第四章―15 第37話 『山小屋騒動』
<少し前 ブラシュタット>
ブラシュタットの街で、誘拐犯をやはりゴットホルトと決め打ち、領主の館へと向かっていたエミール、マクシーネ、ヨナスの3名は、妙な光景を目の当たりにした。
「……男爵の館から、馬車が2台も?」
陽の落ちてきた時分に、わたわたと忙しなく出てきた馬車。
それを奇妙と感じたエミールは首を傾げる。
「エミール」
ヨナスはエミールにそう声を掛けると、姿を隠す【タルンカッペ】をかけさせる。
そして馬車に飛び乗ると、中を確認した。すると。
「居た!! 失踪した奴らだ!!」
叫んだヨナスをを見て、エミールとマクシーネの表情がピリッと引き締まる。
「追おう!」
エミールの判断に、マクシーネが眉を顰める。
「ど、どうやって? 馬車を手配している暇なんか……!」
「走る」
エミールはそう言うと【タラリア】を3人にかける。
かけられたマクシーネとヨナスはエミールに『マジかよ』という表情を浮かべる。
「ちょっとしんどいけど、頑張ってくれるね。君達は優秀なんだから」
エミールの熱烈な信頼に、2人は厳しい顔をしながら渋々走り出す用意をした。
「あ、そうだ。2人、魔喰蝶って持ってる?」
「それは当然持っていますけれど」
軽く走りながら、エミールはマクシーネの指に留まった蝶に目をやった。
「じゃあちょっと、お願いすることが――――」
話ながら、エミールたちは馬車を追いかける。
まさかアルタトゥム霊山に再度向かうことになるとは、エミールも思っていなかった。
*
<現在 アルタトゥム霊山・山小屋>
「…………てっきり、ここで人身売買の現場押さえて、それで解決ー……とか思ってたんだけれど……」
エミールは冷や汗を浮かべてふぅーと息を吐いた。
背には誘拐被害者を庇いながら杖を構えて、倒れている魔族を睨むと、複雑な表情を浮かべる。
「さっきの話聞かせてもらったよ。まさか……本当にバルナバスが関わっていたなんて」
そしてゴットホルトをちらと一瞥するエミールは、筆舌しがたい感情が胸に溢れるのを感じた。
最初は確かにバルナバスが関係している可能性を追っていたが、正直事件を追っていくうちに関係なさそうと考えていた。
だというのに、バルナバスの存在が本当に絡んでいるとは…………ハイマト村の魔物騒動、遺跡での出会い……目覚めてからというもの、よく絡むものだと、エミールは嫌になる。
「あア~……痺れたゼ。中々いい攻撃するじゃン」
そんなことを考えていると、倒れていた魔族がゆっくりと立ち上がる。
その体はぴくぴくと痙攣しながらも、何も問題なくピンピンしているようにも見える。
「効いていないというのか……!? 出力を押さえたといえ、致死の威力だぞ!?」
「ギャハハハハ!! 今の殺すつもりで撃ってたのかヨ! そりゃウケるっテ!」
愉し気な魔族に、ヨナスは絶句して小刀を持つ手を震わせた。
「気にしちゃいけないよヨナス。魔族は大抵、頭がぶっ飛んでる」
経験上、魔族とまともに話せたことは――ネイルを除いて他にない。
「ア~? ……おめえあれカ。その白髪、ユーミルとかいうやつカ?」
全然違う名前を呼んできた魔族に、エミールはピクリと瞼を動かした。
よく考えれば、バルナバスは異様なほどエミールのことを知っていた。
そのバルナバスの息が掛かった魔族だったら、エミールのことを知っていてもおかしくない。名前は間違っているが。
「よろしくなア? 俺はヴァリンってんダ。仲良くしようぜ! エミーリアさんよオ!! ギャハハハハ!!」
名乗った魔族は、どうやら恐らくエミールの名前を知った上でわざと神経を逆撫でするように間違えているようだ。
「……まあ、怒るほどのことでもないな」
「ア?」
よくよく考えれば、エミールのような人間を知っている人が多すぎる方がおかしいのだ、とエミールは思う。
ほかのパーティメンバーならともかく、エミール自身がやったことは本当に大したことがない。そのエミールが英雄と呼ばれること自体がおかしかったのだ。エミールは名前を間違われるくらいがちょうどいい……と考えていた。
「アー……つまんねえ野郎だナ。エミール」
エミールが一切苛ついていないのを見ると、ヴァリンは興醒めしたように頭をぐるぐると回した。
「ほらほらア! 騎士の皆さン!? 領民の血税で飯食ってんダ! 領主さまとその商談相手を守ってくれヨ!」
やっつけ気味にそう言ったヴァリンは、ギザギザの歯をカチカチと噛み鳴らして兵士を煽った。
「お、オオオオオ!!」
騎士たちは叫びながら、その部屋に居るエミール、ヨナス、そしてマクシーネへと襲い掛かる。
ヴァリンの恐ろしさを目の当たりにした騎士たちには、魔族の命令とはいえ従わざるを得なくなっていた。
「……くそ!」
「マ、せいぜい頑張ってくれヨ! 俺は男爵さんと仲良く撤退すっからヨ!! ギャハハハハ!!」
そう言っていつの間にか男爵の肩を抱いていたヴァリンは山小屋を後にする。
追おうとするエミールたちの前に、剣を抜いている騎士たちが立ちふさがる。
「くっ……」
襲い掛かってきた騎士の攻撃を、マクシーネが巨剣で防御した。
「ここはわたくしが引き受けますわ。お2人はあの魔族と男爵を!」
マクシーネはそう叫び、騎士たちに対して巨剣を構えた。
「無茶を抜かすな! この人数だ!」
「この人数だからですわ。時間を掛けている場合ではありませんでしょう!」
ヨナスの言葉に、マクシーネはそう反論する。
マクシーネの言うことは確かだ。ここであの2人をどうにかしないことには、この事件は本当の解決を迎えられない。
そして、ヨナスの下した判断は――――
「吾も残る!」
マクシーネにとっては意外なものだった。
「勘違いするな! 失踪者を保護する必要もある! 貴様一人では不可能だといっているんだ! それに、あの魔族に一番用があるのは……エミール、貴様のようだからな」
小刀を構えたヨナスと、それに背を預けるように立つマクシーネの姿を見て、エミールはどこか嬉しい気持ちになった。
「……頼んだ! 2人とも!」
そう言ってエミールは扉へと走る。
エミールは身を翻して逃げるが、騎士は止めようとする。しかしその間に巨大な剣身が立ちふさがり、足元にはクナイが刺さる。
「勘違いで迷惑かけましたからね。こんなことで罪滅ぼしにもならないでしょうが」
「フン……」
「どけやァ! 三下ァ!!」
騎士の怒号が響く。
そんなことお構いなしに、2人は武器を構えた。
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