誰かは警察官
お題:誰かは警察官 必須要素:ニュース 制限時間:1時間
(2013.5)
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「次のニュースです」
アナウンサーの無表情な声が聞こえる。私は醒めきった顔でテレビの方へ眼を向けた。相棒である男は寝室に引きこもったっきりリビングに戻ってこない。
「本日午後五時ごろ、都内で発砲事件がありました」
へまをする奴もいたものだ、と一人ごちる。どうせどこかの鉄砲玉がどこかの組に殴りこんだんだろう。発砲事件だとニュースで報道されるなんてうかつな奴なのだな、と鉄砲玉に憐れみにも似た感情を抱いた。
「被害者は都内在住の山田源蔵さん(49)、大きな音に驚いた同居していた女性が源蔵さんの部屋に入ると血を流して倒れているのに気付き――」
適当に聞き流しながらキッチンの方へ向かった。コーヒーでも飲もうかと思ったのだ。張り込みのために借りているらしい部屋とはいえ、最低限必要なものはそろえているので、インスタントコーヒーの粉はあるはずであり……それは普通にキッチンの棚で見つかった。しかしマグカップがなかなか見つからない。こういう時慣れない部屋に住むというのは厄介だなぁと思う。結局流しの中にあったマグカップしかないと気付き、洗ってそれをつかうことにする。
白いマグカップに砂糖をスプーンに二杯と、コーヒーの粉をいれ、ポットの頭をおして湯気を立てる湯を入れる。すぐには飲めない、見るからに熱そうだった。手袋越しでもマグカップが熱い。舌打ちを一つ、猫舌の身を悔やんだ。
「――連日の警察官連続殺人事件の続報です。今日未明、また新たな被害者が――」
マグカップを探してもたもたしていると次のニュースになっていたらしい。
熱いコーヒーをふぅふぅと息で冷ましながらテレビの前のソファにまた陣取った。インスタントでもコーヒーはコーヒーだ。一仕事終えた後はやはり、コーヒーに限ると思う。
「被害にあったのは田中幸助さん(45)。今までの事件と同じく、荒れされた寝室で発見されました。死因は窒息死とされており――」
それにしても相棒が遅い。手間取っているのだろうか?特に物音も聞こえないのでそれはないと思ったのだが、流石にいつもよりも遅いと心配になる。
「これで四人目の被害者となりますが、警察は金品狙いかつ警察に恨みを持つものの犯行だとして捜査を――」
それにしてもこのアナウンサーはすこし化粧が濃いな、なんてことを考えながら、マグカップを置いて寝室に行くことにした。
寝室はシングルベッドが一つ。いつもはシングルベッドに一人、リビングのソファベッドに一人と寝ていたのだが、今日はシングルベッドに二人分の影があった。一人はもがいているらしいが、もう一人はいたって静かなものだ。大きいほうの人影に声を掛ける。
「おい、どうかしたのか」
くるりと人影が振りかえる。相棒の顔だ。
「おお、今回はいつもより暴れるもんだから少し遅くなっただけさ」
その証拠にさっきまでもがいていた影は静かになっている。右腕にした時計をみると予定の時間通りではある。問題ない。
「そうか、ならいいんだ。じゃあ次は箪笥だな」
「俺は机の方をやるさ」
ベッドの上の死体に一瞥をくれた後、薄い笑みを浮かべて相棒は仕事の続きにかかった。
私も同じように箪笥の中や本棚の中で何か価値がありそうなものはないかと探しにかかる。
少しして、相棒が遠慮がちに話しかけてきた。
「なあ、聞いても良いかね」
「なんだ」
「今回のはあんたの相棒だったんじゃないのかね」
「そうだな、三年ほどコンビを組んでいたな」
「俺より長いな」
「何も関係ない。私は止めたんだ、管轄じゃない殺人事件なんて追わずにしていましょうって何度もな」
「止めたのか」
一つ息をついて話を続ける。相棒も私も顔を見ながらではなく、各自作業しながらだ。
「ああ。昔堅気というか、小説に出てきそうな刑事だったよ。最終的にお前の隠れ家をつきとめたくらいのな」
「だから殺したのか」
「殺すことにした。警察官が警察官を殺したんだ、正直笑っちゃうよな」
相棒も私も笑わない。それはそうだろう、ベッドに死体があるのに笑えるほどまだ、こなれたわけではない。そのあとは黙々と作業を進め、ある程度まで荒らしておく。張り込みのために借りた部屋なので金品なんて見つかるはずはない部屋だが、荒らしておかないと流石に不自然だろう。
「そういえばコーヒーは」
「ああ、有るから飲めばいい。ちょっと冷めて良いぐらいになってると思う」
「ありがたいな」
「手袋忘れるなよ」
「わかっている」
リビングに戻り、ニュースがまだ流れていることに気づいた。
「――明日の天気は以下の通りです。都内では――」
私はリモコンの赤いボタンを押した。ブツンと音がしてアナウンサーの声が途切れる。
明日は雨らしい。
出来るだけ、無関係な死者は出したくなかったのだが、仕方ない。仕方なかったんだと自分に言い聞かせる。死体の顔は、そんなに見ていない。
相棒をちらりと見ると少し冷めたコーヒーを片手に明日は傘がいるなぁと独り言を言っていた。相棒に声をかける。
「飲んだらいくぞ」
「マグカップは流しに入れておけばいいか」
「いいんじゃないか?水をいれておいて」
そしてキッチンにマグカップを置いて、玄関で靴を履きながら、鍵を確認する。
鍵を持っているのは、そして張り込みにこの部屋を使っていたと知っているのはもう私だけ。
自分も相棒もきちんと靴を履いたのを確認して、私は部屋から出た。続いて相棒も出る。
警察官殺しの警察官、なんて。まず私の家族を殺した警察を、私は許すことができないから、だから、警察になって警察を潰すことにした、なんて。
笑わずに聞いてくれたのはこの相棒と、さっき殺した相棒だけだったな、と自嘲した。
鍵を外から閉めながら、呟く。
「誰かは警察官で、誰かは殺人鬼だ」
後一人、後一人なんだ。
後一人殺したら、ちゃんと、後を追おうと、固く心に誓う。
「おい、いくぞ」
ぼんやりしていたように見えたらしい、相棒が私の手を引いた。
時計を見ると、深夜二時。
明日からまた、警察官としての仕事が待ってると思うと、憂鬱になる深夜二時だった。
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