第四章―6 第28話 『整理、そして推理』



 ゴットホルトが去った応接室で、エミールは一息ついてから改めて資料を指でなぞる。



「……で、気を取り直して4人目の浮浪者だけど……いつもいる通りで浮浪者仲間が来ないことを不審に思ったのがきっかけで判明。聞くところによれば、この男も元は傭兵だったとか」


「何? そんな情報…………以前の調査では無かったはずだが……」


「浮浪者に話を聞くってなった時に、お酒を買っておいたんだ。幸い、使えるお金はたくさん持っていたから」



 老けた男の似顔絵を取り出したエミールは、得意気に口角を上げた。



「隠蔽していたということか……あの浮浪者共……」


「隠していたというより、協力する義理が無いってことだろうね。浮浪者からすれば、貴族に仕えている人間なんて信用できないんだろう」


「……」



 憮然としているヨナスは、しかし反論せずにむすっとしたままだ。

エミールは資料に目を落とし、今日の出来事を思い出していく。



「で、『仕事中』に足に怪我を負って、それが治癒術師にも治せなくなって……浮浪者生活を余儀なくすることになった……そして彼もまた、最後に目撃されたのは日中。『飯屋の残飯を漁ってくる』と言い残したきり、目撃証言はぱたりと途絶えている」



 浮浪者の分の情報を読み終えたエミールは、次の紙を前にめくる。



「最後に、5人目……ルヴァイラの学生は帰省中だったらしい。知人のルヴァイラ関係者に話を聞いたけれど、ルヴァイラの中ではそこそこ成績が良かったらしい。が、問題児でもあったらしく、停学中だったと」



 マンハイムから聞いた話を出し、エミールは読み終えた資料をテーブルにおいて、目頭を指で押さえた。



「ふぅ……こんなところかな。今日1日で集まった情報は…………ヨナス?」



 伸びをして一段落付けたエミールは、口を挟んでこなくなったヨナスの方を向く。

 するといつの間にかヨナスは寝落ちしており、項垂れて半開きになった口から涎が少し垂れていた。



「…………まあ、しょうがないか」



 ソファにヨナスを寝かせ、エミールは伯爵邸から宿屋に足を向けた。






* * *






〈某所〉



「……まだ来ないんですの。まったく、伯爵のお抱えというのも大したことありませんことね」



 大柄な女が、灯りの付いていない部屋で頬杖をついて座っている。

 その顔にはいくつかの傷がついていおり、しかし美麗なその顔立ちがより引き立つような、微妙なアンバランス感が女の顔には内包されていた。



「ねえ、貴女はどうお思い? リーゼロッテさん?」



 暗がりの先に、エミールたちが探してやまない少女の姿があった。



「……」



 少女、リーゼロッテの睡眠用のラフな格好は、その裾に埃が付着し、髪は本来の柔らかさを失い、べたついてしまっている。

 少女は俯いて黙っている。大柄な女は、ふっと鼻を鳴らした。






* * *






〈翌朝・フーゲンベルク邸〉




「さあ、今日も調査をしようか」



 夜が明け、再度ヨナスの元へやってきたエミールは、俯いているヨナスに声を掛けた。

 ヨナスは寝落ちしたことを深く後悔しているようで、エミールの顔をまともに見れない様子だった。



「気にしなくていいんだよ。体の機能については十人十色さ。君は疲れていたんだろう」


「そんなことを宣っていられるか……! 目下もお嬢は不安で眠ってなどいられないだろう……!!」



 ヨナスは随分と気追っている。自分がリーゼロッテを救うのだと――救わなければならないのだと、焦っているようにも見える。



「……そうだね。じゃあ、早いところ推理を進めよう」


「ああ。だが……どうすればいい。突然消失する被害者を、どう……」


「ヨナス、焦りは良くないよ。実体験だけど、功を焦れば――」


「焦ってなどいない!! ただ、吾はお嬢を……!!」



 自分の膝を叩き、ヨナスはピリピリとしている。

 無理からぬことだ。フーゲンベルク曰く、ヨナスはリーゼロッテ失踪を自責に感じている。その上、昨夜は寝落ち……エミールの思っていた以上に、無力感を感じているのだろう。


 こういう状態に陥った時は、慰めの言葉は無意味だ。それはエミール自身、経験上よくわかっていることである。故に、エミールは昨晩寝る前から考えていた仮説を口にし、事件を進展させてみようと試みる。



「……思うんだけど、失踪者がいなくなるのは、転移術とかの類ではないんだよね?」


「……そんな大規模な術式が使われれば、残留魔力や痕跡が残る。それが残っていたら、こうも捜査は難航しない」


「そうだよね。だとすれば、やっぱり……」



 エミールは1人納得したように頷く。ヨナスは眉間に皺を寄せて眺めた。



「消失するってことは、凄い速さでいなくなったってことだよね。居なくなったり、連れ去られるところが見られなかったってことだ」


「まあ……言い換えればそうだが」


「ってことは、相当に手際が良いってことになる。でも人1人を気付かれない速度で持っていくのは、1人では無理だと思うんだ」



 エミールの説明に、しかしヨナスは頭を振る。



「複数犯の犯行、と言いたいのか? しかしそんなこと、判明したところで……」


「違う。僕が言いたいのは、『この街で当たり前に目にする光景』に紛れるようにして『複数犯』が人を攫っているということだ」



 エミールの言いたかった本質がようやくわかったヨナスは「あっ」と声を上げた。



「……となると、自然に容疑者は2つに絞られないかい?」


「『騎士団』と……『傭兵のギルド』」



 ヨナスが出した結論は、エミールのものと同じだった。







 ――――『騎士団』。

 国や貴族によって運営される、公的な兵士……『騎士』。そしてそれらを束ねた一段のことを騎士団と呼ぶ。

 ここ、マッドムントの街においてはフーゲンベルクが運営している。


 ――――『傭兵団』。

 世間の多くの武力が必要な出来事には、騎士団が当たる。だが指揮系統として国や貴族がある以上、融通が利かずに解決できない問題が生まれうる。

 そうした問題を解決するために、民間で戦える能力を持った者が武器を持った……それが『傭兵』。


 マッドムントは傭兵団が多く集まる気風がある。それはフーゲンベルクが他の貴族に比べて傭兵に対する締め付けが緩いからという理由がある。

 それによって、傭兵団を更に統べる『ギルド』という組合が発生した。それはマッドムントではユニオンという名で呼ばれ、それぞれの傭兵団にいざこざが発生しないように仕事の分配や雑務などを行っている。





〈ギルド『ユニオン』 客間〉




「いやあ、どうもわざわざ来てもろうて、何のご用でっか?」



 ――そのユニオンに、エミールはやってきていた。

 マッドムントで起きている連続失踪事件、その重大な容疑者に話を聞くために。



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