第一章―5 第7話 『謎の少女ノルン』
「…………どこに行ってたんだ」
やっとの思いでエントランスに戻ってきたエミール――あの後、兵士を見つけて連れてきてもらった――は、腕を組み待っていたアヒムに厳しく睨まれた。
「いや……その、ごめんなさい。なんか、ノルン……とかいう少女に誘われて」
「は? 舐めているのか?」
「え!? なんか気に障ること言いました!?」
言い訳をしたエミールに苛ついたアヒムは額に青筋を浮かべながら吐き捨てるようにそう言った。
しかし事実を述べているだけのエミールには何がまずかったのか判然としない。
そうしてごたついていると、エミールの言葉を聞いた大臣が、髭を撫でつけながらエミールをじっと見据えた。
「ノルン……ですと? その少女はブロンド髪でしたかな?」
「は、はい」
「……その少女、ノルンはなんと申しておりましたかな?」
大臣の問いに、エミールは少女から渡された紙を取り出し、大臣に手渡した。
「この本を書庫から持って行って……読め、と」
「ふむ、なるほど……おい、用意するんだ」
「はっ」
大臣は近くにいた兵士に指示し、3冊の本を手配してくれるようだった。
「い、いいんですか?」
「ええ、もちろん。その少女――ノルンは、実は我が国の抱える予言者でして……ノルンのお告げが外れたことはないのですよ」
大臣は城の中を案内しながら、エミールの困惑に回答を示した。
(なるほど……予言者。道理でどこを見ているのかわからなかったり、名前を知っていたりしたのか)
少女の持っていた神秘性のような、浮世離れしたあの感覚に得心が行く答えを示され、エミールは心の中で小さく頷いた。
「ノルンがエミール殿にその3冊が必要だというのであれば、そうなのでしょう。ノルンの部屋にアナタが導かれたのも、また運命ということになります」
「ふん、その運命とやらに待ちぼうけを食らわされたこちらの身にもなってほしいものだ」
アヒムの嫌味に、エミールは「うっ」と言葉を詰まらせた。
「実を言うと、皆さんをお呼びしたのも、ノルンの予言があったからです。シュヴァルツネグ殿のように名の知れた方以外にも、そこなエルフのお嬢様や白髪の少年も、表舞台には上がらずとも必要な能力を持つものを、彼女の『運命視』によって選定した。それが貴殿たちをここへ呼んだ理由です」
「なに? つまり……俺達の中から選別するってわけじゃなく――――」
「そうです。貴殿たち5名、全員に魔王退治を依頼したいのです」
こうしてエミールたちは、魔王討伐のパーティとしてその使命を課せられた。
* * * * *
<現在・王城>
「……なるほど、そんなことがあったんですね! 勇者アヒムは意外と嫌味な人間だったと……これは新説ですね!」
「あ、今の話そういう捉え方するんだ」
城内を歩きながら思い出を語ったエミールは、アグネスの穿った見方を聞いて苦笑いを浮かべた。
「そのあとは王様と謁見して、正式にパーティを組むことになって……そこからは大変だった。渡された本読みながら馬車に乗って旅したものだから、酔って酔ってもう辛かったよ」
「それまでは術覚えてなかったんですか? 旅はじめるまで?」
「ああ、村から出ることもなかったし、魔物も村にいる間は村で雇ってる傭兵が対処していたから、戦うこともなくてね……正直、パーティの面子が面子だから、しんどかったよ」
遠い目をしながら、エミールは昔を懐かしむ。
そのエミールを見て、アグネスは首を傾げて自分のこめかみに指を置いた。
「でも、歴史ではエミールさんの術で苦境に陥ることもなく……って習いましたけど」
「え?」
アグネスのその指摘に、今度はエミールが首を傾げた。
「いや、僕がなにかする前に皆、勝手にどうにかしてたよ。僕が何かしたのは……そうだな、魔王戦くらいだよ」
「えー……謙遜とかじゃなく?」
「だとしたら僕はどれだけ慎ましいんだ……事実だよ」
自分の学んできた歴史が虚飾に塗れていたということを認めたくないのか、アグネスはそっちの方向性をエミールに肯定してほしそうにする。
(だったら僕の話を聞く必要ないだろ……)
そう思いながらも、エミールは他の疑問の方に気を向けることにした。
「しかし、どうして僕の評価をわざわざ上げるようなことを……?」
「必要だったのでしょう。国が手ずから選抜したパーティでしたから、全員を褒め讃えることで国の判断が正しかったと示したかったのでしょう」
エミールが考えていると、後ろから女性の声が聞こえた。
振り向くと、そこには豪奢に飾り立てられたマントを羽織った妙齢の女性が、2名のお付きを侍らせながら、エミールたちに微笑んでいた。
その光景を見て、エミールはまず(誰……?)という疑問を浮かべるが、服装や付き人を見て、アグネスに耳打ちをする。
「……もしかして、偉い人?」
「えっ!? あっ、そうか。知らないんでしたね……」
エミールの疑問にアグネスは驚きを隠せない。
その二人の動揺っぷりに、マントの女性は口元を手で押さえながら上品に笑った。
「失礼いたしました。名乗るのが先ですわね」
女性は優雅な振る舞いで軽く礼をしながら、エミールに微笑みかけた。
「わたくしはクレメンティーネ・ツェツィーリア・ホーホラントと申します。はじめまして、エミール・レークラー様」
「あ、どうもご丁寧に…………ん? ホーホラント?」
隣であわあわするアグネスを尻目に、エミールも女性に礼を返すが……その名前に引っ掛かった。
それにエミールをエミールだと認識している。その事実が何を意味しているかと言うと――
「ええ、いかにも。わたくし、当代のホーホラント王国……その王座を任されております」
「…………し……失礼いたしました」
深々と頭を下げたエミールに、女王はクスリと笑いを零した。
*
「じょ、女王様がどうしてここに……!?」
「あら、ここはわたくしの城でしてよ? アグネス・ヴォストマンさん」
肩を竦める女王の様に、アグネスは言葉を詰まらせて動揺を隠せない。
それを見ながら女王は愉快そうに肩を揺らした。
「うふふ、冗談です。少し、貴方がたが来るという情報を得たもので……」
「情報? ……ロスヴィータですか?」
「いいえ、ですが貴方も知っている人ではありますね」
「……?」
「ついてきていただけますか?」
よくわからないことを宣う女王に、エミールはよくわからないが、彼女の要望通り、ついていくことにする。
女王はエミールとアグネスを連れて城の廊下を案内しだした。
「女王様が僕みたいな平民に、こんな時間割いてもいいんですか?」
「あら、貴方のような英雄にすら時間を割けない人間が、この国のどこにいますの」
女王のその言葉に、エミールはやはり実感が湧かない。
エミールはそこまで自分が持ち上げられるような人間である感覚がないのだ。
「なんだかなぁ」
「さて、着きましたわ」
エミールが考えに耽っていると、女王は目的地に到着したことを報せる。
はっとしたエミールは周囲を見渡す。するとそこは、エミールには見覚えのある場所だった。
「ここ……ノルンのいた……」
「ええ、エミール様。貴方にこの中へ入っていただきたいのです」
女王に連れられた場所は、ノルンが籠っていた部屋だった。
たしかにエミールの中にある、王城での記憶はこの部屋が一番鮮明ではあるが……
「でも、ノルンはもう……200年も経っているんだ、生きているはずが……」
「……」
エミールの困惑に、女王は笑みを浮かべたまま何も言わない。
エミールは動揺したまま、ノルンの間の扉に手を掛ける。ゆっくり、その扉を押し開ける。
201年前の光景と重なる。薄暗い部屋に、蝋燭一本だけの灯りが小さく輝いていた。
「――――あ、エミールだぁ。そっかぁ、もうそんなに経ったんだねぇ」
そして201年前と同じく、しかし当時より増えた細かい文字が刻み込まれた部屋の隅で、ブロンド髪の少女が寝転んでいた。
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