第四章―14 第36話 『発狂と爆笑と絶望と』



 紫の皮膚に黒い髪……吊り上がった切れ長の瞳は極彩色。ニヤついた口元にのぞく歯はギザギザと尖っている。人によく似た姿でありながら『人』とは明確に違う彼は、愉しそうに肩を揺らしていた。


 その異形を目撃した面々は、どよどよと困惑の波が広がる。

 ただ、用心棒だけがこともなげに肩を掻いていた。



「化物!? 男爵! お下がりください!!」



 騎士の一人が、ゴットホルトの前に護るように立つ。



「おいおイ、失礼な奴だナ。傷付くもんだゼ? バケモンでもヨ」



 ニヤニヤしている『それ』は極彩色の目をカッと輝かせると、その瞳に魅入られた騎士は一瞬筋肉を弛緩させて武器を落とす。

 が、そのすぐ後に体を強烈に痙攣させ、白目を剥いて頭を抱えた。



「がぎぇああああ!?」



 地面につくばり、絶叫する。

 完全に気が狂った様子の騎士に、その場にいる全員が困惑し、固唾を呑んで傍観をするしかできなかった。



「ギャハハハハ!! ギャハ! ギャハハハハ!!」



 その中でただ1人、その元凶となった者がその様を見て爆笑をしていた。

 あまりに混沌としたその存在に目が白黒しているゴットホルトは、どうにか口を開いた。



「ど……どういうことだ! バルナバス氏はどこにいる! なぜ魔族が来ているんだ!」



 動揺を隠せないゴットホルトは、目の前の異形に文句を垂れる。



「ギャハハハハ!! ……あア、バルナバスは忙しんだヨ。突然の連絡に対応できるほド、暇じゃないってこト。残念だったナ!!」


「っ……! ま、まあ……仕事をしてくれればいいです」



 下品に笑う魔族にゴットホルトは頷いて、連れてきた後ろ手に縛っている4名を差し出した。



「おいおイ。一口5人からって話だったろうがヨ。1人足りてねえようだガ?」



 酷く怯えている様子の4名を品定めするように眺めながら、魔族はじっと見下すようにゴットホルトへ視線をやる。



「そう簡単に人が何人も集められるものですか! 今、少し厄介なことになりかけているんです! 早くこの方々を連れて行ってください!」



 言い訳をするゴットホルトを見て愉快そうに口角を上げる魔族は、視線をゴットホルトへ固定したまま顔を上下左右に動かす。

 何の意味があるかわからない行動だが、そもそも相手は魔族だ。理解できると思うべきではないと、ゴットホルトは頭を振った。



「そりゃあ貰っていくがヨ。この程度の仕事しかできねえとは期待外れだナ」


「きちんと魔力の才能がある人間を厳選したんです! 多少の時間がかかるのは――――」


「おめえ嘘言うなヨ。てめえの領地の中で厳選すりゃすぐ済む話だろうガ」



 辛辣な言葉をかけた魔族に、ゴットホルトは言い訳を重ねようとしたが、被せられた言葉に二の句を継ぐことができなくなった。



「小賢しい真似して隣町の領地もてめえのものにしようって腹だったんだろうけどヨ。そういうノ、俺らとの仕事があるときにやるのは筋が違うんじゃネ?」



 すべて見透かされているような感覚に陥ったゴットホルトは、自分の背後にいる用心棒へと振り返った。



「ギャハハハハ!! そりゃおめえそいつはこっちが派遣した奴だもんよヨ! おめえの行動報告しないわけねえだロ!」



 この用心棒は、バルナバスたちが『強いから使え』と遣わせた者だった。

 たしかに彼は強く、ゴットホルト子飼いの騎士が何人がかりでも敵わず、それを見て気に入ったゴットホルトは常に自分に侍らせるようになった。男爵は、それを今更後悔した。



「こっちというのは不服。オレはバルナバスの部下」


「くっだらねえプライドだナ! おめえもおめえデ!」



 嬉々として全員の神経を逆撫でしようとする魔族は、ひとしきり笑うと指を折ってゴットホルトへその手を見せびらかす。



「1、急な呼び出シ。2、人数が足りてなイ。3、仕事への怠惰な態度…………バルナバスがクビ切るのも時間の問題かもナ! ギャハハハハ!!」



 煽られ続け、ゴットホルトは拳を握ってプルプルと震える。

 男爵へと成り上がってからというもの、出会う人間の大半は自分にひれ伏してきた……その自覚のあるゴットホルトは、自分を明確に侮っている魔族に深い屈辱を覚えた。



「オ? 怒るカ? 罵詈雑言を俺にぶつけるカ? 昏くドロドロとした呪いを俺にかけるのカ!?」



 それを観察していた魔族は、目を爛々と輝かせ、ゴットホルトの反応をウキウキしながら待っている。



「そ、そんなことはしない……」


「なんダ。残念」



 自分を律してまともな答えを返したゴットホルトに対し、魔族は少し落胆したように肩を竦める。



「そんな大仰に騎士連れ歩いといてヨ。つまんねえ奴だよ全ク」



 深い深い溜息を吐いた魔族は、頭を揺らしている。

 そして捕らえられている4名の方へ視線を向けた。視線を向けられた4人は自分が今からこの狂った存在に連れられて行くのか、と戦慄する。


 倒れた騎士は、既に絶叫は終え、泡を吹いて気絶していた。



「さテ、これで商談は終わリ……オ?」



 魔族は用が済んだと言わんばかりに立とうとするが、違和感を覚えて動きを止める。



「おいおイ。お客さん連れてきてんじゃねえカ。本当に無能だナ」


「え? ――――」



 間抜けた声を上げたゴットホルトは、顔のすぐ横をなにかが風を切って通り過ぎたのを感じる。


 それは直線的に魔族の顔まで飛んでいく。


 魔族はそれを人差し指と中指で挟む。目と鼻の先まで届いたそれは、小さな黒い鉄の塊――――クナイだった。



「参ったナ、これハ」


「【タングニョースト】!!」



 声が響くと、魔族の握ったクナイに強力な電流が走った。それを直撃した魔族は体を震わせる。


 周囲の騎士やゴットホルトたちはそれを茫然と眺めるのみで、何が起きているのか理解できていない。

 その隙に、縛られていた4人の拘束が解かれる。



「え、え?」



 少女はなぜ自分の腕が自由になったのかわからない。

 自分の後ろから肩を優しく叩かれ、少女は振り返る。

 そこには白髪の優しい表情をした青年が微笑んでいた。



「大丈夫?」



 青年は落ち着いた声色で少女や他の被害者に声を掛ける。



「あ、あなた、は……?」



 少女は恐る恐る青年に問い掛ける。

 この自分達に害する者しかいなかった空間に突如として現れた彼。

 その彼は――――



「助けに来たよ」



 少女たちがずっと求めてやまなかったその言葉を、なんの衒いもなく投げかけてくれた。


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