最終話 サーモン・オブ・ザ・デッド
その頃、創は航大とともに作業を続けていた。二人は一心不乱にボンベの中身を川に注ぎ続けている。
もう少しで作業が終わりそうな、そんな矢先のことだった。創は下流側から、ものすごい水飛沫が立っているのを見た。その水飛沫は、猛烈な勢いでこちらに向かってきている。
「コウちゃん、あれ……」
「何だあれは」
二人が見たものは、大挙して押し寄せる、サケの大群であった。水飛沫は、川を遡上する彼らが立てていたのだ。
「うわっサケが来るぞ!」
「毒のせいで暴れてるんだ!」
ボンベの毒は、サケとイクラの両方を殺すためのものである。きっと流れていった毒にやられたサケが、もがき苦しんで暴れているのだろう。
サケの大群は川を遡りながら、ぴょんぴょんと水面から飛び出している。そして、その内の何匹かが、航大の防護服に噛みついた。
「うわっ! やめろこのバカ鮭!」
まるで獣に集るピラニアのように、飛び跳ねたサケの群れが続々と航大に噛みついた。さしものサケも、防護服を食い破れるほど顎の力は強くない。だが、サケの大群にまとわりつかれた航大の脚が、重みに耐えきれなくなってしまった。じゃぶん、という音を立てて、航大はうつ伏せに倒れ、水中に頭を突っ込んでしまった。
「コウちゃん!」
航大は起き上がろうとしていたが、サケの重みのせいで上手く起き上がれない。このままでは息ができずに死んでしまう……創の頬から、冷や汗が垂れる。
そしてさらに悪いことに、別の敵が襲来していた。肉の腐った匂いが、創の鼻孔を突いた。振り向くとそこには予想通り、二体のゾンビがふらふら歩いてくる姿があった。
そんな時、まだ中身を注いでいないボンベが創の目に入った。創はそれを持ち抱えると、航大の防護服に噛みつくサケの群れに向けて、思い切りぶちまけた。
「だ、大丈夫?」
「な、何とか……」
寄ってたかって航大にまとわりついていたサケたちは、立ちどころに力を失い、そのまま動かなくなった。創が航大の体を抱えて起こすと、航大は大きく息を吸い込んだ後に「ありがとう」と礼を言った。
ピンチはまだ終わっていない。ゾンビが二体、接近してきている。創は空のボンベを振り向きざまに投げつけたが、当たったゾンビはびくともしなかった。
「ゾンビだ!」
「逃げよう!」
一難去ってまた一難とはこのことだ。二人は川沿いに走り出したが、渓流の岩場を全力で走るのは難しい。何とか距離を離そうと走り続けた二人は、とうとう立ち止まってしまった。
先は岩崖になっていた。下を覗き込むと、結構な高さがある。ここから飛び降りて逃げるのは無理だ。そして、ゾンビはもうすぐそこまで迫ってきている。側には木造の小屋が一つあるが、ここに逃げ込んだ所でじり貧だ。どうするべきか……創は必死で頭を働かせた。
そして創は、一か八かの賭けに出ることにした。小屋の側に置いてあったシャベルを拾い上げて、崖を背に立った。
ゾンビがすぐ目の前に迫ってくる。恐怖が創を襲ってきたが、この少年はめげずにシャベルを構えた。ゾンビの内の一体が、掴みかかってこようとした、その時であった。
創はゾンビの腕をかわして、素早く後ろに回り込んだ。そして手に持ったシャベルを、ゾンビに向かって力任せに叩きつけた。
「やった……!」
ゾンビの体は、崖下に真っ逆さま。地面に叩きつけられたゾンビの頭は、トマトのように潰れてしまった。
だが、喜んだのもつかの間、もう一体のゾンビが、創の肩を掴んできた。
「離れろ! 創に触んな!」
航大が後ろから、ゾンビの体を羽交い絞めにして引きはがそうとした。不意を突かれたからか、ゾンビの手が離れた。
だが、ゾンビの力は強かった。航大の腕はあっさり振りほどかれ、今度は航大が掴みかかられてしまった。
航大を助けなければ……創はすでに疲れ切っていて立つのもやっとであったが、友の危機を黙って見過ごせるはずもない。最後の力を振り絞って、創はシャベルを振るった。
ゾンビは横合いから頭を殴られたことで、そのまま転倒した。創は間髪入れずにゾンビの側に歩み寄り、シャベルの刃先を下に向けて、ゾンビの首元めがけて振り下ろした。腐りかけの首はたやすく断ち切れ、首なしゾンビは五体投地したまま動かなくなった。
「創、ありがとうな……」
「こちらこそ、助けてくれてありがとう」
空は青々と澄み渡り、からりと乾いた風が吹き寄せている。しばらくその場にへたり込んでいた二人は、遠くから近づいてくる理奈の姿を認めると、重い腰をあげて歩き出したのであった。
サーモン・オブ・ザ・デッド 武州人也 @hagachi-hm
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