第四章―5 第27話 『男爵登場』
「1人目はフリーデンに入学予定だった女子、2人目は傭兵、3人目は鍛冶屋の大将、4人目は浮浪者、5人目はルヴァイラの学生……で、6人目に伯爵の娘。ざっくりした失踪者の概要はこんなところだね」
エミールは指を折って被害者を列挙する。
「被害者の一貫性の無さも、吾らが手を焼いている原因の一つだ。」
ヨナスの補足に、エミールは唇を甘く噛む。
「うん……でもこれから言えるのは、『確実に身代金目的ではない』ということと、『奴隷にするために人攫いをしているわけではない』ということだね」
「? 1つ目は兎も角、2つ目は何故だ?」
「奴隷にする人選にしては浮浪者とか鍛冶屋とか……選定に疑問が残る」
「疑問が残る程度で可能性から省いて構わないのか?」
「奴隷商だって商売人だ。信頼が大切な稼業で、手を抜いた人選をするとは考えにくいよ」
それに、奴隷商が半月も同じ場所に留まって捕まるリスクを取るとも考えにくい。
それだけ捕まらない自信があるという可能性もあるが……今は可能性を広げて考えるより、狭めていく場面だ。考えにくいところはとりあえず省いていく。
「何か被害者に共通点があるはずなんだ。詳細なデータを確認しよう」
そうしてエミールは懐から羊皮紙を取り出した。
それには聞いて回った情報が書き記されている。今日一日の成果といったところだ。
「2人目の失踪者は傭兵ギルド『ユニオン』に加盟している魔術師。その実力は確かで、フリーランスでやっていても傭兵団からサポート役として呼ばれたり、ソロの依頼なんかもこなしていたという」
声に出しながら、エミールはヨナスと情報を共有する。
事件には当然、ヨナスの方が長く関わっているわけだから補足情報なんかもあるかもしれないし、なによりアウトプットすることによってエミール自身の情報への理解度が高まる。
「失踪に気が付いたのは彼に依頼を持ってきた傭兵の男で、ユニオンに現在の仕事情報を確認した際、失踪が発覚。だが、当初は別口の依頼が立て込んでいたか、よその街に出ていただけと思われていた」
確認していると、ヨナスがテーブルにまた別の紙を差し出す。
それには失踪した傭兵の似顔絵が描かれていた。その紙の下には他の4人のものと思われるものが重ねられていた。
「……で、3人目は鍛冶屋『ヴェルンド』の主人。傭兵業が盛んなこの街においても一目置かれる優秀な鍛冶屋……優秀って、どういうところが優秀だったんだろう」
「鍛冶は温度管理が重要だが、ヴェルンドの主人は火と冷気を司る術に適性を有しており、そこらの鍛冶屋より優れたものを作れたらしい」
ヨナスの補足を聞きながら、エミールは資料を再度読み上げる。
「素材の仕入れに出て行ったきり、行方が知れなくなったと……聞き込みでは、素材をいつも仕入れていた商人のところには来なかった、と証言している」
二枚目の調書を読み終えたエミールは、次の調書に手を伸ばした。
だが、応接室に訪れた扉の開く音が、その動きを止めた。
「失礼しますよ」
中に入ってきたのは、小太りの男だった。
髪をきっちりとセットし、両手にはごてごてと宝飾を装着し、服も格調高いと一目でわかるものではあるが、肝心なそれを着ている男はあまり見目麗しいといえる容姿ではない。
男の後ろには、上背のある、日に焼けた肌をしている毛深い男がついてきている。用心棒の様だ。
「…………おやおや、これはこれは……フーゲンベルク伯爵に会いに来たのですがね。ンホホ」
男は資料を広げていたエミールやヨナスを見て、フーゲンベルクがいないことを確認すると、顔の前に指輪の付いた手を持ってきて、上品風に笑った。
「ゴットホルト・ブラウンホーファー……」
「『男爵』! を、付けていただきないな。使用人くん?」
ヨナスに威嚇するように、男――ゴットホルトは睨みをきかせる。
ヨナスはそれに動じることなく、じっとゴットホルトを見据えていた。
「何用か」
「ンホホ。いえいえ。伯爵のお嬢様……リーゼロッテ様でしたかね? が、最近この街で流行っているらしい失踪事件に遭われてしまわれたとか」
「…………」
ゴットホルトの厭味ったらしい言い口に、ヨナスは歯噛みする。
「いや、なんとも痛ましい話であるよ。そのお見舞いを兼ねて顔を出したに過ぎない……ただ、そんなボロボロの状態で為政が務まるのか、と心配になったものでね」
続けられた発言に、ヨナスはソファから立ち上がって一歩ゴットホルトへ踏み出した。
「主様を愚弄するか!!」
「ヨナス! 落ち着くんだ」
それを止めたのはエミールだ。
男爵位を持っている人間に、使用人が手を出すなど言語道断。それを理解しているのか、ゴットホルトは余裕を崩さず、後ろにいる用心棒も動く素振りすら見せなかった。
「君は雇われの傭兵かな? 娘を取り戻すためには伯爵もなりふり構わない、ということかね。ンホホ」
エミールを見てそう言ったゴットホルトは、また笑う。
「それでは、伯爵によろしく伝えてくれたまえよ。品位もなにもない使用人に、野次馬根性の傭兵くん?」
それだけ言い残すと、ゴットホルトは応接室を後にした。
突然の来客が去ったのち、ヨナスは「糞ッ」と悪態をつきながらソファに乱暴に腰かけた。
「……何? 今の……何しに来たんだ」
「……ゴットホルト・ブラウンホーファー……隣町、ブラシュタットの領主だ」
「……僕、あいつがものすごく怪しく見えるんだけれど」
「ふん、吾だってそう思うさ。なんなら主様だってそう考えておられたはずなのに……」
苦々しく呟くヨナスは頭に手を当てている。
「お嬢が攫われたことによって、あいつではあり得なくなったのだと……奴が誘拐犯だとしたら、したいのは主様の地位を貶めること。だが、お嬢を攫ったりすればその目的は遠ざかると、主様は言っていた」
受け売りのように言っているヨナスは、その意味を詳しくはわかっていないようだ。
「……『失踪事件を解決できない無能領主』としてのレッテルを張りたいのに、『娘が失踪事件に巻き込まれてしまった被害者』になってしまうということか」
エミールの噛み砕いた説明に、ヨナスは驚いて肩を竦めた。
「随分と調査に手慣れているようだが、どういうことなんだ?」
「200年前じゃ敵に囲まれてどうしようもないって状況でも、どうにか活路を見出さないといけなかったから、頭を使うことも多かったんだ……まあ多くはアヒムやロスヴィータがやってて、僕はそれを後ろから眺めていることが多かったけど」
「200年前?」
……ああ、そういえばヨナスには自分が『エミール・レークラー』である説明をしていなかった。
だが、それよりもまず、失踪事件をしっかり追うべきだ。エミールは、説明を後にすることを決めた。
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