第四章―2 第24話 『訪問、フーゲンベルク邸』


 会話の主題が終わり、蝶はまるで伸びをするようにはねを伸ばした。

 すると蝶は丸まっていた口のストローをエミールの眉間に伸ばし、ものすごい勢いで魔力を吸入し始めた。



「おぉ!?」


『それじゃあお礼にぃ、ちょっと多めに魔力貰うねぇ』



 そう言い残し、蝶は悠々と窓から飛び立っていった。

 残されたエミールは、久々に覚えた魔力の急激減少による立ち眩みにより、ベッドに大の字の姿で倒れ込んでしまった。



「あ……あのやろー……」



 疲れも相まって、エミールはもう起き上がる気力もなかった。



「……明日からで、いいか」



 そう決めたエミールはふと、ノルンはエミールを休ませるために、わざと立ち眩みを起こさせたのか? という思いがよぎる。



「…………考えすぎか……」



 それ以上頭が回らなくなったエミールはそのまま瞼を閉じた。

 疲れがそうさせたのか、エミールの意識はすぐに途切れた。次の朝が来るまで、目が覚めることはなかった。





* * *





<翌日>



「さて、ここか」



 フーゲンベルク邸の門前までやってきたエミールは、その大きさに小さな息を吐いた。

 ハイマト村の村長宅もそれなりに大きなものではあったが、比べ物にならなかった。あれは一般的な家をそれなりに豪華にしたものだったが、この家はそもそも造りが違った。


 王城で感じたような、よそとは明らかに違う雰囲気を纏った建物。窓の作りや柱の一つ一つに込められた意匠がそうさせるのか……エミールは明確な違う世界を目の当たりにし、これからここの主に会いに行くという事実がしんどくなった。



「はぁ……」


「おい、貴様……主様の門前で何をしている」



 溜息を吐いていると、門の影から紫色の髪をした、執事服を纏う20代くらいの若い男が現れた。



「ああ、いいところに。えっと……」


「否、不要だ。貴様の言い分はわかっている」



 例の『ノルンから言付かって――』という話をしようとした矢先、執事風の男がエミールに向けて制止の意を持った掌を向ける。



「あの……?」


「貴様、お嬢……リーゼロッテ様を攫った連中の間者、といったところだろう」


「は?」



 男がいきなり言い出した素っ頓狂な内容に、エミールは呆けた声を出してしまう。



「惚けた演技は見事。然し貴様ら賊の要求を聞き入れるつもりは、主様には――われらフーゲンベルク伯爵一家には毛頭ない!!」



 猛り立つ執事の男はそう言うとエミールに向けて腕を振った。

 その腕の裾から、黒い鉄製の小刀――クナイのような武器が、エミールめがけ三本飛んできた。



「ちょ、ちょま!!」



 咄嗟のことに、エミールは飛び退きながら【タラリア】をかけ、三本の内一本を杖先で弾き、それを連鎖的に他のクナイにも当ててみせる。

 クナイはエミールの服を裂くが、なんとか傷はつかずに済んだ。



「!?」


「待って、ください! 話を……!」



 エミールの心臓は早鐘を打つ。

 飛び道具による攻撃は後衛職にとって天敵であり、最も鍛錬して対応を覚えなければならないものの一つだ。


 200年前、エミールは術の知識は本で覚えることができたが、立ち回りばかりは仲間に教えてもらうしかできなかった。

 ナディアやヴィルヴァルトと親身な二人は積極的に手伝ってくれたが、それはつまり、世界トップレベルの実力を持っていた二人がシゴいてくれたわけで……その修行の辛さを思い出して、エミールは動悸を激しくした。



「今の一撃を免れるとは……只者ではない」



 よほど自分の攻撃に自信があったのか、執事は自分の手越しにエミールを睨み付ける。

 話を聞くきっかけになってもらえれば……そう思ったエミールだが、執事が再度振った手に小刀が握られていたのを見て、舌打ちをした。



「貴様ほどの実力者、首を送り返してやれば……貴様らもお嬢を返す気になろう!!」


「なんでもこう話を聞かない奴ばかり……!!」






「そこまでである」



 門の奥から放たれた威厳たっぷりの言葉に、相対していた二人はピタリと動きを止めた。



「主様……!!」



 そう言うと、執事は装備していた小刀を地面に揃えて置き、跪いた。



「……ふぅ…………あなたが、フーゲンベルク伯爵候ですか?」


「いかにも」



 質の高い衣服に身を包んだ壮年男性が、エミールの会おうとしていた人物だった。



「答える必要はありません!! 主様!! こやつは……!!」


「お前は頭に血が上っている。私がこの男と話すから、口を挟むな」


「!! ……御意に」



 フーゲンベルクに諫められた執事は、跪いたまま顔を伏せた。

 戦いの必要が無くなったことを知ったエミールは杖を納め、蝶から教えられたことを口にする。



「ノルンという少女に、託宣を授かって参りました」


「……ほう。アレが、か」



 厳しい表情を浮かべていた伯爵の顔に笑みが浮かぶ。



「中に入るといい。茶でも淹れさせよう」



 どうやら歓迎されているらしい。そう思ったエミールだが、跪いている執事はその表情を怒りに歪めていた。







「そこにかけるといい」



 応接室に通されたエミールは、やたら沈むソファへと腰を掛けた。バルヒエットも部屋の奥にある机付きの席に腰を下ろす。

 するとさっきやり合った執事が、フーゲンベルクとエミールそれぞれの前に紅茶を差し出した。



「……これ、淹れたのは?」


「吾だ」


「……【ラグ】」


「ああっ!!」



 エミールは紅茶に浄化の術【ラグ】をかける。

 一応と思ってかけたものだったが有効だったらしく、執事は情けない声を上げた。



「……客人になにをする、ヨナス」


「あ、主様! 吾は、主様を思って……!!」


「それはリーゼロッテのことを真に考えてのことか?」



 フーゲンベルクは執事――ヨナスに威圧する。

 ぐっと言葉を詰まらせたヨナスは辛そうな表情をして顔を伏せた。



「貴様は下がれ。この客人に手を出せば、もうこの家の敷居は跨げないと思え」



 強い言葉に打ちのめされた様子のヨナスは、とぼとぼと応接室を後にした。



「すまなかった。我が家の使用人が……」


「……なんですか、彼」



 一服盛られかけたエミールとしては、簡単に許せばまた何かをされかねないので、ヨナスのことを知っておく必要があった。



「……我が娘、リーゼロッテが攫われたのは知っているのだろう?」


「ええ、噂以上には知りませんが」


「娘付きの使用人なのだ、奴は。故に自分に責任があると考え、娘を取り返さなければならないと強迫観念に駆られておるのだろう」


「……僕を殺したところで、お嬢様は帰ってこないと思うのですが」


「ああ。奴は頭に血が上ると……少々冷静さを失う。申し訳ないな」



 エミールは会話の中で、少しばかりヨナスに対する理解ができた。

 多分、ヨナスはエミールと同じ暗中模索の状態なのだろう。目の前に解決すべき問題がありながらも、何に手を付けていいかわからない……そう思うと、少しだけ共感を覚えることもできなくはない。



「……いえ、こちらも執拗でした。本題に入りましょう」



 話を切り替えることにし、エミールはソファに座り直した。

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