第二章―2 第10話 『助けに行く』
「うわぁああ!!」
「きゃぁああ!!」
現場に向かうエミールたちと逆行するように、人々は逃げ惑っている。
そんな中、一人の村人が騒動の渦中へ向かうエミールたちに声を掛けてきた。
「おい! あんたらそっちに行くと危ないぞ!」
「何があったんですか」
「魔物だよ! 魔物が中に入ってきやがったんだ!!」
「何だって……!」
エミールを引き留めようとした村民から情報を引き出したエミールは、より急いで先へ向かうことにする。
アグネスは息を切らしながらやっとの思いでついていく。しかし急を要するとわかったエミールは、もう省みる余裕もなかった。
「く……! 何だこの魔物は! 結界はどうなっているんだ!!」
「これ以上被害を出すな!!」
エミールが辿り着くと、既に村の警備をしていた連中が四足獣の魔物の群れと交戦していた。
「加勢します!」
エミールはその兵士たちの近くに走ると、持っている杖を天に掲げる。
掲げられた杖の先から、淡い光が様々な色に変化しながらたちを包んだ。
「これは……?」
「これで勝てるはずです!」
「何……? あんた誰だ!」
突如現れたエミールに不審な面持ちを浮かべる兵士たちは、自身の身体に纏わりつく光を気味悪く睨んでいた。
「通りすがりの呪術師です! 全体にバフをかけました! その魔物には後れを取らないでしょう!」
エミールの言葉を聞き、一人の兵士が魔物に斬りかかる。
すると先程まで苦戦していた魔物が容易く倒すことができることに気が付き、兵士たちの士気が上がり出す。
(…………)
呪術師として、人を助ける。
200年前にはできなかったそれが、今できている。
エミールはその事実に嬉しくもあり、同時に寂しくもなった。
* * * * *
<200年前>
「ふぅ……」
アヒムが息を一つつき、背負った鞘に剣をしまうと、それに倣ってヴィルヴァルト、ロスヴィータもそれぞれの武器を納めた。
彼らの周りには大小様々な魔物の死体が転がっている。鳥のようなものから、熊を超える大きさの獣まで――その数は100を超えていた。
「つ……強すぎる」
たった三人で、時間にして5分。
魔物の軍勢をものともせず、アヒムらはその強さを遺憾なく発揮した。
「出る幕もないね、私たち」
構えておきながら放つことがなかった弓矢を取り下げ、ナディアが肩を竦めて苦笑いをする。
そう言いながらナディアはかすり傷をいくつか負っている仲間に治癒術をかけに行った。
「…………」
戦闘では役に立たないと自虐するナディアも、ああしてパーティには欠かせない役割を持っている。
『エミールいるからこっちだって恐れず闘いに行けるんだって。オレらが勝てない相手にはお前が必要なんだから』
いつぞやヴィルヴァルトにかけられたその言葉。
しかしそんな場面は訪れないのだ。アヒムが、ロスヴィータが、ヴィルヴァルトが強すぎるから、エミールのバフやデバフをかける前に速攻で敵は倒れる。
エミールが本で得た知識を実戦で活かす機会は、結局ほとんど訪れなかった。
* * * * *
<現在・ハイマト村村長宅>
「――――いや、本当に助かりました。呪術師殿!」
「……どうも」
魔物を退けることに成功したエミールたちは、村長の邸宅に呼ばれ、もてなされていた。
村長宅はエミールの当時の記憶より3倍ほど大きくなっている。まあ200年も経てば家の建て替えくらいは当然起こるだろうが……にしても広すぎる。
そんなことを考えている間中、村長はにこやかにエミールへと感謝の意を述べ続けていた。
「いやぁ、普段であればエトヴィンに対応させていたのですが……お手数をかけて申し訳ない」
「エトヴィン?」
「この村で一番の腕を持つ用心棒のような存在です。強いんですよ、彼は」
村長がそう語ると、近くに控えていた別の中年男性が、思い出したように口を開く。
「そういえばエトヴィンの奴、帰りが遅いな」
「その、エトヴィンって人は何をしに行ったんですか?」
「最近、魔物がやたら出始めて……『近くに巣があるからだろう』と言った彼が根絶させに向かったんです」
その言葉を聞いたエミールは驚愕に目を見開く。
「……一人で向かったんですか?」
「ええ、彼自身が『ボク一人で十分だ』と……最近、治安が悪くなってどうにも……魔物だけでなく強盗も現れるようになって……エトヴィンには負担を強いてしまっています」
「…………」
自殺行為だ。
アヒムらのような200年前の天才ならともかく、現代のレベルでいくら強いといえ、魔物の巣に飛び込んでいくなんて無謀だ。
窓から外を眺める。陽が傾き始め、あと少しもすれば夜になってしまう。
魔物は夜になればその能力も凶暴性も倍増する。そのエトヴィンの命はますます保証できないものになるだろう。
エミールは小さく息を吐き、踵を返して家の出口へと向かう。
「アグネス、僕は少し行ってくる」
「え? どこにですか?」
「決まってるだろう、その魔物の巣にだ」
*
いざエトヴィンを助けようと村の出口の方へ向かったエミールは、エトヴィンが向かったという魔物の巣の方角を地図で確認していた。
そのエミールが持つ地図を、アグネスは背後から眺めて「ふむふむ」と呟いている。
「……君はついてこなくていいんだよ、アグネス」
「何を言っているんですか! わたしはファーレンハイト学長にエミールさんを任せられているんですから、そんな無責任なことできませんよ!」
「いやぁ……危険だから待っていて欲しかったのだけど」
エミールは頭を掻きながら苦笑いを浮かべる。しかしアグネスはそんなこと気にする素振りもなく、ニコニコしていた。
「大丈夫ですよ、曲がりなりにも魔術学校の『優秀な』生徒ですから! それに、エミールさんがわたしにバフかけてくれれば魔物にも負けないんじゃないですか?」
「そう便利な術じゃないんだよ。バフっていうのは」
アグネスの質問に、エミールは頭を振ってみせる。
「バフっていうのは……そうだな、例えるなら服なんだ」
「服?」
「どれだけ高くていい洋服でも、着る人間の背丈が足りなかったらどうしようもないだろう? そういうことだよ」
「はあ……わかるような、わからないような」
説明をしながら村付近の森を闊歩しているエミールは、魔物の巣があると教えられた方角へと歩いていく。すると……
「これは……魔物の死体が道になっている」
「凄惨……ですね」
魔物の紫色の血が辺りに散らばり、毛皮とそれに乗った肉片10体分はあるだろう……一目見てただならぬ事態が起きたことが予想される。
「これ、例のエトヴィンって人の仕業か?」
だとすると、想定していたよりよっぽど強い。
バフをかけたとして、エミールにもこの芸当ができるかといえば……難しいだろう。
「侮っていたかもしれないな、この時代の人々を」
冷静に考えれば、エミールが今まで見てきたのはフリーデン魔術学校の首席学生くらいだ。温室育ちよりも、実際に前線で用心棒をしている方が優秀である、というのが現実なのかもしれない。
そんなことを考えながら、エミールは杖を持ち直し、エトヴィン捜索に気合を入れ直した。
「気を付けて、アグネス。もう談笑している余裕はそんなにないよ」
「はい!」
はつらつに返事をするアグネスに、エミールはどこか微笑ましい気持ちになった。
いざとなれば、自分が彼女を守らなければならない……誰かを守る立場という場所に立ったのは、エミールにとっては初めてのことだった。
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