第一幕/出立 [旅路]第1話

  海王星付近で未確認物体が観測されてから一週間がたった。その間小テストが行われ、補習を受けることが決まったスズネが、踏みつけられたような猫の様な叫びをあげていた。未確認物体のニュースについては、たまに一日の終わりや週末のニュースで取り上げられる位で大した騒ぎにはならず、進展も全く見られなかった。マコトは、新しい情報はないかと休み時間中は、前よりものめり込む様に、携帯端末で各種宇宙開発機関のHPやSNS、掲示板など見て回っていた。そんな姿を、ユウヤは少々呆れつつも心配そうな様子で見ていた。そんな、彼らにとっては日常とさほど変わりない時間が過ぎていこうとした時、

昼休みに、突如マコトが歓喜と驚愕が入り混じった様な叫びをあげ、席から立ちあがった。普段は大人しいマコトが突然大声をあげるものなので、教室に居た全員が驚いた様にマコトに注目した。それに気付いたのか、マコトは恥ずかしそうに、だが興奮冷めやらぬ様子で席に着いた。ユウヤは「どうした?」と小声でマコトに尋ねる。

「さっき・・・[JST]で海王星行きの・・・シャトルで・・・旅行が・・・」

「おい、落ち着けって。いいか、深呼吸だ。一緒に、スー、ハ―・・・よし、いいだろう。で、なんだ?」

「ごめん。ついさっき[JST]で海王星間の往復旅行を二週間後の土曜に実施する事が発表されたんだ。」

日本宇宙旅行企画。通称[JST]は日本で唯一の宇宙旅行会社だ。安心・安全・快適をモットーに国内の宇宙旅行産業を一手に引き受けている。過去に幾つかの宇宙旅行会社があった‐[JST]はその最古参ともいえる‐が、他の会社が次々と倒産し、現在は[JST]のみとなってしまった。噂では、[JST]は[UNSDB]直属の旅行会社と囁かれている。故に、一社だけ生き残れたのではないかと推測するものもいる。

「おお、ってことは海王星まで〝くじら〟の存在を確かめに行けるようになったって訳か。しかし、随分急だな。二週間後って客集まるのか?・・・本当にそれはちゃんとした情報なんだろうな?」

「うん、[JST]のHPや公式SNS、さらに宇宙旅行まとめサイトやニュースサイトまで見てみたけど、そのすべてに今回の海王星往復の記事が記載されていたよ。」

なんだ、そのサイト・・・と、ユウヤは苦笑したが、思い出したかのように恐る恐るマコトに聞いた。

「って・・・まさか行くつもりなのか?」

「もちろん、行くに決まって・・・あ。」

マコトの表情が徐々に青ざめていく。宇宙開発が活発になった昨今、人が気軽に宇宙に出られるようになり、宇宙旅行が旅行のカテゴリに追加された。しかし、旅行用のシャトルの量産、メンテナンスなどに掛かるコストから、一回の旅行に掛かる旅費が莫大となり、一般市民ではおいそれと手が出せず、結果的に富裕層の娯楽にしかならなくなってしまい、客層が絞られてしまった。[JST]以外の宇宙旅行会社が倒産した理由がこれにある。マコトも金銭のことが頭になかったとは言わないが、興奮のあまり忘れてしまったらしい。

「この旅行プランの料金は・・・うわ。」

マコトは、そっとユウヤに携帯端末の画面を見せる。やはり、そこには学生はおろか、一般家庭でもおいそれとは手が出せないような金額が記載されてあった。ユウヤは頭を抱える。

「俺のバイトのシフトを詰め詰めで入れても無理だぞ・・・で、どうやってこんな金額を集めるつもりだ?」

「小遣いを数年分前借・・・いや駄目だ、僕もバイトを・・・って時間がないか・・・」

マコトは呟きながらも思考を巡らせたが、やがて行き詰ったのかどんどん肩を落としていき、最後には俯く。ユウヤも流石に手はないと、降参したかの様に両手を挙げた。

「無理だ。一学生で一般家庭な俺たちじゃ、宇宙旅行なんて夢のまた夢だったのさ。」

「けど・・・」と、俯きながらマコトは呟いたが、ユウヤは首を横に振った。

「宝くじかなんかで大金を手に入れでもしない限り、この金額を早急に集めるなんて不可能だ。マコトも、親御さんに迷惑は掛けられないだろ?今回はきっぱりと諦めた方がいいんじゃないか?」

頭ではわかっているものも、マコトはまだ諦めきれなのか「でも、それでも・・・」と何か言おうとしたが、それを遮るようにユウヤはマコトに目を見ながら、

「諦めきれないお前の気持ちも解る。でも、今回の様にどうにもならない事ぐらい、ここから先、何度でもあるさ。その度に全部諦めないで頑張っていたら、頭も体も持たない。だから、自分自身でその都度折り合いをつけて消化していかなきゃ。」

ユウヤはマコトの肩を叩いた。マコトは俯いていた顔をあげ、ユウヤを見る。

「だから今回の件も縁がなかったって消化して、次のチャンスに備えよう。その時、自分自身何をやっているか分からないけどな。」

ユウヤは最後に「結局頼れるのは自分自身」と付け加え、愛嬌のある笑顔をマコトに向ける。マコトは観念したのか、大きな溜め息を吐きつつ

「分かった、今回は諦めるよ。なんか、色々とごめん。後、ありがとう。」

と、ユウヤに申し訳なさそうに謝罪と感謝を述べてから自分の席に向き合った。が、まだ切り替えられないのか、自身の携帯端末に表示されている旅行プランと、未練がましそうににらめっこを始める。ユウヤも、その姿に少々呆れ気味に「やれやれ」と肩を竦めながら溜め息を吐きつつ、いつもの昼寝に戻った。

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