第4話 出撃・オブ・ザ・デッド

「おはよ……」

「おっ創、起きたか」

「もう九時かぁ……そんなに寝てたんだね……」

「俺もさっき起きた所だから同じくらい寝てたな」


 創が寝ぼけ眼をこすっていた時、航大はちょうどコンビニで手に入れたクリームパンをかじっていた所であった。

 昨晩、あまりの疲労のせいか、創は夜八時頃にはソファをベッド代わりに眠っていた。起きた時には九時を回っていたから、実に十三時間も眠っていたことになる。


 食事やら歯磨きやらを済ませた二人は、理奈のいる研究室へと向かった。研究室には白い化学防護服が三つ吊るされており、ライフル銃や拳銃などの物騒な武器が床に並べられている。


「すげぇな……本物の銃だぜこれ……」

「この銃はどこで?」


 創が尋ねると、理奈は下に向けていた視線を真っすぐ創に向けた。


「そりゃ……警察とか猟友会とか、あの辺の人たちからんだ。もっとも持ち主はゾンビに成り果ててたが……」

「これだけあれば頼もしいな。流石に銃なしでゾンビと戦うのはキツいし」


 その後、白い化学防護服を着た三人は、研究棟を出て駐車場へ向かった。理奈はライフルと散弾銃を肩にかけ、腰にベルトを巻いて拳銃を差しているというフル装備である。防護服は大人用しかなく、創と航大にとっては少しばかり大きかった。

 三人は駐車場にたどり着いた。そこにはワゴン車が一台、ぽつんと置いてあるだけである。

 ……そして、辺りには招かれざる客ゾンビが三体、うろついていた。


「うわっ出やがった!」

「ちっ……いたか」


 理奈は背後の扉を閉めるとポケットから車のキーを取り出し、ボタンを押して遠隔で車のドアを開錠した。その時の「ピッピッ」という電子音で、ゾンビの注意が車に向いた。


「車まで急げ!」


 理奈に急き立てられた二人の少年は、ダッシュで車に駆け込んだ、ゾンビは千鳥足で車に近づいてくる。理奈は少年たちの後ろについて、ライフルの銃口をゾンビに向けている。

 幸い、ゾンビが車に接近する前に三人は車に乗り込むことができた。理奈はキーを差し、すぐに車を発進させた。

 ゾンビのうちの一体が、ボンネットに取りついた。だが理奈はお構いなしとばかりにアクセルを踏み、そのまま出口へと車を走らせる。フロントガラスに腐りかけの醜悪な体が乗り上げたが、車をカーブさせたことで、その体も振り落とされた。


「何かこの辺、ゾンビ多くない?」

「逃げ遅れた学生と近隣住民がゾンビになってこの辺うろうろしてるんだ。ゾンビにならなかった連中はほとんど脱出してるだろう」

「……放っておいたらまずいんじゃないですか?」

「私一人じゃどの道全部は倒せない。そういうのは自衛隊の仕事だ」


 理奈はゾンビたちに一切構うことなく車を走らせていた。時折ゾンビを轢きながら、アスファルトで舗装された山道を登り始めた。


「さて、ここから先は歩きだ。もうガソリンはこれ以上使えない」


 理奈は車を停めると、後部ドアを開けた。そして後ろに積み込んであった荷物を下ろ始めた。


「姉ちゃん、産卵場所ってのはここから近いのか?」

「歩いて二十分ぐらいだろう。でも道が舗装されてないし、坂道だから台車押しながらだとキツいかもな」


 理奈は高さ四十センチほどのボンベをいくつも後部から取り出して、金網の柵が付いた台車に乗せている。恐らくこれが、イクラ駆除に必要なものなのだろう。


「これを上流まで運ばなきゃいけないんだ。大変だろうが、手伝ってくれ」


 そう言われた創と航大は、台車を押して坂道を登り始めたが、確かに理奈の言う通り、これを押しながら登るのは大変だった。傾斜もそうだが、車輪が砂利に取られて上手く進んでくれない。


「……姉ちゃんが何で俺たちのことを待ってたのか、よく分かった。これをやらせたかったんだろ」

「確かにこれは大変だね……」

「本当なら私の仲間がやるはずだったんだ。でもあいつら、尻尾をまいて逃げやがったんだ。仕方がないだろう」


 二人がひいこら言って台車を押している傍らで、理奈はライフルを構えながら周囲を警戒していた。いざという時、戦えるのは彼女ただ一人である。先頭を行く彼女は、厳めしい顔をして周囲に視線を巡らしていた。

 そんな時であった。鼻を裂くような腐敗臭と、どの獣ともつかぬうめき声。右斜め前の藪から、人の形をした人ならざる者が近づいてくる。流れる汗が一気に冷えて、創の肌はぞくぞくっと粟立った。

 ぱぁん! と、乾いた音が響いた。理奈が引き金を引いたのだ。人の形をしたものは、頭を吹き飛ばされて後ろに倒れた。


「こんな所にもいるなんて……」

「キャンプ地だからな。きっと川沿いでサケに噛まれでもしたんだろう」


 そんな事があって数分後のことであった。三人は渓流のほとりにたどり着いた。


「さて、始めよう」


 そう言って、理奈はボンベを台車から下ろし、上部のバルブをひねった。それを蹴り倒すと、川に緑色の液体が流れ出した。


「姉ちゃん、これ何なの?」

「植物から取り出した毒だ。こいつはサケにもイクラにも効く。これでを殺すんだ」

「ここが産卵場所なんですか?」

「そうだ。見てみろ、ここら辺イクラだらけだ」

「うわっ! マジかよ」


 理奈は川の方を指さした。澄んだ川の底には、理奈の言う通り赤い粒々……イクラがびっしり産み付けられている。集合体恐怖症の人が見たら卒倒しそうなほど、川底はイクラで埋め尽くされていた。

 


 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る