第四章―13 第35話 『答え合わせ』
「……わたくしはマクシーネ・ライブラー。この街、ブラシュタットを以前治めていた、ライブラー家の娘です」
先程まで争い合っていた3人とリーゼロッテは、腰を落ち着けて会話を始めた。
「思い出したけれど……ライブラーっていうのは……ヴィルヴァルトの姓だったね」
「ええ。わたくしは200年前の英雄、ヴィルヴァルト・ライブラーの末裔ということになりますわ」
「…………そうか……」
エミールは少し忘れかけていた、『自分が200年前の人間である』ということを痛感した。
ヴィルヴァルトへの旧懐と、もう会うことはできないという事実に、エミールはいくらかダメージを貰った。
「それでは、伯爵が誘拐してはいないということですか?」
「当然だ! そのようなことがあれば直ぐに解る!」
「本当に? わたくし、見たんですよ? 伯爵の馬車が誘拐するところ……」
「……」
そのエミールを尻目に、マクシーネとヨナスは話を進めていた。
平行線の話に、場の空気がピリピリとしだす。
「じゃあ、こういうのはどうだろう」
せっかく作り上げた話し合いの場が壊れてはいけないと、エミールは剣呑な2人の間に割って入った。
「たしかにマクシーネが見たのは伯爵の馬車……だけど、実際に誘拐を指示したのは別の人間っていうのは」
「は? 何を言っているんだ? そんな、『馬車を手に入れられる手段を持っていて、伯爵を陥れたい考えを持っている』人間なんて…………」
怪訝な表情を浮かべるヨナスだが、喋っている途中で口を噤んだ。
「……いるな」
「いるよね」
ヨナスとエミールは、頭の中に1つの顔を浮かべた。
* * *
<同日・ブラウンホーファー邸>
「男爵。いいか」
ゴットホルトの執務室に、フラウンホーファー邸へ行った時に後ろに立っていた、日に焼けた毛深い男が入室する。
それを迎え入れたゴットホルトは、何やら書類を吟味しながら声だけで返答する。
「何ですか。ワタクシは今、次に誰を誘拐するのかを考えているのです。用件は手短に」
すげない対応を取るゴットホルトに、用心棒は特段表情を変えることもなく要件を告げる。
「伯爵の小間使いがこの街に入ってきた。バレた可能性」
「何!?」
その情報にはゴットホルトも持っていた書類を落とし、驚愕の表情を浮かべる。
ゴットホルトは口元に手を当て、あわあわと動揺した様子で冷汗を出していた。
「困りましたね……まだ既定の人数に達していないというのに……」
用心棒はふぅと溜息を吐きながら、ゴットホルトの判断を待つ。
「…………バルナバス氏にアポイントメントを取ってください。一度誘拐した人を連れて行きます」
「…………了解した」
ゴットホルトの決めたことに、用心棒は人差し指を出し、魔喰蝶を呼び出した。
*
――――フラウンホーファー邸の地下。
まともな明かりもないその地下には、牢がいくつも設置されていた。
その牢の中にはそこに似つかわしくない、普通の少女が囚われていた。
「――――」
すっかり憔悴した様子の彼女は、自分がなぜここにいるのか……何もわかっていなかった。
「大丈夫かい、お嬢さん」
向かいの牢に入っていた、顔の所々に火傷の跡がある男性が、優しい声色で語りかける。
「私たち、これからどうなるんですか……?」
「さあなぁ……ただ、何もなく帰してくれはしないだろうなぁ」
少女たちは、誘拐された被害者だった。
少女に至っては半月の間、ずっとこの暗い地下牢に捕らえられていた。普通の少女でしかない彼女にはあまりにも辛い出来事だった。
そうして会話をしていると、コツ、コツと足音が響く。
少女はびくりと肩を震わせ、それがこちらに向かってくることに怯えていた。
「お前たち、出ろ」
やってきたのは、ゴットホルトお抱えの騎士だった。
騎士は一つの檻を開け、その中に入っていた若い男をひっとらえて外に出した。
「やめないか!! 僕をどこに連れて行こうというのだ!! 僕は誉高いルヴァイラ魔術学院の――――」
「黙れ!」
騎士はその男を殴る。腹部に入ったその殴打は男を黙らせ、悶絶させた。
「――――」
「さあ、ついてこい」
それからは誰も抵抗せず、黙って騎士に拘束、連行された。
*
「くそ……君達が露見しないようにフーゲンベルクの紋章の付いた馬車を手配したというのに、なぜバレた!」
馬車に乗り込み、出立の用意をしたゴットホルトは頭を抱えていた。
「オレは指示通りにやった……それより、フーゲンベルクの娘が攫われたという話、それが奴の逆鱗に触れた可能性」
「知るか!! ワタクシはそんなことやっていない! 冤罪だ!!」
マクシーネが企てたリーゼロッテ誘拐。それはエミールたちの捜査を難航させる要因になったが、ゴットホルトにも混乱を与えていた。
ゴットホルトが先日フラウンホーファー邸へと訪れたのは、伯爵の顔色を窺うためだった。
「君達も! ワタクシに隠し事などしていないだろうな!」
ゴットホルトは用心簿へ食らいかかる。
用心棒は冷ややかな目を向けながら、ゴットホルトの言い分を面倒臭そうに聞いた。
「商売相手なんだ……隠し事をしていると互いのために――――」
「勘違いをするな」
汗を浮かべているゴットホルトに、用心棒は冷めた声で食い気味に返答する。
「貴様を使うのはあくまで効率の為。対等な相手と思うな」
「ぐ……この! ワタクシは今や男爵だぞ! ワタクシの地位が無ければ、今後君達は――――」
「だから、効率の問題だと言った。貴様が居なかろうが、計画自体は進む」
言い切った用心棒に、ゴットホルトは口を開きながらも何も言えない。
「わかったならその口を閉じろ。これ以上無駄な言葉を交わしたくない」
発進した馬車のガタガタと揺れる音ばかりが、その空間に響いていた。
*
<アルタトゥム霊山 中腹>
夜のアルタトゥム霊山には、虫の音が響く。
季節に関係なく肌寒い山には、平野や人が住む場所とは違う種類の虫が生息している。
それだけ人が行き来しないこの場所には整備された道などはない。馬車が通る道などはなく、降りてきたゴットホルトや用心棒……そして、誘拐されてきた4名たちにそれを連行する騎士たちは、山を登っていた。
「はぁ、はぁ……! どうにかならないのか! この……厳しい山道は!」
小太りのゴットホルトには、厳しい道だ。
そんなことは関係なく先行して歩いていた。
「もうすぐだ。黙ってこい」
そうして歩いていると、歩いていった先に薄明かりがぼんやり輝く。
そこには山小屋があり、自然に満ちた山の中でポツンとある人工物は、その異様さを灯りと共に発していた。
「入るぞ」
そう言い、用心棒は山小屋の扉を開き、中に入る。
それに倣い、ぞろぞろと連れ立った連中も入室する。
入り口から入ってすぐにあるテーブルには、一つの人影が腰かけていた。
「――――オ? 遅かったじゃねえカ」
その人影は、薄紫に染まった皮膚をし、極彩色の瞳を爛々と輝かせる、異形の人型生命体だった。
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