駄作「海老の尻尾」

お題:ひねくれた駄作 必須要素:海老のしっぽ 制限時間:2時間

(2013.9)

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「そんなこというなよ、俺とお前の仲だろ」

「やだね、絶対いやだ」

幼馴染であり大学生になっても寮でも同室、という腐れ縁のこいつ。こいつは俺の書いた文章を中々読んでくれない。

昔は俺が何か書くと真っ先に見せて見せてとせがんでいたのに。今じゃあ俺が感想をくれと原稿用紙を渡すだけでも嫌な顔をする。

「なんでだよ」

「何回でも言ってるだろ、お前の書く文章は面白くないんだって」

「いやだから今度こそ面白いように書いたから」

「それ何回目だよ、毎度毎度そう言って結局駄作じゃんか」

「今度こそ、今度こそきっと面白いんだって」

ベッドに腰掛けた状態のまま、原稿用紙をぐいぐいと相手に押し付ける。

ものすごく嫌そうな顔をされる。いつもの事だ。

それからもうしばらく同じようなやりとりをして、相手が根負けする。勝った。

「これっきりだからな?」

「おう!今回のは力作なんだって、これ見たらお前の俺への評価絶対変わるって!」

「あっそ」

渋々原稿用紙を受け取って読み始める相手。せっかく書いても読まれないというのは非常に辛いものだ。誰か、読んでくれる人はいないかな、とか思ってネットにあげても、閲覧数が1とか2とか、あと全く持ってリアクションがない、というのも非常に心に来る物である。それが俺は耐えられないガラスのハートであった。口に出して言うと「お前は一体何を言っているんだ、防弾ガラスだろ」とか言われるので言わないが。

今回書いた力作は、少年が浜辺で不思議な体験をする、という話。少年は何か大事なものを失ったり取り返したり、はたまた悟ったり……と、ひと夏の大冒険を描いたものである。

俺の目線を気取らないようにしながら幼馴染は原稿用紙の右から左へ、上から下へと目を通していく。

無言だ。何も言わず、淡々と、原稿用紙をめくる。部屋の中には俺とこいつの息遣いと、原稿用紙がめくられるパラリ、という音だけが響いた。


十五分ほどして、友は原稿用紙を最後までめくり切った。

耐えきれずに俺の口が開く。

「なぁどうだった!?」

「駄作」

けんもほろろに切って捨てられる。駄作……駄作か……と頭の中にリフレインするその単語は非常にショッキングなものだった。打ちひしがれる俺の姿を横目に友は感想を述べ続ける。

「まず、海老の尻尾って何だよ。なんで浜辺で海老の尻尾見つける所から始まるんだよ」

「いや、ほらいつも食卓で見るじゃん、海老の尻尾ってさ。その、日常と非日常を結び付けるために」

「海老でいいじゃん、なんで尻尾が、しかも尻尾が喋りはじめるってところ。どうやって喋ってんだよこれ、ただの少年の妄想日記じゃん」

「それは、こう、な、その、ファンタジーだから……!」

「ファンタジー?ギャグじゃねぇの。ファンタジーにしても海老の尻尾が語りかけてくるっていうのは中々に酷いだろ。カメが話しかけてくるとかでいいじゃんか」

「そうか……海老の尻尾は駄目なのか……そうか……」

「奇抜だったらいいってもんじゃねぇだろ、なんでそんなひねくれたものばっかり詰め込むんだよ。もっとシンプルなものばっかりで、一部ひねくれた物が入ってるならいいアクセントだろうに、お前のは突拍子もない物や登場人物のぶっとんだ思考や世界常識の破たんとその説明不十分っていうのが合わさって何もかも訳が分からねぇんだよ」

「ちょ、ちょっとまって、全部メモるから最初から言ってくれ」

「言わねえよ、何度も俺お前に読まされる度に言ってるよな?」

「そうだっけ」

大きなため息をひとつ。これ見よがしに。

「そうだよ、それなのに何も成長しないから、だから読む気もなくなるんだよ。読め読め煩いし、余計に読みたくなくなるんだよ」

「そ、そうなのか……」

ぐうの音も出ない。しゅん、とした俺の姿を見て流石に言いすぎたと思ったのか、友はちょっと咳払いをした。

「……まあ、そういうことだよ、小さい頃は好きだったけど、今読むとなんていうか……これじゃない感がな、俺の想像力がついていかねぇんだよ」

「小さい頃は好きだったのか!?」

「ああそうだよ、そんなに食いついても今の評価はさっき言った通りだからな」

「あ、はい」

辛辣だ。

俺の幼馴染はいつも辛辣な感想をくれる。率直というと聞こえはいいが、書いた本人からすればざっくざく胸に剣が刺さってくるような感じだ。ガラスのハートが割れてしまいそうになる。


「……面白かったポイントは、なし?」

それでも最後に希望を捨てれずに聞いてしまうのは、何故なのだろう。承認欲求というやつか。少しくらいは認めてもらいたいのだ。恥ずかしいことに、だけど。

「そうだな、浦島太郎のオマージュなんだろうな、っていうこの部分は面白かったけど、そこだけだな」

「あったのか!ならいいんだ!」

「良くねえよ、お前は増やす努力をしろよ!」


打てば響くような、そんなやりとり。

それが楽しくてついつい、というのはあるのかもしれない。

そして、名作が出来上がったらこいつに最初に読んでもらいたい、というのが俺のささやかな矜持だった。


「しっかし、お前はいつもひねくれた駄作を書くよなぁ。日本語が破たんしてるわけでもないのに、変な文章なんだよ」

「ふん、いくらでもいえよ、いつか名作を書いてぎゃふんと言わせてやるんだからな!」

「はいはい。お前、まずちゃんと感情移入できるような登場人物を書けるようになれよ……?」


苦笑しながら、幼馴染はちょっと草臥れた原稿用紙の束を渡してくる。


「にしても、海老の尻尾はねえよ」


思い出したのか、何がおかしいのかわからないけれど、幼馴染の笑い声が寮の俺たちの部屋の中に響き渡った。

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