第三章―2 第16話 『貧乏学校』


 馬車が立ち往生していると、その立ち往生の原因である道を塞いでいた連中の内一人が、馬車の窓を叩いてそこから顔を出した。



「うわっ」


「よぉテメェら何者だ? ココはルヴァイラ魔術学院が占有してんぜ」



 金髪の男は馴れ馴れしく話しかけてくると、訳の分からないことを言いだした。



「ァン? よく見りゃそこの女、フリーデン貧乏学校のワッペン付けてんじゃねぇか! こりゃ笑えるぜ!」


「…………」



 男の無礼な発言に、アグネスは眉間に皺を寄せて黙り込んだ。



「貧乏学校……?」


「……馬鹿な誹謗ですよ。ルヴァイラとフリーデンでは学費が違うので、ルヴァイラの人たちはフリーデンを見下しているんです」


「へぇ。どうして学費に違いが出るんだ?」


「フリーデンは国が資金を出しているので、生徒側に負担が少ないんです」


「ああ、なるほど」



 そもそもフリーデン以外にも魔術の学校があることが驚きではあったが、エミールは理解を示した。



「ヒャハ、アルタトゥム遺跡を見つけたのはうちの学校の教員だぜ。テメェらフリーデンの連中にゃ調査の権利はねぇぜ!」



 金髪の男は下品な笑いをしながらそう言った。

 それを傍目に聞いていたエトヴィンはアグネスに向けて質問をする。



「権利とかあるのか?」


「ないよ、そんなの。多分魔王城を先遣調査に国から派遣されたのがフリーデンの一団だったから、それに対するやっかみみたいなものじゃないだと思う」



 エミールを発見したフリーデンの魔王城調査には、ルヴァイラの面々は参加しなかったようだ。そもそも犬猿の仲でもあるフリーデンとルヴァイラでは、危険が考えられる魔王城探索に同行することがあるのか? と、エミールは疑問を覚えた。



「彼が言うことに正当性は無いんだね?」


「ヒャハ! だがテメェらはどうしようもねぇぜ? オレらの邪魔を受けながらアルタトゥム遺跡の調査してぇってんなら好きにすりゃいいがな!」


「…………」



 挑発をする金髪に対し、エトヴィンは近くに置いてあった細剣に手を伸ばし、臨戦態勢を――とろうとしたが、エミールがそれを制止するように掌をかざした。



「簡単な話だ。クレメンティーネ女王様に報告しよう」


「は?」



 馬車の背もたれに深くもたれかかりながら、エミールは軽くそう言った。

 飛び出した名前の大きさに、金髪の男が目をかっぴらき、エトヴィンも困惑していた。



「フリーデンは国営なんだろう? ならば最高責任者は国の長であるクレメンティーネ様だ。ルヴァイラだって女王様の勅命を無視するわけにはいかないだろう? 国の領内にあるんだから」



 それに、コネクションもあるにはある。脅し以上のつもりはないが、その裏に実行力を有しているということが、脅しには大きな力を与える。エミールはそれをよく知っていた。



「キタねぇ男だぜ。テメェで解決できねぇ問題をウエに泣きつくなんてよ」


「僕が思うに、汚いとかずるいとかそういう言葉は『強い人間が自戒のために言う言葉』だ。只人がそれで批判するのもされるのも、傲慢が過ぎるよ」



 煽ってくる金髪に対し、エミールは持論を述べて煙に巻く。



「もういいかな? 互いに時間を使うのは賢い選択ではないように思うけれど」


「……チッ」



 エミールの最後の言葉に、金髪は舌打ちをすると自分達のたむろしていた場所へ戻っていった。

 邪魔者を退けた馬車内に、安堵の空気感が流れ、アグネスはひとつ息を吐いた。



「……ふぅ、ありがとうございます。エミールさん」


「いや、むしろ出しゃばっちゃってごめん」


「エトヴィンも、ありがとう」


「ん…………」



 それぞれに礼を言うアグネスは、心からほっとしているようだ。

 ルヴァイラの生徒に対して強い抵抗感を持っていたのだろう。そうでなくてもあの金髪に苦手意識を覚えることは当然だ。



「じゃ、停められる所探しますねぇ」



 御者は開いた道を進みだす。

 馬車からは大きな山が見える。アルタトゥム霊山だ。アグネスはうきうきとし、エトヴィンは初めて見る雄大な自然に目を奪われているようだ。

 その中でただ一人、エミールだけは特に感慨も抱いていなかった。







「うひひひ。言い包められてんじゃねぇか、マニュエル。ダサいな」


「黙らせてやろうか、ペーター」



 馬車が通り過ぎるのを尻目に、金髪の男――マニュエルは、小さな眼鏡を掛けた猫背の男に嘲笑されていた。

 ペーターと呼ばれた眼鏡の男もマニュエルと同じローブを身に付けている。その場にいるもう二人の男女もまた同様、ルヴァイラの生徒だ。



「でもぉー、よかったじゃーん。退屈な研修調査だったけどぉー暇にはならなそうでぇー」



 間延びした言葉遣いをする、毛先の丸まった女が、指先で髪を弄りながら男へ媚びるような声でそう言った。



「…………」



 もう一人、モノクルを付けた深い青髪をオールバックにした青年が、本を黙々と読んでいた。



「メルヒオル……テメェ、スカしてんじゃねぇぞ。興味ねぇフリしてるが、テメェもフリーデンにデカい面されんのは気に食わねぇだろうが」


「ん…………」



 曖昧な返事をする青髪、メルヒオルを尻目に、マニュエルたちはエミールらに次いで遺跡に向かいだす。







「おお……これはジェムド様式の建築……山の中にこんなものを作るなんてすごい技術だ……でも、リットルット文様が所々刻まれている? 時代も地域もバラバラなのに……どういうことですかね?」



 アルタトゥム遺跡内に入ったアグネスは、脇目もふらず遺跡の壁や柱を凝視しながら早口でブツブツと呟いていた。



「すごいな、全然わからない」


「お前もそうなのか? 200年前の人物なんだろう? 『エミール』」


「……聞いていただろう? ここ、少なくとも300年以上前の遺跡だって。君は100年前のあまり関わりが無い土地の遺跡に詳しいのかい?」


「まあ、たしかにな」



 はしゃぐアグネスを後ろで眺めている二人の白髪は、軽口交じりに会話をして時間潰しを敢行している。



「過去文明に対するリスペクト? いや、そもそも300年前っていう情報はジェムド様式から来ているんだったら、リットルット文様とジェムド様式は元々一つの文明のものであった可能性が……?」



 独り言を続けるアグネスを眺めるエミールは、ひとつ大きなあくびをした。



「んー中々いい着眼点だね。流石はフリーデンの生徒さん」


「おわっ!?」



 あくびをしていたエミールの背後に、突然一人の老人が現れ、声を掛けてきた。

 何事かと老人を凝視するエミールは、老人の胸についていたワッペンを発見する。それはルヴァイラの学生が身に付けていたローブにもついていたものだった。



「んーモーリッツ・マンハイムと申します。ルヴァイラ魔術学院の教授を任されておりますな」


「ルヴァイラだって?」



 呑気にしていたエトヴィンも、その名前を聞いて剣呑な雰囲気へとその形相を変えた。



「んーほほほ。その様子だとうちの生徒にいじめられたようですな。申し訳ありませんが、わしは彼らに考古学の知識を授けているだけ。学びたがらない学生に、教授ができることはありませんで」



 マンハイムは口髭を指先でつねると、悪びれる様子もなく笑って見せた。



「なんて無責任な……引率なんだろ。ルヴァイラ自体の評判に関わるんだから、あんたがどうにかしろよ」


「んーこれ以上ルヴァイラに下がる評判など無いですからな。構いはしませんな」


「…………」



 暖簾に腕押しのマンハイムにエトヴィンは二の句を継ぐのをやめた。



「それで、いい着眼点っていうのは?」


「んーこのアルタトゥム遺跡、調べればわかることだが建築様式がぐちゃぐちゃなんですな。ただそれはあくまで後年に我々が勝手に名付けた形であって、実は元々、全ての源流はここにあったんじゃないか、というのがわしの仮説なんですな」



 エミールの問いかけに、マンハイムはやはり早口になって捲し立てるように説明を開始した。エミールは意味がよくわからず、次第に顔に影が落ち始める。



「それじゃあジェムド様式の耐震性に優れた構造は地震の多いジファン地方で育まれたっていうのは、後付けの説ってことですか!?」


「んージェムド様式は元々このアルタトゥム遺跡で形成され、後々ナカツケニ地方に向いていることが判明し、輸入された後に調整していった……という見方もできますな。わしの見立てでは、恐らく500年以上の歴史がこの遺跡にはありますな」


「500年!! これはロマンですね!!」



 アグネスはマンハイムと同じ速度で舌を回す。結局、エミールエトヴィンの両名は口をポカンと開けてその様子を眺める以外にできなかった。


「何言ってんのかわからないのがまた増えたな」


「うん、まあ……打ち込めることがあるのは良いことだよ」



 うんざりした様子のエトヴィンに、エミールは笑ってフォローを加える。

 しかし、そのフォローは本心でもあった。アグネスは考古学に心底熱中し、それに熱中しても許される立場にいる。


 エミールには、それがとても羨ましく思えた。

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