第四章―3 第25話 『消失した失踪者』


「……ノルンだったな。予言の少女……それが貴殿を遣わしたということは、貴殿がリーゼロッテ救出に手を貸してくれると考えてもよいのか?」


「ええ、もちろん手伝わせていただきますが……伯爵はいいんですか?」



 身元も名も知れない男が『娘さんを助けるのを手伝います』と来たところで、普通信用する気にはなれないだろう。

 それにノルンの遣いといっても、騙っている可能性が否定できない。それをどう考えているのか。

 そういった意味を込めての質問に、フーゲンベルクはフンと鼻を鳴らして頬杖をついた。



「かまわんさ。ノルンの能力を知るものでそれを拒むのは、現実の見えない者か、個人的にノルンを嫌う者だろう。それに、あの存在を知るのは貴族でもそう多くはない……そうだな。一応、名前は聞いておこうか」


「はい、エミール・レークラーです」


「エミール……? その名は200年前の英傑の一人のものだな。たしか、姓も同じ……子孫かなにかか?」


「あの……本人です」


「……ほう?」



 ……自分を歴史上の人物として知るものに『それは自分です』と名乗ることほど気恥ずかしいことはないと、エミールは実感した。







 フーゲンベルクに出自や最近復活したことを話し終え、エミールはフーゲンベルクからリーゼロッテの情報を聞き出すことにした。



「リーゼロッテさんがいなくなったのは、いつ頃ですか」


「昨日の朝、起きたら既に屋敷から姿を消していた。最後に会ったのは一昨日の夜ということになる」


「一日ですか……単にふらっと家出をしたという線は?」


「最近、市井でも失踪事件が多発しているというので、警備体制を強化した上で消えたのだ。まだ年端もいかない娘だ。それはない」


「では身代金の要求は?」


「無い。あったところで応じないがな」



 エミールは疑問を投げかけ続けるが、手応えのある返答は帰ってこない。

 腕を組み、目を瞑って頭を悩ませる。



「身代金が目的でないなら、急いだ方が良いかもしれませんね」


「どういうことだ?」


「要求がわからないということは、相手が何をするのかわからないということです。身代金目的よりも厄介だ」



 むしろ身代金目的であった方が、戦いやすかった。

 しかしそんなことを考えていても仕方がない。エミールは誘拐犯の焦点を絞るため、更に質問を重ねる。



「誘拐犯に心当たりは?」


「無いな。いや、当然私の存在に反感を抱く者もいるだろうが、娘を攫うほどの動機があるものとなると……」


「うーん……そうですか」



 どうにも暖簾に腕押しな会話に、エミールはソファから立ち上がる。



「でしたら、別の被害者達からも話を聞きに行きます。連続して失踪が起きていることから、何か手掛かりがあるかもしれない」



 これ以上ここにいても、あまり情報は得られない。

 そう判断したエミールは、別の角度から情報を集めることにした。



「ならば……貴殿に案内役を兼ねて護衛を付けようか? 事件に首を突っ込むのだ。危険もあるだろうし、連れ立っている仲間も怪我をしているのだろう?」



 フーゲンベルクの提言に、エミールは一度思考を挟む。

 案内役はありがたい。この街のことはよく知らないし、被害者の情報もこれから聞き込みするより早く済む。それに護衛……もし、これもバルナバスらが一枚噛んでいるとするならば、激しい戦闘の可能性がある。



「……では、お言葉に甘えて」



 エミールはそれを甘んじて受けることにした。







「……で、君なのか」


「喧しい! 吾とて主様の命でなければ、貴様など……!」



 フーゲンベルクに付けられたのはヨナスだった。

 ……たしかに護衛という観点から見ると、ヨナスも現在においては『戦える側の人間』であることは、出会い頭の戦闘でわかっている。

 とはいえ、円滑に案内を達成してくれるか、という能力についてははなはだ疑問が残る。どちらかといえば、そちらの方を重視して欲しかった。



「まぁ、いいや。で、被害者っていうのは何人くらいいるんだ?」



 エミールはヨナスと共に街を歩いていた。失踪した人の関係者に話を聞くために、家へと向かっている中で、ヨナスからも情報を引き出すことにする。



「最初の失踪者が出始めてから……半月ほどが経過している。現在確認されているだけで、お嬢を除けば5名……主様の元へ嘆願書が届けられている」



 5人。結構な人数だ。

 しかし、そんな大規模な事件であったら既に調べていることもあるだろうとエミールはヨナスに聞くが、ヨナスは首を振ってそれに答える。



「当然、主様の管轄下にある騎士団で調査はしているが……誘拐の手口が巧妙で、尻尾を掴めずにいるというのが現状だ」


「その手口っていうのは?」


「街中で忽然と消失するのだ。失踪者が」



 突飛なことを言いだしたヨナスに、エミールは歩く足を止めた。



「可笑しいと思うか? しかし、目撃証言を洗っていくと、必ず失踪者は街中で、いきなり姿を消すんだ。数分前まではたしかにいたという証言の後、周辺にいたという全員の証言から『見ていない』というものが出るんだ。5件どれも……同じだった」



 エミールの困惑をよそに、ヨナスは歩き続ける。

 そして、一つの住宅の前に立つと、エミールの方を振り向いた。



「到着したぞ。ここが第一の失踪者の家だ」



 そう言うと、ヨナスは扉にノックをした。







「……あの子がいなくなって、2週間は過ぎています。今更、事情を聞きに来ても……」



 中に通されたエミールとヨナスは、失踪したという子の母親から話を聞いていた。

 父親は仕事に出ているらしく、応対する母親は暗い表情で椅子に腰かけている。



「いえ、すいません。僕は最近調査に参加することになったもので、改めて自分の足で情報を集めたいと思っただけなんです。騎士の皆さんも、しっかり調査は進めていますよ」



 エミールが今更調査に来たことに、母親は懐疑的な様子だが、エミールはできる限り真摯に対応しようとする。

 溜息を吐いた母親は、俯いたままに訥々と語り始めた。



「娘は14歳、賢い子で……来年からはフリーデン魔術学校に通うことになっていました」


「へえ、フリーデンに……」



 知っている単語につい反応したエミールだが、脱線はいけないと母親に質問を始める。



「失踪する前、何か変わった様子は? 誰かと喧嘩したとか、トラブルがあったとか」


「……私の目につく所では、なにもなかったように思います。あの日も……いつもと同じように、刺繍を習いに行っただけなのに……」



 母親の声が上擦り、目には涙が溜まっていく。

 娘がいなくなり、その次に続いて5人失踪している……エミールは想像も及ばない辛さを感じているのだろう。



「……娘さんのお部屋、あるなら拝見させてもらっても?」



 エミールがこの母親にしてやれるのは、この事件を解決することだ。下手に同情的なことをのたまったところで、意味はない。



「…………ええ。どうぞ」



 母親もそれを理解しているのか、目を擦りながらエミールを連れ立って部屋へ案内した。

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