第四章―7 第29話 『嫌疑 ギルド・ユニオン』


「――――ま、ワシら傭兵はその性質上いつでも門を開いとるです。だもんで、来客には茶ァ出すって決めとるんですわ」



 そう言ってエミールに応対している傭兵は、葉巻を咥えて煙を吐き出す。

 若手の傭兵がエミールと葉巻の男に茶を差し出す。エミールは出された茶に嬉々として口をつけるが、さすがにフーゲンベルク邸で出されたものより渋みや雑味が多く、エミールはしょんぼりした。



「けれどもや。あんた伯爵の遣いかなにかでっしゃろ? 領主さんにはワシら傭兵にも住みやすい街用意してもろうて感謝しとるんですが、かといって仲良くしたいわけやないんですわ」



 煙を吐きながら、葉巻の男はエミールに厳しい目線を向けた。しかし、エミールの顔をまじまじと見た男は首を傾げた。



「……兄さん、どっかで会うたことあります?」


「……さあ、どうでしょう。聞きたいことがあるだけなので、それが終わればすぐに帰ります」



 エミールは思い出した。この男はマッドムントにやってきた初日、エミールたちに席を譲るように言ってきた傭兵……の、兄貴分風だった男だ。

 だが、どうでもいいことだ。エミールは懐から1枚の羊皮紙を取り出し、それを葉巻の男に手渡した。



「この日付に皆さんでどこかに出掛けたりとか……なにかしたりはしました?」



 紙を受け取った男は黙々と書かれてある日付を読んでいく。

 次第に男の表情が険しくなっていく。それに気が付いた葉巻の男の隣に立っている若い傭兵の顔が青ざめていった。



「…………こら、最近の失踪事件が起きてる日時やないですか」



 傭兵はぺっと紙をテーブルに投げると、エミールへ剣呑な雰囲気を纏って話しかける。

 流石に街で起きている異変について何も知らないというわけではなさそうだ。エミールは沈黙を守って男の次の言葉を待った。



「ほー……兄さん、ワシらギルドのこと疑うておるっちゅうことや」


「……やましいことがなければ何をしていたか教えてもらえればいいんです。僕たちは失踪事件……誘拐を、組織的な犯行と踏んでいます。この街で一番、肩で風切って歩いているのはあなたたちですから、一応窺わないわけにはいかないと思って、お邪魔してます」



 とはいえ、エミール自身はこの傭兵ギルドを強く疑っている。

 ヨナスとの話し合いでもあった通り、大きく狭まった可能性の内の一つだ。エミールはほとんど決戦のつもりでこの地に赴いていた。



「……ワシらかて組員の傭兵一人、連れ去られとんのや。ワシらには動機がない」


「仕事でゴタゴタがなかったとも限らない。今、動機が云々言うのは筋違いでは?」



 葉巻の男の言い訳に、エミールは強めの語気で一蹴する。

 それを聞いた若い傭兵がいきり立ってエミールに詰め寄る。



「アニキに向かってなんて口を――――」


「それよりも! 明確に『自分達にはできない』という物理的な証明が取れれば、それがあなたたちには犯行ができないという証明になるでしょう?」



 口を挟んできた傭兵に更に被せるように、エミールは怯まずに言い切って、茶を啜った。

 少し、なにか考えるようにして黙った葉巻の男は、鼻から息を吐き出して葉巻を灰皿に押し付けた。



「おう、ザムエル。顧客リスト持ってきてくれや」


「アニキ!? こんな男に……! 組長がなんて言うか!」


「あん? お前、偉うなったの。誰に意見しとるんや?」



 若い傭兵に睨みをきかせ、男は新たな葉巻を取り出し、火の魔術でそれに火を点けた。

 すごすごと退室した若い傭兵に鼻を鳴らし、葉巻を吸う男はにっと笑みを浮かべてエミールを見た。



「兄さんの言うことは正論やが……そのやり方は反感買うで?」


「いざとなった時の用意はあるので、心配はご無用です」



 エミールとて無策で突っ込んできたわけではない。いざとなれば、外で待機している彼にバフをかけ、それを合図に救助してもらう手筈だ。

 それを聞いた男は煙を吐き、それが部屋に立ち上り消えゆくのを見届け、視線をエミールに戻した。



「……ヨナスやろ? 兄さんは騎士やないがフーゲンベルクんとこのモン。やったらヨナスと同じ身の上なわけやし、戦法上も向いてるやろうな」


「…………」



 ……男が言うことはその通りだが、なぜ、彼がヨナスのことを知っているのだろう。

 それを疑問に思っていると、男は「ケッ」っとしかめ面をする。

 男の次の一言で、エミールは疑問の答えを得ることになる。



「あん馬鹿、後ろ足で砂かけることしよって」


「……彼は元傭兵……なんですか?」


「なんや、そないなことも知らんかったんか。ほなアイツは、兄さんのことも信用しておらんちゅうことや」



 男は笑ってそう言った。それは嘲笑ではなく、『自分と同じだ』という意味の籠ったものであったとエミールは感じる。

 男は置かれた茶を飲みながら、思いを馳せるようにして語り出した。



「アイツはある日突然いなくなった。ワシらに何も言わんと置手紙だけ残して、『もう吾はここに在るべき存在では無くなった』いうて消えて行ったんや。んで気が付いたらフーゲンベルクんとこで使用人やっとった……わけわからんやろ?」


「……その一人称、昔からだったんだ……」


「3年くらい前になるやろか。あのゴットホルトとか言うのが隣のブラシュタットの領主についた頃や」



 灰を落とし、男は目を瞑って語りを続ける。



「ガキの頃から才能のあるやつやった。渡した武器はなんでも小器用に使いこなすんで、一番扱いづらくて激戦区にツッコみづらい暗具を渡したった…………それでもアイツは気付いたらウチで一番の稼ぎ頭になっとった。そんで姿消されたらたまったもんやない。ほんま、勝手なもんやで」



 その内容はヨナスを非難するものだが、表情は柔らかい。それに男の口振りから、ヨナスはかなり長い期間、この傭兵ギルドに身を置いていた様子だ。

 その様子に違和感を覚えたエミールは、質問をする。



「……そんなこと、許されたんですか? 聞くだに不作法ですが」


「いや? 許さんっちゅう奴もおったし、ケジメつけさせるべきやっちゅう奴も多かった。それでもアイツは一応置手紙と一緒に金を置いていったし、なんとかそれで納得させたわ」



 燃え尽きかけている葉巻を灰皿に棄てたところで、先程の若い傭兵が紙の束を持ってまた部屋に入ってきた。



「アニキ、顧客リスト持ってきました」


「おう、助かるで」



 男は若い傭兵から受け取った紙をそのままエミールへと手渡す。

 それは男の言った通り、顧客がいつ、どんな内容の依頼をし、誰が請け負って完了したか、という情報が書かれていた。



「これ見てもらえりゃわかるやろが、最近のウチは忙しゅうてな。誘拐しようにも、そないに人数を割けへんのや」


「…………」



 書類を検めるエミールは、まだ微妙に読み慣れていないこの時代の文字と顔を顰めてにらめっこしている。

 詳しく確認すると、たしかに失踪が起きている時間どころか、ここ最近はずっと忙しそうなスケジュールだった。



「はい、たしかに……ちなみに、この依頼人に直接確認することはできますか?」


「おい、テメェどこまで……!」



 未だに疑いを持ち続けるエミールに、若い傭兵が食って掛かろうとする。しかし葉巻の男が手をあげて若い男を制止する。



「やめろや。兄さんも、もうワシらのことそない疑っとらんやろ」


「ええ。ただ、『ほとんど』を『たしか』にしたいだけです。人の命が掛かっている可能性がありますから」



 エミールのあては外れたが、それが悔しくて食らいついているわけではない。

 そもそも組織的に誘拐をしていたのなら、バレかけた時用に偽装した書類を用意していた可能性も否定できない。その可能性を否定するための確認だ。むしろ、ギルドの犯行ではないと思っているからこその行動になる。



「どれに話聞きに行くんや? 連れて行ったるで」


「そうですね、では――――」



 エミールは適当な名前を見繕って指を指す。それを受けて葉巻の男は立ち上がった。エミールもそれに倣い、外への扉へ向かった。



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