第5話 イクラ・オブ・ザ・デッド

 創と航大、それから理奈は三人で川岸にボンベを並べてバルブを開いた。その内の一つを理奈が持ち上げると、それを思いっきり川に放り投げた。水飛沫を立ててボンベが沈み、緑色の液体が流れ出る。

 二つ目のボンベを理奈が持ち上げようとした、その時であった。


「……また奴らゾンビだ」


 川の下流側から、ゾンビの群れが向かってきていた。まだ三人との間には距離があるものの、放っておけるはずもない、理奈は素早くライフルを構え、引き金を引く。筒口が火を吐き、群れの中央にいたゾンビ一体を倒した。


「私が引きつける。二人でボンベを川に投げ込んでくれ。頼んだ!」

 

 そう言い放つと、理奈は右の方へと走り出し、立ち止まって発砲すると、また走り出した。ゾンビは足音に敏感で、逃げる者を本能的に追いかける習性がある。逃げながら発砲する理奈は、立ちどころにゾンビの注意を引き付けた。逃げる彼女の後を、ぞろぞろとゾンビが追っている。その数は目測で二十は超えるであろう。


「ちっ……釣り人とかキャンパー辺りがいっぺんにサケに噛まれたか」


 ゾンビたちの服装から、理奈はそう類推した。逃げながら立ち止まって銃を撃ち、また逃げるのを繰り返しているが、このままでは銃弾がなくなってしまう。


「クソッ弾切れか!」


 理奈はライフルをゾンビに投げつけると、今度は散弾銃に持ち替えた。この銃には散弾で一番威力の高いスラッグ弾が装填されている。鹿や熊などの大型動物を仕留めるための散弾だ。

 理奈は足を止め、ひたすらゾンビの頭を撃ち倒していった。射撃競技の選手だったこともあり、銃器の扱いは手慣れたものだ。だが、撃っても撃ってもゾンビは減らない。どうやら周囲からゾンビが続々と集まってきているようだ。これほどの数のゾンビが、一体なぜこんな所をうろついていたのだろうか。やはりキャンプや釣りなどでこの地を訪れた人々が、片っ端からサケに襲われたのだろう。

 元々遺伝子改造ザケは、彼女の所属する研究室で生み出されたものだった。理奈は

放流に反対したが、結局その意見は押し切られ、この川に放流されてしまった。

 その後、口内細菌の恐るべき性質が明らかになり、ゾンビ騒動が始まると、研究室の人々は理奈を残して全員逃亡してしまった。残された彼女は、サケが大繁殖して収拾がつかなくなる前に何とか事に対処しようと、たった一人でサケとイクラを駆除するための準備を進めていたのである。

 結局、彼らの身勝手のせいで、両親はゾンビになってしまった。それを知った時には年甲斐もなく声をあげて泣いてしまったが、さりとて悲しみを理由に立ち止まるわけにはいかない。

 とうとう、散弾銃の弾もなくなってしまった。理奈は散弾銃をゾンビに投げつけ、腰に巻いたベルトのホルスターから拳銃を引き抜いて撃った。


「まずいな……」


 ゾンビは数をたのみに、じわじわと理奈に肉薄してきている。残弾を撃ち切ったとしても、全てのゾンビを倒すのは不可能だ。

 左右に視線を巡らすと、左手側に人家が見えた。理奈はすぐさま、そちらへ駆けた。ゾンビも当然、それを追ってくる。

 理奈は開いた窓から家に入ると、リビングで一体の老婆のゾンビに出くわした。理奈は何の迷いもなく、その頭を拳銃で撃ち抜いた。以前、友達とのキャンプの際に世話になった商店の老婆だ。夫を亡くした独居老人であった。


「すまんな、この家使わせてもらう」


 振り向くと、ゾンビはまさに理奈の入った窓に迫ってきていた。ゾンビと戦うのに、家屋の中のような閉所では不利である。しかし、理奈は考えもなしに人家に押し入ったわけではなかった。

 理奈は台所に入ると、ガスコンロのつまみを捻ってガスを噴出させた。外にプロパンガスのボンベがあったため、この家のガスは止まっていないことを見抜いていたのだ。

 部屋にガスを充満させると、理奈は窓から外に飛び出した。それとほぼ時を同じくして、ゾンビたちがぞろぞろと家に押し入ってきた。


「かかったな」


 理奈は家の裏手にある坂を上ると、開いた窓に銃口を向けて引き金を引いた。銃弾がコンロに跳ね、散った火花にガスが引火した。

 ――大地を震わせるような轟音が響き、家は炎と黒煙で包まれたのであった。

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