第四章―12 第34話 『話をしよう』


 ヨナスは小刀を構えながら、クナイをばら撒く。

 今度は自分の視界を遮らないようにしながら、マクシーネは籠手で弾く。



「いい加減、それは通用しないとあきらめてはいかが?」


「…………」



 怪訝な表情を浮かべて問いかけるマクシーネにも動じず、持ちうるクナイを投げ続ける。



「打つ手が無いのなら、潔く敗走なさいな。貴方のような末端には用がありませんので」



 クナイを弾く。

 いらつきを覚えているようなマクシーネを近付けないように距離を取りながらヨナスはまだクナイを投げる。



(ヨナスは愚直だけど、ただの馬鹿じゃない……何が狙いだ?)


 傍から見ているエミールは、二人の戦っている様を観察し、はっと気が付く。



「! そ、そうか……なるほど、そういうことか」



 エミールはヨナスの狙いを把握し、たしかにそれであれば彼女に勝てるかもしれないと感じた。


 そしてエミールは、自分に未だ治癒術をかけている少女を一瞥する。

 もしかしたら、ヨナスがまたマクシーネを倒すその瞬間に邪魔をするかもしれない。だから、エミールは彼女に質問をすることにした。



「……リーゼロッテさん、あなたはヨナスを信じることができますか?」


「…………」



 エミールの問いかけに、彼女は沈黙を返した。

 彼女はマクシーネの思想に共感している。故に誘拐に協力し、警備の厳しかった伯爵邸も抜け出すことができたのだろう。


 エミールはまだわかっていない。もしかしたらマクシーネの言う通り、伯爵が誘拐を行っているのかもしれない。それを否定する材料をエミールは持ち合わせていない。

 それでも、一つだけ確かなことがある。



「ヨナスはあなたを守れなかったと責任を感じ、まともに寝ずにあなたを追う手掛かりを集めていました」



 ヨナスの、リーゼロッテを助けたいという気持ちだ。

 それだけは初対面から命を狙われ、共に誘拐事件の調査をしたエミールにはわかる。



「あなたを助けるために、本来行きたくなかったはずの古巣まで僕を案内し、折り合いが悪いはずのかつての上司に協力を仰ぎ、ここまでたどり着いたんです」



 彼の態度は決して立派であるとは言えなかったかもしれない。

 それでも彼がどんな思いで、どんな覚悟でこの場にいるか。それを知らずにリーゼロッテが彼を邪魔立てするのは、あまりに残酷だ。



「知った上で彼を信頼できないというなら……それでもヨナスよりもマクシーネを応援したくて、彼の邪魔をするというのなら構いません」



 その時は、こちらも手酷い手段に出ることを厭っている場合ではなくなるだけだ。

 だが、それは誰よりもヨナスが望まないはずだ。



「ヨナスがやることを、黙って見ていてくれますか?」



 精一杯の誠意を込めて、エミールはリーゼロッテに再度問う。

 今この瞬間にも、ヨナスとマクシーネの攻防は続いている。

 自分よりも上手の相手に立ち向かうヨナスの表情は、鬼気迫るものがある。


 それはかつて、リーゼロッテが初めて会った時の――――



「…………わかったわ」



 そう呟き、リーゼロッテは目を伏せた。



「ありがとうございます」



 礼を短く述べ、再度戦いに注視する。

 決着の時は近い。固唾を呑んで、エミールは杖に魔力を込めた。







(実戦から離れていたからか……辛いものがある)


 ぜぇはぁと息を切らし、ヨナスはマクシーネに視線を向ける。

 酸欠で頭が碌に回らない。だがもう下準備はほとんど終わった。あとはこの女を所定の位置まで誘導するだけだ。


(然し、どうやって連れて行くか)


 狙いがあまりに露骨過ぎると、警戒されかねない。

 流石にマクシーネもヨナスがなにかを狙っていることは気が付いたようで、距離を詰めて早く決着を付けようとしている。


(逆に好機だ)


 巨剣を振り回すマクシーネの攻撃を寸でのところで躱すヨナスは、一歩一歩目的に近付いていく。



「いい加減……!! やられなさいな!!」



 ひたすら遠巻きに戦っていたヨナスにストレスが溜まったマクシーネは、またもクナイを取り出したヨナスの手を叩き上げた。ヨナスの手から弾かれたクナイは部屋の天井に突き刺さる。



「ッ」


「もらいましたわ!!」



 巨剣を天へ振りかざし、とどめの一撃をヨナスへ振り下ろそうとする。最早離れようとしても間合いからは逃れられない。



「――――」



 マクシーネは勝利を確信している。

 だが、ヨナスも同様に、狙いはこの場所にあった。

 そして、その狙いは先程完成した。



 ばちっ、ばちっという音が部屋に響く。その発端はヨナスの身体だった。

 白い閃光が迸り、マクシーネはその異様な光景に剣を振り下ろすのをためらった。


(この一撃を出す機会をうかがっていたのですね……!)


 魔力から生まれるその雷がヨナスの最後の抵抗であると判断し、今度はマクシーネが距離を取ろうとする。




 ――――だが。


 ばちっと、後ずさったマクシーネの踵に電流が走る。



「!?」



 なにかと下を見ると、そこにはクナイが……マクシーネを取り囲むように設置されていたクナイが、ヨナスの発した電気によって通電していた。



「不可避だ」



 ヨナスの纏う電気は勢いを増し、天井に刺さったクナイにまでその連鎖は続く。

 電気の檻に入れられた二人は、もう一歩たりとも離れることはできない。

 そうなれば、もう魔術を発動しているヨナスに対して、マクシーネができることは何もなかった。



「――――してやられましたわ」



 そう一言呟き、マクシーネは目を閉じた。

 それが聞こえたのか眉を顰めながらも、ヨナスは大きく息を吸い込み、この作戦の最後のピース――――術の名を、大きく叫んだ。



「【タングリスニ】!!」



 周囲にスパークが走り、その雷光に発しているヨナス自身も目が眩む。


 …………この技は、いざという時の自爆技だ。

 この稲妻は周囲にいる人物を――――自分を含めて、全て焼き切る。

 そして床に敷かれたクナイは中にいるモノを閉じ込めるだけでなく、外への被害をこれ以上出さないためのものだった。雷は全て、クナイで囲った範囲内に収まるようになっている。

 これまで自分が扱ってきた雷に焼かれる覚悟を抱き、ヨナスもまた目を閉じた。







 だが、いつまで経ってもその衝撃は訪れなかった。

 それどころか先程まで響いていた轟音も、いつの間にやらそのなりをひそめていた。

 ふっと目を開くと、ヨナスは自分の腕に金色の光がまとわりついていることに気が付く。


 その光の発生源は、クナイの範囲外――――エミールの杖から発生していた。



「――――【ドラウプニール】。どんな術でも、一瞬の空白時間を産む術。溜め込んで放出するタイプの術は、これをかければなかったことにできる」



 エミールの術解説を聞き、ヨナスはふぅーっと息を吐いた。



「……信じていなかったぞ。エミール」


「やりすぎだよ。本当……肝が冷えた」


「手を抜ける相手なら、ここまでしな――――っと」



 軽口を叩いているが、ヨナスはフラッとバランスを崩し、その場にへたり込んだ。



「ヨナス!」



 そのヨナスにリーゼロッテが近づき、懸命に治癒術をかけ出した。

 それを見て微笑んだエミールは、もう一人、茫然としている女へ向き直った。



「さて、マクシーネ。君はここで命を失った」


「…………何が、目的ですの?」



 決着をつける絶好の機会。それをみすみす逃し、エミールがマクシーネに望むもの。それは――――



「話をしよう」



 至極平和的で、初歩的なお願いだった。





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