第二章―3 第11話 『跡を追って』





 森の中にひっそりとある洞窟に、数多くの魔物がひしめいている。

 鉄の錆びついたような匂いと獣特有の臭気が入り混じり、その場の空気を淀ませていた。



「酷い臭いだ」



 その穴倉に、一人の青年が入り込んでいる。

 その青年は白い髪をボブカットにし、片手に松明を、反対の手に血に塗れた細身の剣を握っている。



「見つけられてよかったよ。今、村は色々厄介事が多いんだ。その内の一つを、ここで排除できる」



 青年に向かって、魔物たちが一斉に飛び掛かる。

 肉を食らい、血を啜り、骨を砕こうと、青年にその牙を向ける。


 ――しかし、それが叶うことはなかった。



「こんな狭い場所で、数の利は活かせないぞ」



 青年は細身の剣を振るい、魔物の頭部を次々に串刺しにし、その息の根を止めていく。

 洞窟の奥から次々に魔物が湧く。

 同胞を殺され、怒りに震える魔物達は涎を垂らして青年を睨み付け飛び掛かる準備をしている。



「安心しろ。仲間と同じところに送ってやる」



 顔についた血を拭いながら、青年は手に持つ刃と同じくらいに冷たい目を、魔物達に向けた。







「――――見つけた、ここだな。魔物の巣は」



 エミールたちは、ヘンゼルとグレーテルのように魔物の死骸を辿りながら、洞窟の前までたどり着いていた。



「これ、もう中に入っていってません? そのエトヴィンって人」


「そうだね、早く入ろう……と、その前に【ニイド】」



 エミールは一言そう唱えると、アグネスの周りに緑色の淡い光が現れる。



「守備力を増強させるバフだ。そこらの魔物の牙は通らなくなるだろう」


「ありがとうございます!」



 そのやり取りの後、二人は洞窟に入り込んでいった。





「……暗いな」


「あ、わたし光魔法に少し適性あります! 【ソウェイル】!」



 アグネスが術を唱えると、洞窟内に眩い光が灯る。

 エミールはその光に目を慣らし、洞窟内を見渡した。



「――――これは、凄いな」



 洞窟内には死体が山のように積み重なっている。

 これまでたどってきた道にも死体は転がっていた。しかし洞窟内にはこれまでよりもより多くの死体が……しかもそのどれも的確に急所を一突きしている。



「優秀だ。各個体がそう強くないとはいえ、これは……」



 エミールはわざわざ助けに来る必要が無かったんじゃないか、という思いがふっと湧いたが、もう一つ別の考えが頭の中に浮かぶ。



「しかし、どうしてこんなに魔物が……異常増殖している?」


「そうですね……いくら人の手が入っていないとはいえ、この時代にこんな数の魔物が……怖いですね」



 エミールは顎に手を当てながら少し考え事をしながら魔物の死骸を見つめる。

 もしかしたら……ノルンの言っていた魔王復活の兆しがもしかしたら、『これ』のことなのかもしれない。だとすると、それを対処するのは自分の役目であると、エミールは感じた。



「奥に進もう。何か普通じゃない気がする」


「はい!」







 ――洞窟の最奥。

 魔物を殺し奥に進んでいった白髪の青年は行き止まりへとたどり着いていた。



「……妙だな」



 独り言をぽつりと呟き、青年はその洞窟の壁に手を這わせて思考を巡らせた。


(一本道で分岐もなく魔物は大体倒したが、母体となる個体がいなかった。このタイプの魔物でそれはあり得ないだろう)


 青年は違和感を拭えないまま目的――魔物の巣を掃討するというそれを達成してしまった。

 このまま帰ってしまっていいものか。手ごたえを感じないまま青年は立ち尽くして松明で洞窟を照らしていた。



「もっとよく調べるか……」


 溜息交じりに、青年はそう呟いた。







「あれ? 行き止まりですね」


「……」



 二人もまた、洞窟の最奥に辿り着いた。

 それまで続いていた魔物の血が途切れ、洞窟はごつごつとした岩肌のみが残る形になっていた。



「おかしい。ここまで一本道だったのに誰ともすれ違わなかった」


「もうとっくに倒しきっていて、すれ違うより先に出て行っちゃったんじゃないですか?」


「いや、そこの魔物の死体を見るんだ」



 エミールが指差した魔物の死体に空いた頭部の風穴からは、血がどくどくと流れ出て、死体はぴくぴくと痙攣していた。



「死んで間もない。すれ違わないっていうのは無理がある」



 アグネスの疑問に答えながら、エミールは周囲を見渡す。しかし辺りに気配はない。

 エミールはらちが明かないと、懐から杖を振って詠唱をする。



「……【モーズグズ】」


「何ですか? その術」


「感覚を鋭敏にする術だよ。戦闘時に使うとダメージが無駄に増えるばかりで役に立たない術だけど、探索には使える」



 そう言いながらエミールは小石を拾っては投げ、その反響を感じる。

 その中でエミールは一つの壁に手をかけてみる。するとその壁は壁ではなく、新たな穴が二人の前に現れた。



「こ、これは……! どうなってるんですか?」


「……幻惑系の術だ。なるほど……そういうことか」



 エミールはなにか理解したように頷くと、アグネスへと振り返り手招きをした。



「エトヴィンはこの奥に進んだんだろう。行くよアグネス」


「はい!」



 二人は奥へと進む。

 その隠された通路は所々に松明が置かれ、通路として多少の整備がされていた。



「……人の手が入って……いるんですね」


「あの獣型の魔物が幻惑系の魔術を使うことはないだろうから、まあそういうことだね」



 進んでいくと二人は後からとってつけたような、完全に人工物である鉄製の扉を発見した。



「扉……」


「しっ。話し声が聞こえる」



 エミールは扉に張り付き、中から聞こえてきた音に聞き耳を立てる。



「――――どうする? もう無理でしょ」


「知るかよ! バルナバスが俺達にここの仕事を任せてんだ! あいつの許可なしに離れられっかよ!」



 扉の奥からは男女の言い争いが聞こえてくる。

 エミールはより耳をそばだたせ、内容を聞き取るように注力する。



「でも、もうこの洞窟も突き止められて……見た感じこの男が魔物大体やっちゃったっぽいし……」


「じゃあどうすんだよ! ここでヒヨって逃げて、そんでどうやって生きていくんだよ!」


「わからないわよ! でもこのままここに籠ってもしょうがないでしょ!」



 男と女の言い争いは激化する。

 聞いていたエミールはそれを好機と捉え、扉の取っ手に手をかける。勢いよく開くと、中にいた二人はエミールをポカンとした表情で見る。



「【ヘズ】!」



 エミールは杖を二人の男女に向けて短く叫ぶ。

 その杖先から出た赤黒い光線は、二人に直撃するとそれぞれの目を覆った。



「えっ!?」


「な、なんだ!? 誰だ!?」



 唐突な異常の襲来に、男女は困惑して自分の目を覆う何かを取り払おうとする。

 しかしそれは決して剥がれることはなく、二人の視界を塞ぎ続けていた。



「視界を奪わせてもらった。悪いけれど聞きたいことがいくつかある」


「ふ、ふざけるな! まず誰なんだよ!!」



 男は声の方向――エミールに向けて噛みつくように叫ぶ。

 それを聞いたエミールは男の髪を鷲掴みにすると、【モーズグズ】を唱えて男の腹に足裏を強烈に叩き込んだ。



「ぐ、か……っ」



 感覚が鋭敏になった男の身体には、非力なエミールの一撃であろうと拷問に匹敵する。

 男の顔は恐怖に歪んだ。



「え、エミールさん!?」


「君は僕の質問に答えてくれればいい。それ以外は敵対行為とみなすよ」



 男へと乱暴な行動を見せたエミールに驚くアグネスは、エミールの初めて見る姿に動揺を隠せない。



「君たち、もしかしなくても村に魔物をけしかけていたんだね?」


「……は、はいっ」



 エミールは二人に詰問をする。それに対して、恐怖へ屈した男は簡単に口を開いた。

 異常なまでに多かった魔物は、この連中によって管理されていた……そして、それが村を襲っていたのだ。



「なんの為に? 答えなきゃ、ただじゃ済まさないぞ」


「……か、金だ! 俺達は傭兵で、仕事を貰うために仕方なく……!!」


「ちょっと! 何ばらしてるの!」



 男から話を聞きだすエミールは、その醜悪な様子を見て顔を歪ませる。



「マッチポンプか……なんて愚かな」


「俺達は雇われているだけだ! 首謀したのは俺じゃねぇ!!」


「話にならないな……エトヴィンという男がこの洞窟に入っているだろう? 彼はどこにいる?」


「それは……さっき捕らえて奥の牢にぶち込んでる! 勘弁してくれ! 抵抗しないから!」



 一度エミールに攻撃を受けて以降、それ以上苦痛を与えられたくないとべらべらと男は秘密を語る。

 ひとまず目的であったエトヴィンの救出は叶いそうだ。そう思ったエミールは、次にその地下牢の場所を聞き出そうと試みるが――――



「おぉーっと……それ以上余計な口を開くな。ナタン、エラ」


「きゃぁ!?」



 エミールの背後から、低くしゃがれた声が聞こえる。

 勢いよく振り向くと、顔全体に髭をたくわえた壮年の男が、アグネスの頭を後ろから鷲掴みに死、短剣を喉元にあてがっていた。



「アグネス!!」


「す……すいません、エミールさん……」



 アグネスは、エミールに顔を歪ませながら小さく謝罪を口にする。


 彼女は、新たにやってきた男に捕らえられてしまったのだ。

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