第三章―3 第17話 『苦い思い出』
入り口付近で調査していたアグネスたちは、遺跡の奥まった部屋へと歩みを進めた。
「な、なんだ、これ……?」
「……これは僕にもわかる、大物だ」
部屋の中央には、巨大な人型の塊があった。
それはレンガのような材質で出来ており、微動だにせず鎮座している。
「んー魔導兵器ゴーレム……魔族の兵器がこんなところにあるとは、興味深いですな」
ゴーレムを見たエミールは200年前の魔王城を思い出し、目を瞑った。
「懐かしいなぁ……」
「覚えがあるんですか?」
「うん。こいつらには何度となく殺されかけたよ」
「そっち方面だったかー」
エミールの話に相槌を打つアグネスは、部屋の隅々を調べている。
埃が積もった部屋を闊歩するアグネスとマンハイムを見ながら、エトヴィンは顔を顰めた。
「げほっ、げほ……特に資料があるようにも見えないが?」
「そうだねー……でも、見たところ研究所みたいな施設だったみたいだから、何かしら痕跡があってもいいと思うんだけど……ルヴァイラに全部持っていかれちゃったのかな」
「んー初動調査には参加できなかったので、なんとも言えませんが。このゴーレム、ここを護衛する目的じゃなく製造途中のようですな。ほとんど完成しているようですが」
「……なるほどね、けほ。作りかけのものがある場所なんて、それを作っている場所以外にないということだ……そしてゴーレムがあるということは、ここは魔族の使っていた研究所だったということになるね」
舞う埃に咳払いをしたエミールは、少し出てきたこの遺跡への興味を持ってゴーレムをまじまじと観察し始める。
「でも妙なんですよ。ルヴァイラが持っていったにしても、この研究所が廃棄されたものだとしても、説明がつかないのが一つ」
「なんだ?」
「ゴーレムを置いていくかな? ルヴァイラにしても大事な研究史料で、この遺跡を当時使ってた魔族からしても、作ってる途中の大事なものなのに」
「……たしかに、ね」
素人目に見ても、このゴーレムだけが異様な雰囲気を放つこの部屋は、違和感を感じずにはいられない。エトヴィンやエミールも、何がわかるわけでもないが周囲を見渡した。
「んー……わしは別の部屋を調べてみるので、ここの調査を引き続き頼みますな」
「え? あ、はい。わかりましたー」
マンハイムはそれだけ告げると、足早に部屋を後にした。
その後、アグネスは独り言もなく、熱中するように部屋を探索し始める。
「しかし、人里に近いこんな場所に魔族が……? 魔族は魔王に付き従う連中だと教えられて育ったけれどな」
「それは僕も妙だと思う。魔王城のある大陸の最北端……アナヘイム地方からはここは随分遠い。それに加えて、魔族が500年も前に存在したっていう話は聞かない」
エミールは、かつて自分が最も間近で見た魔族のことを、ふと思い出した。
* * * * *
<200年前・某所>
「【ケナズ・フレイ】!!」
女のトーンが高い大きな声での詠唱が、砦内に響き渡る。
その言霊が女の持っている大きな杖から小さな炎が豪雨の如く連打させる。
常人であればなすすべもなく焼かれ死ぬそれを、女は相対する存在に向けて放った。
「ぐわっはっは!! 効かんわァ!!」
しかし『それ』は豪胆にも防御や回避に転ずることもなく、腕を組んだままそれを被弾した。
それでも全く動じず、豪快な笑いを発するばかりだった。
「相性が悪い……」
女……ロスヴィータの魔術は、火に関するものばかり。
『それ』は人型をしているが人ではなく、体の関節という関節からは熱気が噴き出し、その髪の毛は炎のように揺らめいていた。
敵は火の魔族。ロスヴィータの攻撃は一切通用しなかった。
「ロスヴィータ……! 援護を……!」
「アンタは黙ってコソコソしてなさい!」
ロスヴィータの背後には、全身のいたるところに火傷を負ったエミールがいた。
戦闘が始まってすぐに攻撃を食らったエミールは、既に立つことすらままならない。
庇い立つようにしながら素っ気ない口を利くロスヴィータは、冷汗を頬に流していた。
「いくら勇猛な勇者の一団といえどォ!! 我ら魔王よりいでし魔族ゥ!! 凡百たる人間が敵うものかァ!!」
「本当、嫌になるわ……近接ができる馬鹿二人、こんな時のためのあいつらでしょうに」
アヒム、ヴィルヴァルト、ナディアの三名は、砦内で別の魔族と交戦している。
残った後衛職二人では、この魔族に対してどうすることもできなかったのだ。
「そもそも我らに対しィ!! タイマンを挑むなど愚の骨頂ゥ!! 生命体としての格が違うのだァ!! 人を滅するために生まれ出でた我とはなァ!!」
声を張る炎の魔人が、身に纏う熱気を更に高温へとする。
一番離れているエミールですら、その熱気に一周回って冷たさすら覚える。
魔族はロスヴィータに向けて拳を引き絞り、体を捻ってシャドーボクシングのようにパンチを放つ。
するとその拳の先から火の塊が放出される。
その塊は空気を歪めながらロスヴィータに向かって突き進む。
ロスヴィータは疲弊しており、そのまばゆいエネルギー体を回避する手立てを持ち合わせていない。
魔術で打ち消すことも、無理だ。一目見れば、その炎が自分の魔術ではむしろ威力を増長させるだけだ。
「す、【スヴェル】!」
エミールは防御力上昇の術をロスヴィータにかけるが、もろに直撃したロスヴィータはその場に崩れ落ちた。
「ロスヴィータ……!!」
倒れたロスヴィータにエミールは近付く。まともに歩くこともできず這いずりながらで焦げた彼女へと近付く。
呼吸を確認する。しかし、エミールの鼻腔に彼女の焼けた皮膚、肉、衣類の匂いがエミールの胃を縮める。
意識もなく倒れ込んだロスヴィータにこれ以上攻撃が向かないように、炎の魔人と彼女との間にエミールは自分の身を挟んだ。
「むゥ!! 何故わざわざ前に出てきたァ!! 雑魚は黙って退いておればよいものをォ!!」
「黙れよ……! 僕だって、僕だって……!!」
体が震える。
火傷の痛み、恐怖心、絶望……エミールの脳内を支配する様々な情報が、体を震わせた。
それでも、自分とロスヴィータを比較し、どちらの方が魔王討伐に近付くことができるか――それを考えると、エミールは虫の息であるロスヴィータを自然と延命させる方向に行動をしていた。
「無駄死にが望みかァ!! ならば望みどおりにィ!! 二人共灰燼と化すがいいィ!!」
炎の魔人は両手に火種を作り、合掌して巨大な火球を作った。
それを見たエミールは死を覚悟し、目を瞑ってロスヴィータに覆いかぶさった。
……
何も起きない。部屋の温度も一定だ。炎が近づく様子もない。
何事かとエミールは顔を上げると、目の前には瘴気が揺蕩っていた。
その瘴気は真っ二つに分断された炎の魔人の断面から立ち上っていた。
エミールから見て魔人の奥、その場所には顔に傷がある、巨大な剣を手に持つ男が立っていた。
「おう、待たせたな。エミール。……!?」
その男――ヴィルヴァルトは大剣を背負い直すと、エミールたちを見る。
するとヴィルヴァルトは息を呑む。ロスヴィータの凄惨な状態を目の当たりにしたからだ。
「くそっ! おい! 大丈夫なのか!?」
「ろ、ロスヴィータを……! 早くナディアに……!!」
「おいおい、お前も十分ヤバそうだな! ちょっと待ってろ! すぐに呼ぶ!」
そう言うとヴィルヴァルトはこの間を走って後にする。
残されたエミールは、アドレナリンが徐々にひいて痛みが再発する身体とは別に、自分の不甲斐なさに涙が滲みだしてきた。
炎の魔人に言われた『雑魚』という言葉。ロスヴィータに言われた『黙って隠れていろ』という指示。
そして実際に自分は何もできなかった。ただロスヴィータの動きを制限させ、彼女を襲う炎をひとかけらも庇うことすらできなかった。
魔族の死体を睨もうとヴィルヴァルトが斬り捨てたものがある方を向く。
しかし死体があったはずの場所にはもうなにもなかった。あるのはただ、かつて魔族だった、黒い煙だけだった。
「くそっ……ゴホッ、げほっ…………くそっ……」
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