第二章―4 第12話 『他力本願』
「ひ……ゲレオン! た、助けてくれ!」
「はん、無能な仲間ってのは優秀な敵よりやっかいだぜ、まったくよ」
ゲレオンと呼ばれた髭の男は、ナタンと呼んだ弱々しい男を蔑むように見下しながら、鼻を鳴らした。
「杖をこっちへよこせ。この女を死なせたくなかったらな」
ゲレオンは口角を上げ、アグネスにあてがっている短剣をぐっと押し付ける。
それを見たエミールは無抵抗を示すために両手を挙げ、握っている杖をゲレオンに向けて投げ渡した。
魔術を使う者にとって、自らの術を媒介する杖の存在は重要だ。杖を用いない術もあるが、力の半分を奪われるのと同等だ。
ゲレオンは杖を受け取ると、勝利を確信しほくそ笑む。
……しかしゲレオンはその表情を少し曇らせた。エミールもまた、ゲレオンと同じように笑っていたからだ。
杖を握っているゲレオンの右手が、黒いひも状の何かが溢れ、彼の身体を縛り付けた。
「これは……!?」
「『呪い』だよ。僕以外の人間が杖を握ると発動するように仕掛けてある……まあ、仕掛けたのは200年前だけど」
ゲレオンの身体を縛った黒のひもは一瞬の隙を生み、アグネスはその隙を見計らってエミールの傍へと駆けだした。
黒いひもはエミールの手へと伸び、それを伝って杖がエミールの手へと帰ってきた。
黒いひもが消失し、エミールとゲレオンは再度対峙する。
「……はっ、大した術師のようだが……今の隙に女ごと俺を殺さなかったのは間違いだったなぁ……!」
そういうゲレオンの後ろから、洞窟内にたくさんいた魔物と同系統の……いや、それよりも一回り大きな体躯をした魔物が現れ、こちらに牙をむいていた。
「ど、どうするんですか、エミールさん! 助けてもらってなんですけど、どうするんですかこの状況! あの人、魔物を使役してますよ!?」
「落ち着いて、アグネス。大丈夫」
エミールは不安げなアグネスの肩に手を置き、安心させるように擦った。
そしてエミールは杖を頭上に掲げると、魔力を握る手に込める。
「【ブルートガング】!!」
エミールは高らかに術の名前を叫ぶと、その光線が上に向かって飛び――そのまま見えなくなった。
「ど、どこに向かって打ってるんですか……? バフ術ですよね、それ?」
「……」
アグネスはあわあわと狼狽え、ゲレオンは黄色い歯をにたりと笑って露出させる。
「……へっへっへぇ。せっかく増やしてもらった魔物がよぉ、すっかり減っちまったんだ……こいつの栄養になって、魔物増やすのに協力してくれるよな! 呪術師さんよぉ!!」
嬉々として後ろにいる魔物を撫でつけるゲレオンは完全に勝った気でいる。
たしかにその魔物はいかにも強力そうだ。身体の大きなその魔物からみなぎる魔力がエミールにも伝わってくる。
「僕の才能は本来、自分より他の人に任せて闘ってもらう……他力本願の情けない能力だ」
エミール自身の身体能力は決して高くない。
多少、200年前の戦いで立ち回りを覚えたとはいえ、垂涎する大型の魔物と傭兵のタッグを相手に無傷でいられる自信はない。
「でも……僕はこの能力をこうも思っている。『他人を幸せに導ける能力』だって。自分達の利益の為にしか能力を使わない君達とは質も格も年季も違う。なめるなよ」
自信に満ちた言葉を吐くエミールを見て、ゲレオンは腰に付けていたククリナイフを抜いてその歪んだ切っ先をエミールたちに向けた。
「イキるなガキが! さあ行けクリンゲガルム! そこの二人は食っていいぞ!!」
その言葉を合図に、魔物はエミールに向けて飛び掛かる。
エミールは自分に防御力上昇上位術の【スヴェル】を掛け、魔物の牙を腕で防御する。
いくら防御バフをかけても、実際の牙が肌に食い込むとそれは強烈な痛みとなってエミールの神経を刺激する。
「ぐっ」
襲い来る魔物を自分で受け止め、さらに襲い来るゲレオンのククリナイフを、体を捻って回避する。
「随分大変そうだなぁ! テメェはそのまま死ね!!」
二対一を演じ続けることは難しい。
魔物は一度噛んだ腕を離し、今度はもっと深く食らいつこうと再度口をかっぴらく。。
「エミールさん!!」
エミールに牙が届きそうになる。
今度は命にまで牙は到達するだろう。それを察したアグネスはエミールに目をやる。どんな策を講じるのか……どんな返しをして、200年前の英雄はこの危機を乗り越えるのか――――
「……」
エミールは微動だにせず、魔物を視ていた。
自分に襲い来る魔物をじっと、その口が自分の首元に辿り着くその様をまるで俯瞰しているような顔で、見つめていた。
その時。魔物の横っ面に拳が叩き込まれた。
「――――」
アグネスは何が起きたのか、よく理解ができない。
ただ自分の後ろから風が吹いて、その風が何者かの疾走によるものであるということだけ、直感的に理解した。
「……なぜ力が湧いたのか、なぜこんな所で知らない連中が争っているのか、何が起きているのか……さっぱりわからないが」
その風を起こした張本人――白髪の青年は、引きちぎられた鎖を付けた拳をプラプラと揺らし、周囲を見渡す。
「魔物に食われそうになっている人間は助ける。それは間違っていないと信じるよ」
青年はファイティングポーズを取り、エミールに背を預けた。
エミールは全てわかっていたように、にやりと口角を上げた。
*
そこからの戦いは一方的だった。
青年の拳は容易に魔物の頭蓋を砕き、ゲレオンの肩と足を折った。
「外の広い場所や森なら、こうも一方的になることもなかっただろうに、お前たちは攻められたときの対処を考えてなさ過ぎたのが敗因だ。悪事を働く癖に、悪知恵は働かない連中だ」
「ぐ、ぐっ……」
ゲレオン含む三人を縛る魔法をエミールが唱え、悪党どもは完全に無力化していた。
「す……すごい……」
「君がエトヴィンで間違いないね?」
勝利が確定し、エミールは本来の目的であるエトヴィンの救出を遂行しようと頭を切り替えた。
「そういうお前たちは何者だ? 村で雇った傭兵でもないようだが……」
「ああ、僕はエミール・レークラーという。そっちはアグネス・ヴォストマン……」
「……何? エミール? レークラー?」
青年はエミールの自己紹介に怪訝な表情を浮かべる。
エミールはそのことに気が付くと、改めて青年の髪色を見てハッとした。彼が自分の髪色と同じであるということに。
「ボクはエトヴィン・レークラー……英傑エミール・レークラーの一族、その末裔だ。ボクを前にしてその名前を語るなんて……正気か?」
エミールもアグネスも、青年の言葉に口をポカンと開けて間抜け面を晒した。
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