の全てと言ってもいいかもしれない。」

マコトは笑顔のままそう答えた。その瞳には情熱と憧憬、そして執念と執着が映し出されていた。

「おい、お二人さん。お話し中の所悪いが・・・」

ユウヤは携帯端末を見ながら二人に声を掛ける。その直後、始業前を知らせる予鈴が鳴った。二人はハッとし、アイナは急いで上靴に履き替え、マコトは外靴を靴箱にしまう。

「誰かさんがふらふらしてなければ・・・」とユウヤはマコトを茶化すが、マコトは「もういいだろ」とツッコミを入れる。ちょうど、アイナが外靴を靴箱にしまい終え、

「ごめん、私が話しかけなければ・・・」

と謝ったが、ユウヤは

「気にしてないよ。それより、早く行った方がいいと思うんだが。」

と答え、そのまま三人は急いで自分達の教室へ向かった。

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