第四章―9 第31話 『ライブラー子爵』




「いや、なんでやねん……! 別にちいちゃい女の子と一緒にいたからいうて、マクシーネが伯爵んとこの娘攫ったとは限らんやろ!」



 虚を突かれた様子のアーブラハムは、ヨナスの仮説に対して反駁する。

 それを否定はできないものの、エミールたちにはそれ以外にマクシーネが連れていたという女の子の候補が思い浮かばない。


 そうしていると、アーブラハムの部下である若い傭兵が走って戻ってきた。息を切らしながら、彼は報告する、



「さ、さっきのオバサンに聞いて来やした。その女の子、銀髪で大きなつり目の可愛い子だったって……」


「完全にお嬢だな。亡くなった母君に瓜二つ……らしい」



 確信を得たヨナスは、アーブラハムをキッとにらんだ。

 先程まで狼狽していたアーブラハムだが、目を閉じて深呼吸をし、改めて首を横に振った。



「言っとくがワシは知らんかったで」


「ええ、わかってます。ですがマクシーネは誘拐事件の被害者から最有力容疑者に転じました。捜査に協力してもらえますか?」


「しゃーないわな。あいつが裏切ったっちゅうなら、ユニオンとしてはやらんわけにもいかんわ」



 アーブラハムの中で結論は出たようだった。

 そうであればと、エミールはアーブラハムへ聴取を始める。



「彼女がどこに行ったのか……心当たりは?」


「ない。あいつは正直言うてようわからんやつやった。自分の身の上話そうともせんかったし……それでも優秀やったから、ワシらも何も言わんかった」



 結局何もわからないことに、エミールは口元に手を当てて黙ってしまった。

 しびれを切らしたヨナスは、マクシーネの住む部屋の扉を思い切り蹴破った。



「何してんだテメエ!!」



 それを見た傭兵はヨナスの凶行に声を荒らげて止めようとした。

 しかし憮然とした様子のヨナスは、冷ややかな目を向けて他の連中に鼻を鳴らした。



「ここで時間を浪費するのは愚者の選択。この部屋を調査し、居所の特定できそうな物証を看取する」


「僕も同意見です。それに、少しリーゼロッテさん誘拐に違和感を覚えるので……急いだ方が良いかもしれません」


「なんや違和感て」


「具体的にこうとは言えないのですが……他の誘拐事件と毛色が違うような、そんな違和感です」


「疾くしろ!!」



 議論を止めないエミールに、ヨナスはぴしゃりと声を掛ける。

 4人は容疑者の家へと入り込んだ。







「オナゴの部屋漁るっちゅうんは気が引けるわ」


「性別云々ではなく、容疑者なんです。切り替えましょう」



 部屋に踏み込んだエミールたちは、手掛かりを探して部屋のものを視て回っていた。



「あまり綺麗とは言えない部屋だな」



 部屋はあまり整頓されておらず、一人暮らしに慣れていないような、そんな雰囲気をエミールは感じた。

 部屋の壁面には背の低いタンスがあり、そのタンスの上にある壁には、なにか紋章の描かれた旗のようなものが、部屋で一番目立つように張り出されていた。



「この紋章は?」


「……あー? どっかで見たことあるような……」



 エミールの質問に、アーブラハムがこめかみに指をトントンと当てて記憶を探っている。

 あてにならないなと感じたエミールは、別の場所にあったクローゼットを開ける。その中には、洋服がいくつか掛けられてた。そのどれもデザインよりも動きやすさが重視されているようで、洒落っ気のない人物であることが見て取れた。



「……?」



 クローゼットの底面に、一枚の紙が無造作に置かれていた。

 その紙には達筆な字で何やら書かれていた。



「――――『この手紙を見つけたのは、伯爵の騎士団? それともユニオンのみんな?』…………これは……?」


「あー! 思い出したわ!!」



 アーブラハムの大声が部屋中に響き渡る。



「この紋章、ブラシュタットの前領主が使うてた家紋や! 随分久しぶりに見たもんですっかり忘れてたわ!」



 知らない情報を出されたエミールは、紙を懐に忍ばせ、アーブラハムの思い出したことに傾聴する。



「前の領主と言うと?」


「たしか、ライブラーとかいう子爵のもんや。騎士団の育成に力入れてたんやが、3年前に没落して代わりにブラウンホーファーのアホが領主になったとか」


「……ライブラー……? どこかで聞いたような……」



 エミールはそう言いながらも、それとは別に頭の中でまた一つの繋がりを覚えた。

 フーゲンベルク伯爵の娘が、ブラウンホーファー男爵の前任だったライブラー子爵の関係者に攫われた可能性が高い……偶然とは思えない。



「手掛かりはブラシュタットにある、か……?」



 エミールはそう結論付け、ヨナスやアーブラハムもそれに頷いた。







「……アーブラハムさん、気軽に街を出てよかったんですか?」


「ええねん。マッドムントの調査は下の奴らに任せてあるから、気にせんといて」



 馬車を使ってマッドムントにやってきたエミールはついてきたアーブラハムに問い掛けた。だがアーブラハムは朗らかに笑って見せた。



「では、調査しましょう」



 街並みはマッドムントに比べて閑散としている。物乞いのような人々も通りの端に並び、街としての印象にだいぶ差があった。



「領主の差だな」



 呟いたヨナスは、誇らしげでもなく憎々し気に口を歪めていた。






* * * * *






 ある部屋の暗がりの中、大柄な女性が緑色の髪の毛を指先で弄りながら、溜息を吐いた。



「ああ、嘆かわしいですわ。やはり犯罪に手を染める人間は家族愛にも希薄なのでしょうか」



 そのぼやきは誰に聞かせるでもなく、薄暗い部屋に寂しく響いた。

 女は自分の上背よりも大きな剣を自分の膝の上に剣を置いて、それの手入れを始めた。

 そうしていると、部屋に会ったもう一つの存在が女に向けて声を掛けた。



「お姉さま、お腹空いた」



 それは銀髪の少女――リーゼロッテで、きゅるると腹の虫を鳴らして表情を曇らせていた。



「こちらをお食べ」



 干し肉をリーゼロッテに差し出し、女は武器磨きに戻る。



「ねえ、本当にお父さまが……?」



 それを受け取ったリーゼロッテは、かじりながら女に弱々しく質問をする。

 疲れがあるのか、リーゼロッテの表情に覇気がない。それに眉をひそめながら、女は手入れの手を止めて少女に体を向けて目を見た。



「ええ。わたくしは確かに見ましたわ。貴女に罪は無いのかもしれない。ですが、正義のために協力していただきますわ――――おや」



 少女への語り掛けをしていると、女はその目の端の空気が微かに揺れたのを見逃さなかった。



「こそこそなさらないで、正面からおいでになっては如何かしら?」



 女が言った言葉に少女は困惑を隠せないが、声を掛けられたその存在は潔くその『術』を解き、姿を現した。


 白髪のが揺れながら現れたその男――エミールは、杖を女に向けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る