第三章―4 第18話 『起動』
<現在・アルタトゥム遺跡 研究室>
「あれはたしか……魔族がムロウニ砦を強襲して……僕たちにお鉢が回ってきたんだったっけ」
人知の及ばない、全く異なる生命体……魔族。彼らが何を悦とし、何の為に人を襲っていたかはわからない。
エミールたちはひたすら、ただ敵対しているというだけで戦っていた……正確に言えば、エミールはまともに戦えていなかったが。
「魔族なんて、御伽噺の存在だと思っていたが」
「僕じゃ全く歯が立たなかった……まだ勉強途中だったのもあるけど。才能に恵まれた面々――ロスヴィータでさえも、戦術を失敗すると死にかけた」
「学長が……!?」
部屋を調べていたアグネスは手を止めてエミールを見た。どうやら相当驚いているようで、目が強張っている。
この様子では、ロスヴィータはあの学園でもその才能を知らしめているようだ。
「その奴らがこんなコソコソした場所に、遺跡を作る意味って一体何だろう……」
エミールは考えるが、答えは出ない。調査の行き詰ったアグネスは、伸びをしながらエミールへと顔を向けた。
「勇者様も、魔族には苦戦されたんですか?」
「いや、アヒムだけは別格だった。アヒムはどんな敵だろうと必ず勝ち、すべきことを真っ直ぐにこなし続けていた」
エミールは遠い目をし、かつての仲間へと思いを馳せていた。
「それでも、彼の身は一つ。一人ではできないことを、僕たち……いや、ロスヴィータたちがサポートしていた」
「え? なんで今自分を省いたんですか?」
「僕は役立たずだったからさ。大抵の敵は、僕のサポートを必要としなかった」
それを聞いて、エトヴィンは少し顔を顰めて顔を伏せた。
そうこうしていると、3人がいる部屋に4つの新たな影が入り込んできた。
「ヨォ、オレらも調査混ぜてくれよ」
その影の先頭はマニュエル。金髪を揺らす彼は表情をニヤつかせながら肩にモールのようなものを担いでいた。
「……はぁ。あなたたちの教授は、調査に協力的だったよ?」
「ハン! やる気のねぇ老いぼれにオレたちがビビるとでも?」
そう言いながら、マニュエルはモールを振りかぶり、それをゴーレムに向かって叩きつけた。
「ちょっと!? 何をしているの!?」
「ヒャハハハ! その顔が見たかったんだよ!! 貧乏人風情が調子に乗りやがって、下人が貴族のオレに逆らってんじゃねぇぞ!!」
マニュエルは顔を大きく歪めながら笑った。
目的はどうやらアグネスたちの調査の邪魔、ということらしい。
国に報告するという脅しも、遺跡に入れてしまっている現状では効果が薄くなってしまっているとはいえ、実際に嫌がらせを敢行しにくるとは全く考えていなかったエミールは深い溜息を吐いた。
「どうしようもないな、こいつら」
エトヴィンも同意見だったようで、腰に付けていた剣に手を伸ばす。
しかしそれが抜かれる前に、ブオォンという低い音が部屋に響く。
はっとしたエミールはゴーレムに目をやる。ゴーレムは目が赤く光り、起動していた。積もっていた埃がパラパラと落ちだす。
「まずい! 離れろ!!」
エミールは、ゴーレムのすぐ近くにいたマニュエルに声を掛ける。しかし、まだ何が起きているのか理解していないマニュエルは次の一撃を部屋の他の部分に与えようと振りかぶっている。
「【スヴェル・フレイ】!!」
杖を抜き、エミールはルヴァイラの生徒たちに向けて術を放つ。
防御力を上げる術に拡散する効果を付与し、3人へ向けて一挙にバフをかけた。
術が付与されると同時に、ゴーレムは目の前の存在に向けて腕を振るった。
「ごぁっ」
「ぐおぉ!?」
「きゃあー!?」
3名のルヴァイラ生徒を、ゴーレムの剛腕が薙ぎ払った。
3人はまとめて壁に叩きつけられる。たった一振りで、あっという間に。
【スヴェル】が発動していなかったら、彼らの『中身』がグチャグチャに溢れてしまっていただろう。
「くそっ! どうして起動したんだ!?」
「叩いた衝撃で起きたのかな!?」
エトヴィンは剣を抜き、アグネスは観察をしている。
「呑気にしてないで! 行くよエトヴィン!」
エミールは杖先をエトヴィンに向け、【ブルートガング】【スヴェル】【タラリア】を付与する。
ゴーレムは壁に倒れている3人に近付き、次なる一打を加えようとさらに振りかぶった。
「シッ――!!」
エトヴィンはゴーレムの正面へ回り、腕を剣で弾く。
圧倒的な質量による攻撃だが、元からあるエトヴィンの身体能力とエミールのバフで無理にしのいだ。
「エミール! この無機物、どうやって倒すんだ!?」
「ゴーレムには核がある! それを破壊することができれば……」
それを聞いたエミールは剣の突きをゴーレムへ向けて放つ。
しかし刃は中途半端に刺さるばかりで、そもそも核のあるであろう体内にまで食い込まない。
「硬っ」
ゴーレムは標的をエトヴィンへと移し、その頭上から拳を落とそうとする。
エトヴィンは刺さった剣を引き抜き、そのまま気絶している3人組を掴んでアグネスの近くへ放り投げた。
「アグネス! そいつら連れて避難していろ!」
「う、うん!」
そう言うとアグネスは、ゴーレムの標的にならないように身を屈めながら、3人の身体を引き摺って出て行った。
それを見届けたエトヴィンは、立ちはだかるゴーレムと自分の持つ剣を交互に見る。
「火力が足りない……ボクじゃ無理だ! どうにかならないか! エミール!」
一撃で自分では不足していると察したエトヴィンは、攻撃を繰り出してくるゴーレムをいなしながら、エミールへとヘルプを求める。しかし、後方で戦況を観察していたエミールは冷や汗を浮かべていた。
「こ……これは困ったな」
エミールに攻撃魔法の才能は全くない。
エトヴィンに対するバフをさらに強力にすることもできなくはないが、無理なバフは被術者に負担がかかる。
相手はゴーレム……非生物である以上、デバフを掛けることもできない。
エミールは打つ手を思案するが、ふと思いつくのは巨剣を背負った傷のある顔と、きつく吊り上がった眼の魔術師……今ここにはいない、かつての仲間だった。
「くそっ、馬鹿か僕は……!」
エミールは頭を振って改めて対策を考える。しかし、時間を食うばかりで思い浮かばない。
エトヴィンはゴーレムの攻撃を、身を翻して回避するが壁面に追い詰められる。
「チッ」
舌打ちをしたエトヴィンは、壁面に剣を垂直に立てかける。
ゴーレムの拳はエトヴィンに向けて進んでいたが、剣に阻まれて届かない。
「はっ、はっ……」
息を荒くしながら、エトヴィンは回避を上手いこと続けている。だが、かなりきわどい。
エトヴィンはなおも回避を続けようとするが、ゴーレムが砕いた壁の破片が、エトヴィンの足をもつれさせた。
「っ!」
体勢を崩したエトヴィンにゴーレムの一撃が叩き込まれる。拳のサイズはエトヴィンの頭と変わらない。それが彼の胸骨のあたりに入ったのだ。
「かひゅ――――」
肺に入っていた空気が圧しだされる。
エトヴィンにもバフは掛けられている。それでも、その堅牢さを越える、重量感のある攻撃に、エトヴィンは目を白黒させた。
「エトヴィン!!」
「ぐ、ぐほっ」
エトヴィンは咳をした。その咳に混じって、赤黒い液体が吐き出される。まだ動ける様子だが、既にグロッキーだ。
「くそ! どうすれば……!」
エトヴィンに強力なバフをかけるという手立ても潰えてしまった。これ以上彼に無理を強いる訳には行けない。
逃げようにも、エトヴィンとの間にゴーレムがいる。
エミールは自分の判断の遅さを呪った。もっと早く逃げるかエトヴィンにバフをかけるかしていれば、もっとマシな展開になっていたかもしれない。
(こうなったら、エトヴィンだけでも逃がしてやらなければ――)
……そう判断しかけた、その瞬間。
「――【ドゥーヴァ】!」
部屋の入り口から聞きなれない声の詠唱が響いた。
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