第三章―7 第21話 『黒い男』


 エミールは黒い男と顔無と対峙する。

 黒い男、というのはぱっと見の印象であり、男は黒髪を無造作に伸ばし、顔には黒い布の付いた面頬を付けていた。



「おい……ネイル…………何でお前の能力があって……バレるんだ……」


「はぁー、いや、運が悪かったんだって。だる。なんで協力してやってんのにそんなこと言われないといかんの? あほくさ」



 ガラガラに枯れた声で顔無に文句を言った黒の男に、顔無は変わらない様子でくだをまき続ける。

 突然現れた黒の男をエミールは凝視すると、その男の肌が肌色……人間である自分と同じ色であることに気が付いた。



「人間……!? なんで魔族と人間が一緒にいるんだ……!?」



 魔族とは、人に仇為す一族。

 至上とする目的を人の殺害に置くような連中……少なくとも、エミールはそう解釈していた。

 だというのに、むしろ顔無は黒い男に命令を受けているような態度をしている。エミールはその事実に混乱を隠せない。



「うーわ、何もわかってねーのかよ、しょうもねーな。勇者の一団のくせに」


「! 僕を知っているのか!?」


「ああ、知ってるよ――勇者を救った男エミール。かつて我が覇道を阻止せし者」



 顔無は顔をこねて半分を――魔王のそれへと変貌させた。

 言葉を失って立ち尽くしているエミールを見て、黒い男はふっと鼻から息を抜く。



「君という人間は200年を経てなお……未だ無知だ……だが……恥じることはない…………人間は往々にして蒙昧なもの……」



 面頬越しにもわかる男の薄ら笑いに、エミールはハッとして頭を振った。



「君も人間だろう! どういうことだ! なぜ魔族と共にいる!? まさか、魔王の復活と関係が……!?」



 魔族を生み出しているのは魔王。だとすれば、この顔無という存在自体が魔王を暗示しているということになる。

 それはまさしく、あの金糸をたなびかせる少女の予言を彷彿とさせるものだった。



「ほう……魔王復活を知っているのか…………ノルンとかいう少女から聞いていたか?」


「!?」



 黒い男は面頬を撫でつけながら、エミールへと問いかける。

 ノルンという存在を、この男が知っている。エミールとの関わりもこの口振りだと知っている。

 その事実にエミールは氷を押し付けられたような感覚を覚える。自分達だけが魔王復活を事前に知り、その対抗策を考える時間を与えられているものだと、そう考えていた。


 しかしノルンという存在を魔王側に知られているとなれば、話は大きく変わってくる。

 それはつまり情報によるアドバンテージがあるということを知られているということだ。ともすれば、敵は余裕を排してエミールに対処をしてくるだろう。

 と、自分の置かれた状況を整理しているエミールに対し、黒い男はじっとエミールを審美するように眺めていた。



「……争いとは利益のために行われる…………そこで問うが……君は何のために戦っているんだ?」



 おかしなことを言う黒い男に、エミールは眉をひそめて声を荒らげる。



「魔王相手に戦う理由なんか要らないだろ!?」


「…………それは……本心か……?」



 しかしエミールの言葉に、黒い男は首を傾げながら、くまの深いその瞳を真っ直ぐエミールに向けていた。



「君の母は…………もういない……君が戦う理由は…………もう無いのではないか?」


「――――」



 今度こそ、エミールは言葉を失った。

 この男は……魔王軍は、一体どれだけエミールのことを知っているのか。200年前の母のことなど、一体どうやって知っていたというのか。

 混乱の極みに立たされているエミールに、黒い男は語り掛け続ける。



「君はなぜ魔王が戦っているか……知らなければ……ならない…………そうでなければ……君は戦うに値しない」


「なに……魔王の目的?」



 考えたこともなかった。

 魔王が、なぜ戦うのか。魔王が魔物を生み出し続け、人を害し続けるのか……そこに理由は無いものだと思っていたからだ。



「この遺跡が、その魔王の目的に何か関係しているとでもいうのか? どうしてお前が200年以来、姿を見せていない魔王の意思なんてものを知っている? そもそも僕のこと、ノルンのこと……どこまで知っているんだ!?」



 エミールは滂沱と湧く疑問を、目の前の二つの存在にぶつける。

 しかし黒い男は頭を横に振って、横目に顔無を見る。


「質問が……多すぎる…………それを一つ一つ……理解してもらうための……こいつだった……のだがな」


「はぁー、嫌味かよ。うーわ、だる。そもそも普通に説明すりゃ全部済む話だろ。なんでこんなダルいことしてんの?」


「真実とは……ただ他人から聞かされたことを聞くだけでは……わかり得ない…………必要なのは……知ろうとすること……言って聞かせるだけでは……意味が無い」



 黒い男は時折咳払いをしながら、掠れ声で朗々と語る。

 その様を見たエミールは頭に血がのぼり、杖を差し向けながら敵対の意思を明確にする。


「まだるいことを……! 僕は勇者の呪術師だ! なぜ魔王のことを、知る必要が……!!」


「200年前…………理由なく戦うのが……許されたのは………事態がまだ逼迫していなかったからだ…………しかしこれ以上戦うのであれば……君には理由が求められる…………もしそれが無いのならば…………先んじて殺すまでだ」



 黒い男の周囲に、昏い渦のようなものがあるようにエミールは錯覚する。

 それは魔力の渦巻きで、エミールはその力の濁流を見て、かつての魔王を彷彿とした。



「提示された情報を……理解したならば…………俺は再度問い掛ける……君は……なんのために戦うのか……と…………そして……どうするのか……と」



 エミールは杖を握る手に力を込めるが黒い男はそれを見て笑った。



「馬鹿じゃないんだ…………勝てないことくらい……わかっているだろ」



 その一言で、エミールは動きが止まった。

 図星を突かれ、どうすることもできなくなってしまったのだ。

 勝ち目がどうしても見えない。

 どんなバフも、デバフも……1対2という構図では活かしようがない。

 エミールは立ち尽くした。情報を握られ、人数有利を取られ……打つ手が封じられたのだ。



「【ドゥーヴァ】!!」



 しかし、エミールの視界の端から水の柱が生まれ、それが黒い男めがけて直進した。

 黒い男はそれを正面から手で受ける。水の柱はびしゃびしゃと音を立てながら散らされていった。



「……スカスカの術だ……避けるにも値しない」


「くっ……参りましたね……魔力さえ切れていなければ……」



 モノクルをくい、と上げながら、メルヒオルは渋い顔を浮かべる。

 メルヒオルの額には脂汗を浮かべている。魔力切れで体調を崩しているようだ。



「……どうやら…………馬鹿がいたようだ」



 手を振って水滴を払いながら、黒い男はメルヒオルに中指を差し向ける。



「! やめろ!!」



 エミールの声も空しく、黒い男は面頬越しに笑った。

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