第四章―8 第30話 『氷解 ギルド・ユニオン』



 外で待っていたヨナスは、手持ち無沙汰でクナイを片手で遊ばせていた。

 それに集中していると、ギルドの建物の入り口が開くのを横目に確認した。



「……ん、エミール。もう――――」



 視線をその入り口の方へ向けたヨナスは、そこにいる男を見て絶句した。



「…………アーブラハム」


「よう……3年振りになるか? ヨナ坊。もう『兄者』とは呼んでくれへんのか?」



 葉巻の男はうっすら笑みを浮かべながらヨナスに語りかけた。

 ヨナスはキッと奥にいるエミールに、八つ当たり的に睨み付けを行う。



「……ユニオンが失踪事件に携わっていない証拠があったんだ。それで、その証拠の信憑性を確かめるために、この人に案内してもらうことになったんだ」


「そういえば兄さんに名乗ってなかったわ。アーブラハム言います」


「エミールです。よろしく」



 遅くなってしまった自己紹介を眺めながら、ヨナスはクナイを仕舞い、唇を噛んだ。







「元気でやってんのか? ま、戦闘技術はみっちり仕込んどるんや。仕事に苦労はしてへんやろうけどな」


「…………」



 朗々と話すアーブラハムとは対照的に、ヨナスは俯いて口を開かない。

 その変な空気に耐えきれず、エミールは咄嗟にアーブラハムに質問をした。



「その失踪したっていう傭兵、どんな人だったんですか?」


「お? おーん、そやな……一言で言えば仕事ができる奴やったな」



 アーブラハムは街路を先導しながら頭を掻いて記憶を検索している。



「魔術師なんて才能第一の職で、そこそこ使える上にフリーってんでウチでは重宝されてたんや。ワシは本部勤めやから、あいつに依頼の斡旋もようした覚えがあるわ」


「そういえば、もう一人……元傭兵だっていう人も失踪したって」


「なんやて? 誰のことや?」



 エミールの発言にアーブラハムは振り返り、エミールは詳しくその元傭兵の情報を話して見せた。



「ベンノさんか……あの人も引退するには惜しい人だった」



 アーブラハムの言葉には、特に隠し事を感じない。エミールはやはり誘拐事件は傭兵ギルド――少なくとも、アーブラハムに関わりは無いのだろうと感じた。



「ベンノさんは優秀な回復術師やったんや。怪我さえなけりゃ、まだ全然現役張れる能力やった……」



 アーブラハムの思い出に、エミールはふと立ち止まって顎に手を当てた。



「…………」


「あん? どないしたエミール」


「……1人目の少女は、国営のフリーデンに入学できる才能がある少女だった。2人目は魔術に堪能な傭兵、3人目は魔術を使って武器を作り上げる鍛冶屋……」



 奇怪な行動を取るエミールへ疑問符を投げかけるアーブラハムを尻目に、エミールはブツブツと情報を並べ立て始めた。



「4人目は回復術が使えて、5人目はルヴァイラの優秀生……」



 一通り並べ立て、エミールはその共通点を発見した。



「全員が魔術に対する素養をそれなりのレベルで持っていた……?」



 エミールは結論に達するとヨナスへと向き直る。



「ヨナス、リーゼロッテさんに突出した術の因子適性や目を見張る才能のようなものは?」



 その質問をぶつけられたヨナスは、はっとして考え込むが、数秒後には首を横に振っていた。



「……いや、そのような覚えはないが」


「……うーん、見当違いだったか」



 良い着眼点だったと思ったけどな。と、エミールはあきらめて歩き出す。

 今の目的は傭兵ギルドの無罪を証明すること。まずはそれが先決なのだから。







 数軒、書かれていた依頼主のもとを訪ねたエミールは、傭兵たちの無罪を認めた。

 依頼は魔物の討伐だったり、落し物の捜索だったり、恋人の浮気調査だったり……取るに足らないようなものばかりだったが、困っている人がそこにいて、傭兵団はそれを助ける人々であることは確かだった。



「疑って、すいませんでした」


「ああ、ええねん。こっちかて仲間を取り戻したい気持ちがあるんや。互いに協力しようや」



 朗らかにそう言ったアーブラハムは手を振って『気にするな』というジェスチャーを……しているところに、一人の傭兵がどたどたと走りながらやってきた。



「アニキ! すんません、いいですか!」


「なんや、今ええとこやっちゅうのに」


「すんません! マクシーネのやつが、どこに行ったか知りませんか!?」



 エミールにとっては知らない名前だ。

 どうやらヨナスも知らないようで、険しい顔を浮かべ続けている。

 そしてアーブラハムは、その名前の主の行方は知らないようで、首を振ってみせた。



「あいつ、どこにもいないんです!! もしかして、あいつも攫われたんじゃあ……!」



 それを聞いた3人は、ぐっと表情に力を込めた。







「マクシーネのやつ、おとといから姿見ねえと思ってたんですけど、住んでる部屋にも、ギルドにも、どこ探してもいねぇんですよ!」



 傭兵とアーブラハムに連れられ、エミールとヨナスはそのマクシーネという人物の住んでいる部屋に現れた。



「おい! マクシーネ!! おらんのか!?」



 ドンドンドン。

 アーブラハムは強烈にノックをするが、返事はない。



「くそ、マクシーネも誘拐されたっちゅうんか……? あのバカ強い女が……?」



 エミールはヨナスを窺うが、ヨナスは首を振る。



「ヨナスは知らんで当然や。2年前に入ってきた奴やからな。お前が抜けた後や」



 アーブラハムは腕を組んで貧乏ゆすりをする。

 傭兵が3度も攫われている現状、ユニオンの所属であるアーブラハムからすれば、本当に他人事ではない。



「でも、おかしいな」



 エミールのつぶやきに、その場にいる全員が彼を見る。



「2日前って……リーゼロッテさんの誘拐と同日ですよね」


「それがどうかしたか」



 エミールの疑問に、ヨナスが相槌を打つ。

 エミールはまた少し黙り込むと、自分の考えをゆっくりと確認するように喋った。



「もし伯爵の娘を誘拐するとなれば、相応の準備が必要になりますよね。しかも街中で攫うわけでもなく、実際は伯爵邸から消えるように誘拐された……となると、これまでの誘拐の難易度の比じゃない」



 エミールの出した前提に、その場にいる誰もが頷いた。

 そしてエミールは、疑問の核を提出した。



「それを実行するっていう日に、別の人を攫いますか? まして手のかかりそうな、強い傭兵を」



 その問いに答えられるのは、誰もいなかった。

 一瞬の沈黙が生まれたが、その中でアーブラハムが、貧乏ゆすりで少し声を揺らしながら首を傾げた。



「……兄さんの言う通りやとして、だからなんや?」


「リーゼロッテさんか、もしくはマクシーネさん。そのどちらかは誘拐事件と別枠の事件かもしれない」



 そうなれば、これまでリーゼロッテを助けるために誘拐事件を追っていたのは、見当違いのことだったのかもしれない。

 事件を根底から覆しかねない可能性に、ヨナスは口をわなわなと震わせた。



 ――――その時、大きく甲高い声が周囲に響き渡る。


「あんたたち、なんね! マクシーネちゃんの家になんの用ね!」



 その声の主は、一言で完結に表すと……おばちゃんだった。

 おばちゃんはエミールたちを「怪しい奴だ」と糾弾してきた。どうやら彼女はこのマクシーネの家の大家であるらしい(早口で大声なので、正確に聞き取れるわけではなかった)。


 けたたましい声でわめきたてるおばちゃんに対し、エミールたちは事情を説明する。

 マクシーネが誘拐されたかもしれないこと、アーブラハムは仕事仲間であることなどを説明すると、おばちゃんは突然こちらの話に割り込んできた。



「何言ってんの! マクシーネちゃんはおととい『これから仕事でしばらく家を空ける』って言って、ちっちゃい女の子連れてったわよ! 誘拐なんて物騒なこと言わないで! 住んでる人不安がるじゃない!!」



 そう言うとおばちゃんはプリプリとその場を後にしていった。

 嵐が過ぎ去った後のような空気の中で、エミールたちは顔を見合わせた。



「ちっちゃい女の子…………?」



 2日前、ちっちゃい女の子、失踪――――それらの情報は、1つの可能性を浮かび上がらせた。



「お嬢か!?」



 その可能性にいち早く辿り着いたのは、ずっと彼女のことを考えていたヨナスだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る