第二章―6 第14話 『被害者の罪悪感』
――日が昇り始めたハイマト村では、観光客の姿は消え、行商人と地元民の老人くらいしか歩いていない。
しかしそれは普段のことであり、魔物が村の中に入り込んできている現状ではそれだけではいられず、村の出入り口に傭兵が配備されている。
「しかし、最近増えたなあ、こういう依頼。年々多くなってるよな」
出入り口に並ぶ二人の傭兵が、手持ち無沙汰にかまけて無駄口を始める。
「おれら傭兵からすれば、稼ぎが増えてありがてぇ話だけどよ」
「ちげぇねぇ……ん?」
談笑に時間を使っていると、二人は遠くから歩いて来る一行を遠目に発見する。
「なんだ、あいつら……?」
その一行は赤黒く染まっていた。特に先頭を歩く二人の白髪は、その元の色すらわからぬほどに汚れている。
「な、何者だ! お前ら!」
傭兵は急にやってきたその異常な集団に持っている槍を向ける。
先頭にいた一人……エトヴィンが、縛っている三人の悪党を傭兵の前に突き出した。
「こいつらが魔物騒動の元凶だ。王都へ連行して行け」
「は……?」
呆気に取られたような顔をする傭兵を尻目に、エトヴィン、エミール、アグネスの三名は村の中へと入っていった。
*
<数時間後>
「いやあ助かりました! 呪術師殿!」
「ああ……どうも」
帰還後、元々とっていた宿で体を清め、睡眠をとったエミールは、村長の家を訪れていた。
寝起きということと、そもそもこの村の稼ぎ方が気に食わないエミールは、どうにも歯切れの悪い返答をした。
「エトヴィンから聞きましたよ。あなたのおかげで悪党を捕まえることができたって」
「あ、ああ……そんな殊勝なことを言ったのか、彼」
先日、少し話しただけの関係性でも、エトヴィンがそう素直な性格には見えなかった。それでもそう言った――いや、この場合は村長の誇張が混じっている可能性もあるが、言ったと仮定して――とすると、ファーストコンタクトの悪印象は払拭できたと考えていいだろう。
「しかしあなたを見ていると、かのエミール殿の伝説を彷彿しますな。どうですかな、この村に住まれてみては?」
「……はは。それだったら『エミール』の血縁であるエトヴィンが適役でしょう」
「いやぁ、エトヴィンには呪術の才が無かったもので、祭り上げるにも効果が薄いのですよ」
「…………」
エミールはつい吐きそうになった溜息を堪え、目を閉じた。
(……これは、エトヴィンが僕に噛み付いてきたのにも頷けるな)
この村にいると、自分という存在を軽んじられているような気分になる。恐らくエトヴィンはエミールよりももっとそれを感じているだろうし、『レークラー』という姓に生まれたことを疎ましくすら思うだろう。
そう考えれば、元凶である『エミール・レークラー』を名乗る輩が現れたら面白くない。自分をからかっているように感じるだろう。
「では、僕はこれで失礼します」
「いえいえ、何をおっしゃいますか! お礼を用意しますから、ゆっくりしていってください!」
「いや、結構です」
ロスヴィータから貰った報酬を考えると、よっぽどのことがない限り食い扶持には困らない。そうなれば、わざわざ謝礼を貰う必要もない。それに――――
(結局、僕の名前を一度も聞こうとしなかったな、村長。お互い様だけど)
互いに関係を深めるつもりはなかったのだ。と、エミールは結論付けて村長の家を出る。
村長はぽかんとした表情のまま、首を傾げていた。
*
「――もう出るのか?」
宿で寝ていたアグネスを起こし、村の出口へと向かったエミールは、待ち構えていたエトヴィンに声を掛けられた。
バツが悪そうに顔を少し歪め、頭をぼりぼりと掻いたエトヴィンは一つ息を置いて口を開いた。
「お前が……もし、エミール・レークラーその人だとして……この村は、酷く醜悪に見えるだろう?」
「……はは、まあね」
「ここの村民は、悪人だと思うか?」
しかめっ面を浮かべながら真っ直ぐエミールを見つめるエトヴィンは、何か迷っているような表情だ。
「僕は善悪を断じる立場に居ないよ。エトヴィン」
そう言うと、エトヴィンは訝しげに眉をひそめる。
「……僕の自認している『エミール・レークラー』と世間が求める『エミール・レークラー』像には乖離があったってことなんだ。事実として言えるのはそこまでで、そのどちらが正しいも間違いもない。本人がどうとか、そういう次元の話じゃないんだ」
エミールの言葉を理解はできても納得はできないのか、エトヴィンは難しい表情のまま黙っている。
「この村で、僕の名前を使ってお金が回れば、この村に住む子供のご飯になる。一つの嘘で家族を養えるとしたら……それを止める権利は僕にないよ。不快には違いないけどね」
肩を竦めるエミールをエトヴィンは目を伏せて口を噤んでいる。
(優しい男だな)
エトヴィンの様子を見て、エミールはそう思った。一度命を預け合って危機を脱したこともあるかもしれないが……他人を慮ることをこんなに真剣にしているエトヴィンが、自分の血統にいることを少しだけ誇らしく感じる。
「……ついてくるかい? エトヴィン。僕達の旅に」
「え?」
エミールはふと思いついて、それをそのまま口にした。
エトヴィンはどう見てもこの村を嫌っている。発想はそこからだが、エトヴィンが仲間になるというならエミールにとっても喜ばしいことになる。
「ゲレオン達のような悪党を勘定に入れず旅をしていたから、今回のことで少し肝を冷やしたんだ。君という戦力がほしい」
エミールにはノルンに託された『すべきこと』がある。
魔王に抗うための仲間を揃える……簡単にそう言っても、どうすればいいのか見当もついていなかったが、エトヴィンには見込みがある。エミールはそう感じていた。
「…………」
誘いを受けたエトヴィンは、辛そうな顔をしながら黙り込んでいる。
「……許されるのだろうか」
エミールが答えを待っていると、エトヴィンは今まで見せてきた態度とは打って変わり、か細く弱々しい声で一言呟いた。
「どれだけ嫌であっても、ボクはこの村の商売で稼いで、飯を食ってきた……『エミール』という名前を利用して金を稼いでいたのは、ボクも同じなんだ」
「はは、それを気にする人間だったら、そもそも君を誘ったりしないよ」
朗らかにそういうエミールだが、エトヴィンの表情は晴れない。
エミールはその様子を見て、エトヴィンが自分を許せていないのだと悟る。エミールがどんな言葉をかけようと、エトヴィンは関係なく負い目を感じ続けるのだろう。
「……なら、それを償ってくれ」
エミールの言葉に、エトヴィンは少し息を呑んだ。
「僕に負い目を感じているのなら、申し訳なさを感じるのなら……僕達の旅へついてきて、それを償ってくれ」
言いながら、エミールは自分をずるいと思う。エトヴィンの罪悪感に付け込み、目的のために利用しようとしているのだ。
「…………ああ、わかった。お前の旅に同行することにしよう」
エトヴィンは一歩踏み出し、エミールへと近付いていった。
エミールが覚えた申し訳なさとは裏腹に、エトヴィンはどこか安堵したような、柔らかな表情を浮かべた。
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