第三章―1 第15話 『次の目的地』
「さて、次の目的地はー……と、その前に。どうしてエトヴィン君がいるんですか?」
ハイマト村を出立し、数分が経過した時分。完全に目を覚ましたアグネスは、馬車でエミールの隣に腕を組んで座っているエトヴィンの姿を見て驚いていた。
「まだボクはエミールを完全に信頼したわけじゃない。監視させてもらうことにした」
問われたエトヴィンは、しれっと嘘を吐いた。それを聞いたアグネスは『いいんですか?』といわんばかりにエミールを見てきた。
「はは……まあ、例のゲレオン達みたいなのがいるってわかったから……おぇ……戦力としていてくれるとありがたいかな」
「おい、大丈夫なのか? こいつ」
乗り物酔いによる吐き気を我慢しながら、エミールは蒼い顔で笑う。
ハイマト村を襲った魔物騒動は、ゲレオンらのマッチポンプだった。そして話を聞いた限りでは、裏に何者か――バルナバスという名前の存在があることは間違いなく、その規模は測りかねている。もしかしたら、組織的な犯罪集団の可能性もある。
そうでなくとも、ああいった手合いがいるほど治安が悪くなっているということでもある。であれば、優秀な剣士であるエトヴィンにいてもらいたいというのも、エミールの本音ではあった。
「だったら王国の騎士に護衛してもらえばよかったのに……」
「はは……全くだね…………」
アグネスの指摘にエミールは苦笑いをするほかなかった。
「まあ、エミールさんがいいならわたしもいいんですけど。で、次の目的地なんですけど……学校の方からアルタトゥム遺跡の調査を任されたので、そちらに向かいたいんですけど、いいですか?」
「アルタトゥム遺跡……? 聞いたことのない遺跡だね…………」
「それはそうですよー。だってつい二か月前に出土したばっかりの新鮮な遺跡ですから!」
「……新鮮? 遺跡が?」
言いたいことはわかるが意味の分からない言葉に、エミールはツッコミを入れたくなるが、具合が悪く適当なワードが浮かばなかった。
「初期調査で大体400年以上前の遺跡ってことがわかっているみたいで、ちょうどわたしたちの方がフリーデンより近いらしくて、今朝、魔喰蝶に指令書が来たんですよ。『お前が調査に向かえー』って」
「……まくいちょう?」
話の内容よりも、聞いたことのないワードに反応したエミールに、エトヴィンとアグネスは驚いたようにエミールの方へと視線を向けた。
「おいおい、田舎者のボクでも魔喰蝶くらいは知っているぞ」
「そっか。200年前には魔喰蝶が発見されていなかったんですね。簡単に言えば、その人が持つ魔力に引き寄せられる蝶々がいて、それを使って手紙とかちょっとしたものならやり取りができるんです」
アグネスは人差し指を宙に差し出すと、そこにどこからともなく蝶が飛んできて止まった。蝶は鮮やかな浅葱色をしており、キラキラと輝いてエミールの目を惹いた。
「で、いいですかね? アルタトゥム遺跡行っても。完全にわたし一人の用事になっちゃいますけど」
「ああ、構わないよ……むしろハイマト村に寄ったのが僕に気を遣ってのことだろう?」
「ああ。いえ、ハイマト村の観光産業には以前から学長が疑念を抱かれていましたし、わたしも歴史を正確に知りたいタイプの人間なので。身になりましたよ」
笑顔でそう言うアグネスは気を遣っているのか、それとも本心で行っているのかわからない。何と言うのが正解なのかわからずエミールはまごまごしていると、エトヴィンが首を傾げながら口を開いた。
「さっきから言ってる……フリーデンとか学長とか、なんなんだ?」
「……ああ、そうかエトヴィンにはそこから説明がいるか」
それから3人を乗せた馬車、はエトヴィンに対する説明会と化した。フリーデン魔術学校のこと、アグネスの考古学調査に付き合っていることを説明した。
* * *
「――――シッ!!」
銀色の細剣が空気を切り裂く音と、持ち主の気合を示す吐息が重なり、足が六本あるトカゲ魔物の首が飛ぶ。
首の切断面から黒い血が噴出し、それが剣士――エトヴィンにかかる。しかし既にエトヴィンは黒く汚れていた。この魔物を殺す前から、もう十数体の魔物を蹴散らしているからだった。
「……ふぅ、村の外もこんなに魔物がいるのか」
チン、と剣を鞘にしまったエトヴィンは、自分が斬り捨てた死骸の山を眺める。目を瞑って顔についた血を拭い、指を振って指を払った。
「エトヴィン、こっちに来てくれ」
エトヴィンに声を掛けたエミールは、桶を片手にすぐ近くに会った小川に立ち寄り、水を掬った。
エトヴィンは「洗ってくれるのだな」と思い近付くと、エミールは桶に入った水を思い切りエトヴィンにぶちまけた。
「ぶぁっ」
「戦闘前に水中でも息が出来たり泥をかぶっても問題なく前が見えたりする【ナグルファル】って術をかけていたから。水を被れば血が流れるって寸法だ」
「…………ぶん殴ってもいいか?」
水を滴らせるエトヴィンは、額に青筋を浮かべているが、対するエミールは「頭を冷やしなよ。水被る?」と再度水を汲んだ。
手拭いを持って馬車から出てきたアグネスは、エトヴィンへと近寄って彼の身体をぺたぺたと触ってみた。
「あ、本当だ。濡れていない。随分限定的な術ですねー」
「……気安く触るな、お前も」
鬱陶しそうにするエトヴィンは、手から逃れるようにして馬車に戻っていった。
*
ハイマト村を出てから3日。北上し続けていたエミールたちは、馬車に乗っては魔物を倒し、移動しては魔物を倒しという日々を送っていた。
エトヴィンが旅に同行するようになってからというもの、アグネスとエミールの二人旅の時に比べて討伐速度が格段に上がっている。
「御者さん、あとどれくらいになりますか?」
「そうさねぇアルタトゥム霊山は最寄りのマッドムントの街を通過したから、もう数十分で着きそうだから、その遺跡ってのもその付近ならすぐだねぇ」
馬車の御者のその言葉に礼を言うとアグネスは体をぐっと伸ばした。
「いやー楽しみですね!」
「ああ、うん……そういえば、エトヴィンは大丈夫だったの? なんの報告もなく村を出てしまったけれど」
うきうきしているアグネスをよそに、エミールは勢いでエトヴィンを連れだしてきたことに懸念を覚えていた。
「ああ、ボクは別にギルドに属して仕事をしていたわけでもないし。単純に自警団みたいな活動をしていただけだから、誰に義理もない」
「そうなの? ならいいんだけど」
会話をしていると、進むためにガタガタと揺れていた馬車が止まり、慣性に3人は少しだけバランスを崩した。
「うわっと……御者さん、どうしました?」
「こ、これは……ちょっと面倒だねぇ」
困惑した様子の御者に、アグネスは馬車の進路上を眺める。
その先には、紺色のローブを着た数名の若い男女が検問のように通り道を塞いでいるのが見えた。
「うげ」
「? 彼らが何者なのか知っているのか? アグネス」
「……ルヴァイラ魔術学院…………」
アグネスは苦々しく呟く。
その様子に、エミールとエトヴィンは首を傾げる。が、その理由はすぐにわかることになった。
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