第三章―6 第20話 『隠し部屋とノーフェイス』



「……大丈夫ですかね、エトヴィン」


「…………」



 その後、メルヒオルにエトヴィンを任せているアグネスとエミールは、ゴーレムのいた部屋にいた。

 一度水浸しになり床一面がまだびしゃびしゃの部屋で、エミールは顔に影を落として黙り込んでいた。

 自分の不甲斐なさを改めて実感したエミールの気分は、200年前に戻ったようだった。


 200年がたち、エミールは自分でも活躍できる世界になったと思っていたきらいのあるエミールは、今回のゴーレム戦でその仮初の自信を砕かれてしまった。

 自分の中にあるその感情をどう処理するかを持て余していると、水浸しになっている床の一部から、ブクブクと何か気泡が上がっているのが見えた。



「ん? これは……?」



 なにか妙だと思ったエミールは、そのあたりの煉瓦に手を触れる。

 するとその部分に妙な文様が浮かび、その文様は淡く光ってエミールの手から魔力を吸いはじめた。



「な、なんだ!?」



 咄嗟に手を引いたが、その文様の光は強くなり、ゴゴゴゴと音を立てて階段が現れた。



「隠し階段……?」



 部屋の構造に、エミールは疑問を覚える。


(ゴーレムが置かれていたこの部屋は研究室ではない……とすれば、この部屋は見せかけで、ゴーレムは製作途中ではなく、守護者としてこの場に置かれていた……?)


 思案を巡らせているエミールの背後にはアグネスが興味津々になって覗き込んでいた。



「し、調べてみましょう!」



 予想外の発見に、アグネスは驚き興奮気味だ。

 エミールも落ち込みを一度頭から追いやり、調査を進めることにした。







「これ、は……」



 隠し階段の先には、部屋があった。暗い部屋だったが、足を踏み入れると仄かに部屋が光りはじめる。

 その部屋の壁一面に、絵が描かれていた。いわゆる壁画だ。



「わぁ……すごいですね、これ」



 その壁画は中心に大きな樹が描かれており、その周辺には三体の何かが取り囲むように描写されていた。


 一つは金の衣を纏った女性、二つ目は威風堂々とした荘厳な服を着ている男……三つ目は耳の尖ったエルフ風の眉目秀麗な、中世的な者。

 大樹には中心には宝石のようなものが埋め込まれており、その背後からは後光が差し、その神々しさを表現されていた。そしてその根元にはたくさんのゴーレムが小さく並んで描写されている。


 壁一面に大きく、宗教画のようにして描かれているそれは、芸術に造詣の無いエミールでもその見事さに息を呑む代物だった。



「……でも、なんの絵だ? これ」



 絵が何を伝えたいのかよくわからないエミールは、部屋をよく見渡す。

 置いてあった棚や机には書物がいくつか残されており、エミールはそれを手に取ってみる。

 本にはエミールもわからない言語でいろいろ書かれている。目が滑るので、エミールは背後で興味津々にしているアグネスにそれを渡した。



「おおお……これは歴史的遺物ですよ!」


「ん? 読めるのかい?」


「いえ、翻訳してみないことにはわかりませんけど。でも、わざわざ隠し部屋にして、入り口のある部屋にゴーレムまで置いて……つまりこれは、よっぽど重要な書類なんですよ! きっと!」



 希望的観測に過ぎないアグネスの発言だが、この壁画を見ているとアグネスの言っていることもたしかにと頷ける……気がする。



「うーん……ルヴァイラの連中も、この部屋は見つけられなかったんだろうか」


「見つかっていたらこんな資料も持っていかれてますよ。逆に持っていっちゃいましょうか」



 随分勝手なことを言うアグネスに、エミールは首を傾げる。



「……いいの?」


「多分ダメですけど大丈夫ですよ。フリーデン所属で研究用って言えばこの大陸中のものは大抵持っていけます」


「…………そのせいで嫌われているんじゃない?」



 妙にマニュエルたちが絡んできた理由が何となくわかったエミールは頭を掻くが、門外漢であるエミールは口出しをしないことにした。



「といっても、言語に解読が必要だというなら、ここで出来ることももうないんじゃ?」


「そうですねー……じゃあこの紙、ちょっと持っていてくれませんか?」


「?」



 アグネスはエミールに紙を手渡すと、両手の人差し指と親指をL字にして指フレームを作る。

 その指フレーム内に壁画を納め、アグネスは詠唱をする。



「【エッダ・フィグマ】!」



 するとアグネスの身体から一瞬だけパッと光が焚かれ、直視していたエミールは「うわっ」と呻き声をあげた。

 そして次にエミールが持っている紙に指フレームを向けると、もう一度アグネスは光を発する。



「な、なに……? 何の術?」



 目を潰されたエミールはしぱしぱと目を開閉しながら問いかける。



「この光、一回当てた後に別の場所に光を当てると、一回目に指定したものを二回目の方に写せるんですよー」


「へえ……面白い術だね」



 アグネスの言った通り、エミールが持っている紙にはじわじわと壁画の光景が浮かび上がってきた。

 資料も粗方頂戴したアグネスは、ホクホク顔で隠し階段を上り始めた。エミールもそれに続く。


 こつ、こつとそれぞれの歩幅に合わせて微妙に狂った拍の靴音が、狭い階段内に響く。

 上がるにつれてその音は湿り気を帯び、じとっとした嫌な空気感がエミールに纏わりついた。



 ……階段を上りきると、そこには2つの人影があった。

 一つは知った顔で、マンハイム教授。その教授は縛られ気絶していた。


「あっ」



 もう一つの影……マンハイムを縛って連行していたのは青い肌をした、顔の無い『異形』だった。



「ひっ!? 誰!?」



 完全に人間ではないその存在。

 目も鼻も口も、そのどれもが塗り固められたように、つるっとしていてなにもない。



「うーわ、見つかっちまった。うーわ。ねーわ」



 口が無いその存在は、口元を裂いて発言をした。

 その異様な光景に、アグネスは発言内容よりも現状の理解に脳のリソースを割いている。


 だが、エミールにはその異形の出自がなにか、見当がすぐについた。



「――――魔族!!」


「はぁー、バレてんじゃん。だりぃー。いや、マジだりぃ。ほんと、こんなだるいことねーってくらいにはだるい」


 攻撃を仕掛けるでもなく、ひたすらにくだをまく『顔無ノーフェイス』にエミールは違和感を覚えた。

 魔族といえば好戦的で、話が全く通じない連中……エミールはこれまでの経験上、彼らに対してそういった感想を抱いていた。

 だが、この魔族は捕らえているマンハイムを傷付けている様子もなければ、こちらに敵愾心を見せているわけでもない。



「ま、マンハイムさんを放せ! この……!」


「いや、ちげーんだって。うわ、それも説明しなきゃなんねーの? はぁー、だる」



 アグネスが顔無に叫ぶが、相も変わらず顔無は頭をがりがりと掻きながら面倒臭そうにする。


 顔無は頭を掻いていた手を顔に下ろす。そして下ろした手で顔を揉み始める。

 ――すると、顔無の顔が作り出されていく。その顔は、捕らえられているマンハイムのものと瓜二つに変じた。



「!?」


「んー、だるいので、わしは帰らせてもらいますな」



 声色から喋り方の癖まで、エミールたちの知っているマンハイムと完全に一致した顔無の言動に面食らっているエミールとアグネスに、顔無はマンハイムを投げつけた。



「うぉ!」



 マンハイムを受け取らざるを得ないエミールとアグネスはそちらに気を取られ、気が付いたら顔無は姿を消していた。



「くっ、アグネスはマンハイムさん見てて!」


「は、はい!」



 エミールはすぐさま後を追って部屋の外に出る。

 遺跡の通路に出て左右を見ると、遺跡の出口の方に向けて走っている顔無の後ろ姿が見えた。



「逃がすか……!」



 エミールは【タラリア】を掛けて疾走する。

 自分の身体が風を切る音を感じながら、エミールは遺跡の出口に辿り着き、アルタトゥム霊山の麓へ飛び出した。



「待て!! 魔族!!」



 エミールはブレーキを掛け、魔族が逃げる方向へと目を向ける。

 するとそこには、顔をのっぺらぼうに戻した顔無と、それに並び立つ黒い男がいた。



「……また、敵か……!!」



 辟易としながらも、エミールは杖をぐっと握りしめる。

 今この状況において、エミール以外に戦えるものはいない。彼にとっては、至極当然の判断であった。

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