第三章―5 第19話 『ニッチな術』


 声の方角から直径50㎝ほどの柱が風を切ってゴーレムへと直進する。

 その柱はゴーレムに直撃する。ゴーレムはよろめき、その動きを止めた。



「だ……誰だ?」



 エミールはその新顔を確認するように、じっと凝視した。


 その彼は先程のルヴァイラ生徒と同じローブを着ていて、青髪をオールバックにしていた。

 右手には先端に宝石が付いた両手杖を掲げており、その宝石から柱――改めてみると、それは凄まじい勢いで噴出されていた水だった――が出ていた。



「やれやれまったく。うるさいですよ。本を読んでいたのに、気が散るじゃないですか」


「……いや、本当に誰だ、君……」



 眉を歪めながらそう言った青髪の男に、エミールは間抜けな声を上げた。

 男の方に気を取られているとゴーレムが立ち上がり、自分へ水を放った敵にその体の正面を向けた。



「おや? 大抵の魔物は今の術で殺せるものですが……タフな魔物ですね」



 くい、とモノクルを上げた青髪の男は、自分を睨むゴーレムに向けて口角を上げる。



「ンフフフ。思ったよりも面白いじゃないですか。たしかに、あのバカ連中の言った通り退屈しない」



 何やら緊張感のないことをのたまう青髪に、エミールは顔を顰めて注意をする。



「君! 油断するな! このゴーレムは……」


「誰に命令しているんですか? アナタ。身の程を弁えてくださいよ」


「あ、うん……ごめん」



 言葉使いは敬語ながらも、礼儀もへったくれもない青髪に、エミールはあっさりと引き下がる。200年前からしみついている劣等感がそうさせたのだ。

 しかしそんなやり取りの最中もゴーレムは近付き、次の標的である青髪へと拳を叩きつけようと振りかぶっていた。



「【ビュルギャ】」



 青髪はノールックでそう唱えると、ゴーレムと自分の間に水の壁を作った。

 ゴーレムの攻撃は水に勢いを殺され、青髪は一歩動いただけで余裕の回避をした。



「しかし、どうしたものでしょう。このゴーレムを壊すことはできますが、ドゥーヴァよりも高威力となれば、こちらも溺れかねない水量に……」



 独り言で頭を悩ませている青髪に、エミールはハッと何かに気が付いたように顔を上げた。



「溺れる心配が無ければどうにかできる自信があるんだね?」


「? ええ。そうですが」



 それを聞くと、エミールは杖を掲げて魔力を練る。



「【ナグルファル】!」



 その術は部屋に居る3名に放たれ、それぞれの身体に温かい光をもたらした。



「ほう、ナグルファルですか。ニッチな術ですね」


「知っているのか。これで、問題ないだろう?」


「ええ、悪くないです」



 短いやり取りを終えると青髪は杖を再度掲げ「【エーギル・ラーン】!!」と唱えた。

 杖先からは雷鳴のような轟音が響き、瞬く間に部屋には津波のような水が溢れ出る。

 ゴーレムの身体は高水圧の塊に襲われ、ボロボロと体が崩れていく。

 部屋が水に満たされ、部屋に居る3人と1体は強制的に水中遊泳と洒落込むこととなる。



「――――」



 【ナグルファル】によって水中であろうと呼吸ができるエミールたちは、それぞれゴーレムの様子を窺う。

 ゴーレムはその身を崩しながらも、水中で微かに……だが確実に動いていた。

(まだ……!!)

 ボロボロになった装甲でなお、ゴーレムは標的である青髪を狙っている。

 青髪は次の術を繰り出そうとする。だが彼の使う水の術は、水が満ちているこの部屋の中で再度水の術を使ったところで威力は大きく減少してしまう。


(くそ……! また、僕は……!!)


 どうすることもできないエミールは歯ぎしりをする。

 ゴーレムは徐々に体を再生させる。エミールはエトヴィンを連れて逃げようと思い、自分の子孫へと泳いでいこうとする。

 だがゴーレムの背後にいたエトヴィンは、まだ崩れかけでいるゴーレムに向けて剣を構えていた。



「――――」



 エトヴィンの剣はゴーレムの身体へと突き立った。

 体が水圧によって崩壊気味だったゴーレムに、剣は簡単に通る。

 エトヴィンは剣を通して違う感触を覚える。石というよりも宝石のような、硬い感触。

 それが割れる感覚を覚えると、ゴーレムは動きを止め、形となっていたその石は崩壊を始めた。







「ごほっ、ごほっ……水の中にいるのに、呼吸ができるというのは、どうにも……慣れない感覚でしたね」



 水が出口から出て行き、3人と瓦礫は着地した。



「え、エトヴィン……ありがとう」



 予想外だった手負いのエトヴィンの活躍に、エミールは心からほっとする。

 礼を言われたエトヴィンは無言のまま、息を荒く顔を顰めている。

 様子がおかしいエトヴィンにエミールは首を傾げるが、エトヴィンは胸に手を当てると咳き込み、血反吐を吐いた。



「エトヴィン!?」



 エトヴィンは倒れ込み、体はぶるぶると震えていた。



「君、回復術は使えないか!?」



 エミールは駆け寄ると、青髪に問い掛ける。



「メルヒオル・アクスと申します。さっきから言ってるその君という呼び方、感心しません」


「言っている場合じゃないだろ! 使えるのか使えないのか聞いているんだ!!」


「使えるか使えないか、という聞き方は感心しませんね。魔術に関しては才能……因子を生まれついて持っているかどうか。努力でどうにかなる問題でないことを、有能無能という括りで片付けるのは……」


「……要は使えないんだね?」



 回りくどいメルヒオルの言い方に、エミールは少し苛つきを隠せない。緊急事態なのだ。



「マニュエルのやつが回復術を持っていたような気がしますね。奴らの能力には興味が無いので確かな記憶ではありませんが」


「……誰?」



 マニュエルという名前と金髪の男が結びついていないエミールは、困惑を隠せなかった。

 それでもエミールはメルヒオルに託す以外の選択肢が無かった。だってエミールには回復術の因子も、それをもつ知り合いもいないのだから。







「んー……案外とやるものですな」



 遺跡の影から、エミールたちを眺めるマンハイムが小さく呟く。

 マンハイムは自分の顔に手を当てながら、エミールたちを観察していた。



「旧式のゴーレムとはいえ、そう簡単な存在ではない……たしかにこれはバルナバスの言った通り、厄介な存在になりますかな」



 マンハイムは口を動かしながら、その顔を揉む。

 揉みしだき、顔の肉がぐにぐにと変形し……そのまま、顔のパーツはつぶれ、肉は平らに均され、のっぺらぼうへと変化した。


 また皮膚の色も青色へと変化し、なくなった口の部分がぱっくりと割れ、そこから大きな溜息が溢れ出てきた。



「はぁー、だる……ま、あと少しだし我慢すっか……」


 その愚痴は誰に届くでもない。だが、ただ一人、縛り上げられ気絶しているマンハイムだけが、その声の届くところにいた。

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