第二章―5 第13話 『時を超えて』


「ど、どうしてこんなことに……」



 それからエミールたちは、悪党どもを引き連れたまま洞窟の外に出て――――夜の帳の中、魔術の灯りに照らされながら対峙していた。

 エトヴィンは奪われていた剣の柄に手をかけ、エミールとアグネス……とりわけエミールの方を強く睨んでいた。



「そもそもエミールさん! 子孫って……妻子持ちだったんですか? それともまさか行きずりで……!?」


「……いや、そんな覚えはない、けど」


「いつまでそのロールプレイを続けるんだ? 不快だ」



 完全に険悪な雰囲気になってしまい、エミールは頭をがりがりと掻いた。

 これまで会ってきた人たちは事情に明るかったか、逆に全く関係のない人間だったからスムーズに物事を運べたが、こういった場合どうすればいいのか。そのノウハウをエミールは持っていなかった。



「なんていうか……説明が面倒なんだが、聞いてくれ。僕は君の先祖であるエミール本人なんだ。つい先日、200年ぶりに目を覚ましたんだ……っていっても信じられるはずもないだろうけど」


「わかってるじゃないか。珍しい白髪だからって、そういうことをされると癇に障るんだよ。ただでさえ数奇な目で見られるっていうのに」



 憎々し気に言うエトヴィンに、エミールは共感と同情を覚える。ハイマト村で『エミール』という概念が金儲けに使われていた時に覚えた感情。同じものをエトヴィンも感じていたのだ、と。

 そんな中エトヴィンは柄を握り、すらりとその刀身を露出させた。



「お前があくまで『エミール』を名乗るのなら、ボクと戦え」


「――――」


「英傑なんだろう? 伝説の呪術師……ボクに本物であるという証拠を、実戦で示してみろよ」



 冷静な口調ながらも、完全に頭に血が上っている様子のエトヴィンを見て、エミールはふと目を閉じて深呼吸をした。



「……わかった。それで納得してくれるなら構わないよ」


「ちょ、エミールさん!?」



 エミールも杖を抜き、血気盛んな様子の青年と相対し魔力を練る。

 反対に立つエトヴィンはエミールが勝負を受けたのを意外そうに眺めると、剣を構えてエミールにクイクイと手招きをしてみせた。



「『エミール』を名乗るくらいなら呪術師なんだろ? 先手を譲ってやるよ、ほら」


「……なめられたものだね」



 エミールは侮ってこちらを見下すエトヴィンに、不敵に笑って返した。



「じゃあ、遠慮なく! 【タラリア】!」



 そう言ってエミールは自分にバフをかける。

 エトヴィンはそれを見てピクリと瞼を揺らす。そして後ろに振り返り、剣を振り抜いた。



「――【スヴェル】!!」



 エミールはエトヴィンの後ろに回り込んでいた。エトヴィンの剣閃はエミールの首元に届きそうになる。

 その刀身をエミールは防御系のバフをかけて腕で弾く。そのカウンターでエミールは腕を畳むようにしてフックを繰り出す。


 しかしエトヴィンは仰向けに重力に身を任せそれを回避する。

 そして爪先で踏ん張ると剣の遠心力で体を起こす。



「な……何が起きているの……」



 アグネスは攻防を目で追えない。ただ時折聞こえる金属が弾かれる音と、二人の漏れ出る声が聞こえるだけだ。



「【ヘルスコール】!」



 戦いの最中、エミールの叫びから黒い染みがエトヴィンの足元に湧く。



「おっ」



 それはエトヴィンの足を滑らせ、彼から速度と踏ん張りに使う力を奪った。

 行動の自由を奪う呪いだ。

 エトヴィンは体勢を崩し、それを見たエミールは勝利を確信する。


 だがエトヴィンは染みのついた地面に剣を突き立て、そこに全体重を乗せて足を浮かせた。

 そして浮かせた足を近寄ってきたエミールの胸元へ叩き込む。



「!」



 エミールは複数の意味で驚く。

 器用さや発想はもちろん、エトヴィンが使う剣はあくまで細身。少し間違えば折れかねない使い方をしながらも剣は揺るがず地面に突き立っている。それは彼の動きが完璧に理にかなった状態で、無駄がないということだ。



「げほっ、えほっ……やるね、この……!」


「……そっちこそ。ボクは侮っていたみたいだ」



 胸に攻撃を受けたエミールは咳き込みながらエトヴィンを讃える。

 それを聞きながら、エトヴィンは先程エミールへと攻撃した足を見る。

 その足は力が入らなくなっている。まるで足自体の筋肉がその役割を放棄したように、動けと脳が命を下してもだらんと力無く垂れてしまっていた。



「これも呪いか? こんなに強力なのに今まで使わなかったってことは発動条件が触れることだな」


「けへっ……グレイプニール並に使いづらい術だと思ってたけど、いざこの場面に直面すると、覚えておいてよかったと思うよ。ノルンにまた感謝しないと」



 エミールは200年前の旅の途中、自分が役立たずであることを重々承知していたので、暇さえあればノルンから渡された本を読んでいた。【ヘルスコール】はそんな折に見つけた、本の片隅に殴り書きされていた程度の、『筆者ですら一応書いたけど使わないだろうなと思っていそう』な術だった。

 そんなことを思い返しながら、エミールは杖をエトヴィンに向ける。



「まだやるかい? 僕としては、助けに来た張本人をこれ以上酷い目に遭わせたくないんだけれど」



 エトヴィンはその脅しを受け、口角を少し上げた。



「ああ……そうだな、ボクの負けだよ。自称『エミール』」


「……あれ? 勝ったらエミールって認めてくれるっていう話じゃないっけ」


「馬鹿言うな。そもそも負けてないし、ボクはお前の存在を許容するだけで、認めるわけじゃない。胸糞悪いのは変わらないが……その才能自体はたしかに英傑を騙るに足るものがあるようだ」



 騙っているわけではないのだが……とここで言っても仕方が無いので、エミールはエトヴィンの周囲にかけた呪いを解いていく。



「まあ、納得してくれたのならそれでいいけど。なんだかなぁ……ん?」



 ふと、エミールは周囲を見渡す。そしてその眉間に深く皺が刻み込まれる。



「……これは、少し面倒なことになっているな」



 エミールの一言に、エトヴィンは地面に差していた剣を抜き、舌打ちをする。

 二人のやり取りに首を傾げたアグネスは彼らに倣って周りに目線を配り、そして木陰から自分達を見つめる魔物の瞳が簡単に数えられない数、こちらを向いているということに気が付いた。



「か、囲まれている……!?」


「……ここらで見ない魔物だ。そこの馬鹿共が連れていた魔物と同じでな」



 エトヴィンは拘束している三人組を睨み付ける。

 魔物とは本来、人間に懐くことなど有り得ない。それでもゲレオンたちは洞窟内で魔物を飼っていた。



「しかし君達、どうやって魔物を呼び寄せたんだ? 軽い戦闘をしていたとはいえ、そんな隙を見せた覚えはないんだけれど」


「ば、バルナバスだ……! あいつが助けに来たんだ!!」



 ゲレオンはどこか安堵したような表情を浮かべる。そのバルナバスという名前はさっき洞窟内でも聞いたが、エミールはそれをゲレオンの仲間であると予想を付ける。そうであれば、大抵のことに説明がつく。

 しかし。



「残念だけど、君達にとってもそう楽観視できる状況ではないよ、ゲレオン」


「……何だと?」


「そのバルナバス、察するに『魔物使い』なんだろうけど。魔物使いは決して魔物を自在に操れるというものではないんだ」



 魔物使いの使役する魔物に、『襲う人間』と『襲わない人間』を調教するのは、相当時間がかかる。それも、数えるのに両手では足りない数の魔物……到底、それを仕込んでいるとは考え難い。



「わかるかい? 早い話が、そのバルナバスは君達を僕達諸共、魔物の餌にしようとしているんだ。蜥蜴の尻尾切りってやつだね」


「そ、そんな馬鹿な……」



 当惑を隠せない様子のゲレオンから目を外し、エミールは杖を指揮者のように振り、それをゲレオンら賊と、その近くに立つアグネスに保護呪文を掛けた。



「随分と詳しいじゃないか? 魔物使いに」



 並び立つエトヴィンが疑問を呈する。



「200年前、世界を巡ったからね。そういう手合いもいたのさ。軒並み敵だったけど」


「はっ」



 『エミール』としての言葉を鼻で笑うようなエトヴィンに、エミールもまた口角を上げて返す。



「【ブルートガング】! 【タラリア】!」



 そして自身とエトヴィンにバフ術をかける。腕力と敏捷を増強するものだ。



「守備を固める術は使わない。いいね?」


「上等だ」



 エミールは小さな杖を、エトヴィンは細身の剣を構え、自分達を食らおうと垂涎する魔物たちを迎え撃つ。

 先程まで戦っていた二人はそれ以上言葉を交わすことなく戦いに臨む。


 傍目から見るアグネスは魔物を相手に舞う二つの白髪に、時を超えた血の繋がりを感じずにはいられなかった。

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