第四章―11 第33話 『戦いを止める戦い』


 耳に残る高い金属音が部屋に響く。

 ヨナスの小刀はマクシーネが装備していた籠手に阻まれていた。



「なるほど。やはり貴方が例の伯爵お抱え傭兵なのですね。アーブラハムさんが居なくなったのは惜しかったとよく言っていましたわ」


「多弁な女だな! 耳障りだ!!」



 順手で突きを出し続けるヨナスを、マクシーネは何事もなく弾き続ける。



「ヨナス! 冷静になるんだ!」



 エミールはヨナスに語り掛けた。

 近接で言えばどうやらマクシーネに分があるようだった。

 マクシーネは攻撃を捌きながらもエミールがなにか術を仕掛けようとしたらすぐに対応できるように気を張っている。その上でヨナスへの対処をしているのだ。



「侮るな!!」



 ヨナスは叫びながら腕を振り、裾からまたクナイが飛ぶ。



「ワンパターンですわね」



 そう言ってマクシーネはクナイを籠手で弾く。

 しかし、マクシーネが弾くために差し出した腕の影にヨナスが入り込むと、余裕のあったマクシーネの予想外の出来事が起きた。



「……あら?」



 マクシーネの視界から、ヨナスの姿が消えた。

 周囲を見渡しても、その姿はどこにも見えない。

 その時間はわずかに瞬き一つの間だったが、マクシーネの右斜め後ろ――――ちょうど死角になる場所から、パチッという何かがはじける音と共にヨナスの攻撃が襲い掛かる。



「!!」



 虚を突かれたマクシーネは、籠手では防ぎきれないと判断し、大剣を振って対応しようとする。

 しかし小刀と大剣では圧倒的にスピードの差がある。ヨナスの刃は、風を切って彼女の首元へ――――



「やめて!! ヨナス!!」



 ヨナスの耳に、悲痛な叫びが届く。

 勢いよくその声の主――――リーゼロッテを見ると、泣きそうに顔を歪めながら、争っている二人を眺めていた。



「――――」



 ヨナスの腕は動きを止めてしまう。そこに思考は存在せず、半分は反射で起きたことだった。

 動きの止まったヨナスに向け、反撃の体勢を取っていたマクシーネの剣が襲い掛かる。



「ヨナス!!」



 動きの止まったヨナスに、エミールがその体を担いでマクシーネの凶刃から離れるように飛びついた。



「か、忝い……エミール?」


「…………ぐ」



 ヨナスは礼を言ってエミールを起こそうとするが、彼の背中に一筋の太刀跡が残っているのを発見し、その血の気を引かせた。



「エミール! おい!! エミール!!」



 声を掛けられたエミールは、返答一つもできずに顔を顰めて脂汗を浮かべる。

 それを眺めているマクシーネは、キッと厳しくその光景を眺めながら口を開く。



「…………正義は、わたくしに在りますわ」



 マクシーネの言葉は重く告げられる。

 剣先についた鮮血を服で拭う。そして再度構え、手を緩めない姿勢を見せた。



「この女……!!」



 その様子にいきり立つヨナスは、今度こそ……今度こそ殺してやる。

 決意を胸に立ち上がろうとする。

 だが、服の裾を掴まれ、それを阻まれた。



「ま、待て……待つんだ、ヨナ――――っ」



 エミールが殺意に満ちたヨナスを止めようと裾を握る指に力を込めるが、背中についた傷が鈍痛を招いた。



「喋るな! 傷が悪くなる」


「いいや、喋るね……君が僕に、悪いと……思うなら……黙って聞いてくれ」



 流暢に喋ることはできない。それでもエミールは邪魔する痛みに負けず口をこじ開ける。



「絶対に……殺し合ってはいけない」


「……何?」


「彼女も、僕たちも……多分何か大きな勘違いを……っ、互いにしている」



 エミール自身も確信しているわけではない。

 それでも、マクシーネという人物が誘拐事件の真犯人ではないということ……そしてそのマクシーネが伯爵を真犯人だと疑っていること。それに加えて、エミールがあったフーゲンベルクという人物が、犯人とは思えないということ。それらのことがどうにも噛み合わない。



「何だ勘違いとは」


「……それを分かるために……僕たちには話し合いが、必要なんだ」



 そう。今すべきは話し合い。

 それでも引っ込みがつかなくなっているヨナスとマクシーネを止めるには、満足させるまで戦うほかない。

 命の取り合いになっては本末転倒だ。エミールは、せめて話を聞いてくれるヨナスを説得する以外に、手段はなかった。



「…………生憎、吾は殺める為の手段以外に持ち合わせはない」


「なら……君が攻撃を繰り出す時に、こちらで上手くやる…………」


「……そうか。任せた」



 そう呟き、ヨナスは改めてマクシーネに対峙した。



「……態々待つとは。随分と手緩いな?」


「正々堂々叩き潰す。それがライブラーの誇りですので」



 相対する二人の間に緊張が走る。

 戦いを上手い具合に調整するために、エミールは杖を常にそちらへ向ける必要がある。



「うぐ……っ」



 しかし、腕を上げていられない。

 背中の傷はエミールの想定をはるかに超えた痛みを与えてくる。

 だが、痛かろうが耐えるしかない。痛みに心を折られた――――そんな理由で、二人のどちらかを失うことは、あってはならないのだ。




 そう考えていると、銀髪の少女が倒れ込んでいるエミールに近付いてきた。



「…………」


「リーゼロッテ……さん……」



 リーゼロッテは傷口に手をかざすと微弱ながらも治癒術を発動した。

 完治には程遠いが鎮痛にはなる。エミールは非協力的だと思っていた少女の手助けに、驚きの表情を浮かべた。



「……あなたが怪我したの、あたしのせい……だから」



 バツが悪そうに顔を伏せてそう呟いた少女は、ただ黙々と治癒術を発動し続けている。それを受けながら、エミールは一つ気が付いた。


 彼女もまた、戦いは望んでいなかったのだ。

 自分付きの使用人と、『何か』を――彼女の共感することを為そうとしている人。その二人が殺し合いをするのも、彼女にとっては辛い出来事だったのだ。



「……助かり、ます」



 彼女のためにも、失敗はできない。

 エミールは杖を構えた。







 ヨナスは思案する。


(如何する……この女、並の戦い方では通用しない……クナイ投擲で目眩ましももう対策されるだろう)


 ヨナスは思案する。


(エミールの奴がどういうつもりか存ぜぬが……殺すつもりでやって構わないと言っていた……奴が上手くやると宣ったのだ。任せてもいいのだろう)


 ヨナスは思案する。


(吾は勝つ。それがエミールの吾に求める仕事……)


 ヨナスは、覚悟を決めた。


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