真冬のペンション殺人事件

お題:愛と憎しみの豪雪 必須要素:ボールペン 制限時間:2時間

(2013.9)

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「やれやれ、困りましたね」

「困りましたね、じゃないでしょう。このペンションからしばらくは出れないんですよ」

「やれやれ、狼狽する程の事でもないでしょう君」

「いや狼狽しますよ。先生、さっきこのペンションで殺人事件が起きたんですよ」

「そういえばそうでしたね」

「そうでしたね、じゃないでしょう。次は私たちが死ぬかもしれないんですよ」

「確かに、この吹雪の中外に出る事は出来ませんしね」

「でしょう?殺人犯に襲われても建物の中を逃げ回るのが関の山ですよ先生」

「いえ、このまま吹雪がやまなかったら食材が尽きてしまうな、と思っただけなんです」

「あんた馬鹿ですか、もう少し危機感持ちましょうよ」

「君こそ、探偵助手の自覚を持って泰然自若としていようという気概を持つといいのでは」

「先生は落ち着きすぎなんです、僕は探偵助手として周りの人をなだめたり現場保存したり色々やってましたよさっきまで」

「君は働きものですねぇ」

「先生こそ働いてください」

「いやはや耳が痛い。一応、これでも働いていましたよ」

「というと?」

「台所に行って現場検証をしていました」

「殺人現場は客室の一つでしたが」

「ほら、包丁がなくなってたりしないか、とか」

「現場に血痕はありませんでした、ちなみに被害者の死因は窒息死と思われます。ダイイングメッセージなのか何か書こうとしたのかボールペンを握りしめていましたよ」

「……誰かがつまみ食いしたりしなかったかな、と思っただけなのですよ」

「あんた馬鹿ですか、生きてて辛くないですか」

「助手が辛辣なのが辛いです。さて、ダイイングメッセージですか」

「話題変えましたね。ええ、被害者は32歳の男で、握りしめていたボールペンは連れの女性が以前プレゼントしたものらしい、という事を聞きました」

「ほう、プレゼントされたボールペンでしたか。実物は?」

「これです。あ、袋に入ったままでお願いします。さわるなら手袋してくださいよ先生」

「わかってますよ、あと私は元からしてるって君は知ってるじゃないですか。……おや、これはすり替えたり間違えたりはできませんね」

「えぇ、被害者のイニシャルが入っているデザインですからね。被害者はそのボールペンを愛用していた、とその女性は語っていましたよ」

「ふむ。ちなみにイニシャルといえば、その女性の名前は?」

「全然違いますよ。ちなみに被害者と同じイニシャルは、今日このペンションにいる人間だと先生しかいません」

「おや奇遇ですね。しかしもう死んでしまった人ですからねぇ、複雑な気持ちです」

「先生は現場を見ていないからそんなに複雑じゃないかもしれませんね、台所を漁っていたんですし」

「辛辣ですね君は。被害者を殺した凶器は見つかったんですか?」

「それが見つからないんですよ。どうやら窒息死らしい、というくらいですしね、縄で首を絞めたような跡が残ってはいるんですが、僕はそれが直接的な死因かどうかまで分からなかったので」

「縄で絞めた跡ですか……他に不審な点はありましたか?」

「不審な点というか、発見者はその連れの女性で、部屋の鍵は開いていたそうです。そしてテーブルには空のコップがあった以外自分が出た時と変わってなかったとか。ちなみに被害者は客室の床につっぷするような形で死んでいました。大層もがき苦しんでいたのか、Yシャツはくしゃくしゃになってましたね」

「では犯人は被害者を後ろから突き飛ばして、そのまま床に倒れた所に馬乗りになり、絞殺した、ということでいいでしょう」

「それだと女性でも不意を打てるでしょうしね」

「えぇ。ちなみに被害者と連れの女性の関係は?」

「どうやら恋人というよりは不倫相手という感じでしたよ。あくまで僕が話を聞いた感じですけれどもね」

「不倫?男性は結婚していたんですか」

「不倫というか浮気というか。既に同棲までしているそういう人がいるのに、職場の飲み会でいい雰囲気になってしまってそれから、とかなんとか言ってましたよ」

「ほう、そんな成れそめだったんですか」

「僕には良く分かりませんが、男女というのはややこしい物ですね」

「全くです。さて君、これはどのような事件だと思いますか?」

「僕としては、至極つまらないよくある愛しさ余って憎しみ百倍、みたいな事件かなと思ってますよ」

「ほう、では聞かせてください」


「そうですね、まず、不倫相手と一緒に男性はこのペンションにやってきた。何が原因かは分かりませんが、男性と女性は口論になった。それこそ、別れて一緒になるならないじゃないですかね、わかりませんが。で、男性が立ちあがって自分に背を向けた時に女性が後ろから押し倒して、つけていたベルトなりなんなりで絞殺。その後何事もなかったかのように女性だけ部屋から出る。そして第一発見者になる、とかどうでしょう」


「それはやはり手に握りしめていたボールペンが女性から送られたものだったからという推理ですか?」


「ええ、何より他の人には動機がありませんよ」

「ではコップの謎は?」

「口論に成った、という時、最初は普通に話していただけなんじゃないでしょうか。喉が渇いて水を飲みながら話をしていた、ということかと」

「ふむ、そう解きましたか」


「これが仮説その1です」


「ほう、仮説その2もあるのですか」

「此方の方は、荒唐無稽なので、なんというかその、僕は恥ずかしくてあまり先生に言いたくないのですけれど」

「いいじゃないですか、言ってみなければわかりませんよ」

「では、お耳汚し失礼いたします」

「どうぞ」



「犯人は、貴女です、先生」



「……興味深いですね、何故そう思ったのですか?」



「まず、連れの女性が犯人だとすると、あまりにわかり安すぎます。第一発見者になるのを避けるだとか、もう少し隠蔽工作の跡があってもいいのに、それが全くありませんでした」

「本当に第一発見者だと?」

「はい。不倫相手だった、痴情のもつれだった、と動機が十分なのです。僕が話を聞いている間、あの女性は嘘を言った様子がありませんでしたし、探られて痛い腹があるなら多少なりとも不審な言動を取るだろうに、それが全く感じられませんでした。ただ、これは僕の主観なので判断材料としては弱いと思います」

「では女性ではない、としたら何故私になるのか、教えてくれますか?」

「イニシャルです、先生」

「ああ、たしかに私と被害者が同じイニシャルだった、と言っていましたね」

「そして、先生、貴女は何故現場を見なかったのですか」

「何故だと思いますか」

「僕は、殺害に使った薬品を処理したのだと思っています」

「薬品?被害者は絞殺されたと」

「直接の死因かどうかはわからない、と僕は言いました。例え女性でも、僕は後ろから不意を打って突き飛ばされても、絞殺されかけないという状況下で男性が抗えないとは思えないんです」

「ではあれは絞殺ではなかったと君はいうんですね」

「僕は、あれは毒殺だったのではないかと思います」

「ほう」

「話し続けていて喉が渇いた男性に、水を取って来てあげるよ、と言って毒の入ったコップを差し出せば、警戒心を抱いていない限り普通に飲んでしまうのではないでしょうか」

「では君は、私が相手の部屋で被害者と話している時に毒を飲ませたというのですか」

「ええ。後ろから絞殺されたとして、Yシャツはあんな手で胸をかきむしったみたいにくしゃくしゃになるものか、と思いまして」

「良く見ていますね、及第点ですよ君」

「あと先生、死体発見時に女性が金切り声をあげたにもかかわらず、貴女は気にせず台所にいましたよね」

「お腹が減っていたんです」

「探偵助手を舐めないでください、探偵の貴女がそんな不審な行動をとるなんておかしいじゃないでですか。予想するに、あれは台所の水場から残った薬品を流したんじゃないですか?」

「……そうですね、確かに不審だ。しかし君、私が被害者を殺す動機は?」

「それがわからないんです。ですが、あのとき、死体発見時にペンションの中で不審な行動を取ったのは先生だけだったんです」

「ふむ、良く考えましたね」

「先生、僕の仮説は間違っていますか?」

「そんなにじっと顔を見つめないでください、恥ずかしいじゃないですか」

「茶化さないでくださいあんた馬鹿ですか」

「ごめんごめん、じゃあまじめに答えましょう」

「はじめからそうしてくださいよ」



「……ご名答ですよ、名探偵君」



「では正解したご褒美に先生、何故殺したのかだけ教えてくださいませんか」

「ああ、私があの男の同棲相手ですよ。結婚まで話していたような仲のね」

「……先生も女の人だったんですね」

「君は一体私をなんだと思っていたんですか。まあ、そういうことです、前から不審な事が多々あってね、職業病というか女の性というか調べて見たらそんなことだったのですよ」

「このペンションに呼んだのも貴女ですか?」

「ええ、あの男と女の休みにかぶるように、当選おめでとうございます、の言葉と一緒に偽名で招待状を出しました。この地域でこの季節は、よく暴風雪が吹いてペンションが陸の孤島になるとも聞いていましたからね」

「で、僕には休暇に行こう!と明るく誘ったんですか」

「あの男にも、助手と一緒に仕事でちょっといなくなる、とは言いましたよ。もしあいつがあの女を連れてここに来なければ、それならば私は何もする気はありませんでしたし」

「……けれど、来てしまった」

「そう。軽く絶望しましたね、ああ、ならばもう終わりだな、と思ってしまったのです」

「初めて昨日あの女性とはあったんですか」

「そうですよ。ちなみにあの男は私を見ると血相を変えて、目を白黒させていたのが非常に滑稽でした」

「で、呼び出されたんですか」

「そう、呼び出された。で、この関係を続ける気があるかどうか、とかね、色々とっぷりとお話ししていた時に、相手が喉が渇いたと言ったんです」

「そこで……」

「毒を盛りました。苦しみながら死んでいく時に、ついでに首に細い縄を巻いて絞めましたよ」

「偽装工作ですか」

「そんな所ですね。……私はあの男を悔しいくらい愛していたのですよ、君」

「僕には男女のあれこれは良く分からないので言われても良く分かりませんよ」

「いずれわかる時が来ますよ、素晴らしいと思えるような関係が、君にも築けるのを祈っています」

「皮肉ですかそれは」

「いいえ、28歳の私からの真っ当な、若き青年へのエールですよ」



「先生、それにしても雪が止みませんね」

「ええ、しかもますます強くなっている気がしませんか」

「嫌ですね、死体の横の部屋で寝たくないのに。さっさと警察に持って行って欲しいのですが」

「警察もしばらく来れないでしょう、こんな天気だと」

「そうですね、先生」

「そういえば」

「なんでしょう」


「……人一人殺した女を横にして君は怖くないのですか」

「……そうですね、先生だから怖くありませんよ」


「君は馬鹿ですか」

「馬鹿でいいです、それを言うなら貴女も馬鹿だと思いますよ。さっきなんてほら、台所で食材を探していた、なんて」

「けれど実際問題それは今非常に現実的な話だと思っていますよ?一応、しばらくは大丈夫そうでしたが……」

「確かに、僕も空腹には勝てませんので何も言えませんよ」

「私もです、奇遇ですね君」


「……先生、本当に先生が殺したんですか」

「ええ、そうですよ」

「じゃあ警察が来るまで色々お話ししていましょうよ、警察がきたら先生と話す事もなくなってしまいます」

「君が良いならそうしましょうか。しかし師匠として君に教える事がもう出来なくなってしまいました」

「先生は元からそんなに名探偵じゃないでしょう」

「君は本当に辛辣ですね、その通りですが」


「先生、先生が刑務所から出てきたらまた探偵として弟子入りしてもいいですか」

「……君は実に馬鹿だなぁ」

「僕は本気で言っているのですが」



「……やれやれ、困りましたね」

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