第一章―4 第6話 『運命との出会いの追憶』
<王城内>
「やっぱり、お城は凄いなぁ……先人の知恵が詰まってる」
城に辿り着いたアグネスは、ローブについているワッペンを門番している兵士に見せると、すんなりと城門をくぐることを許可された。
「え、なんで通れるの?」
「うちの学校である程度の成績を残していると、研究とか調査のためにいろんな場所に入る権利が与えられるんですよ」
「へえ、凄いんだね」
「そうです、凄いんです」
軽口を叩きながら、二人は城内へと入り込む。
中に入ると、エミールの視界に見覚えのある風景が入ってきた。
「城下町に比べると……あまり変わっていないな、この城は」
「そうなんですか?」
「ああ、まあさすがにカーペットとか装飾は変わっているけど……初めてこの城に入った時のことを、よく思い出すよ」
片田舎に生まれたエミールは初めて見た大きな建物の中で、その衝撃に包まれたことを思い出す。
実時間201年、体感1年……いずれにせよ懐かしい感覚に、エミールは目を閉じた。
* * * * *
<201年前・王城>
「す……凄い」
酔いの酷かった馬車を降り、エミールは連れられるがままに城のエントランスまでやってきていた。
村では村民の大工が作った家以外に建造物を見たことがないエミールにとって、城という巨大建築は衝撃だった。
「あまりキョロキョロするな。共に歩く俺達まで安く見られるだろう」
「あっ、す、すいません」
「そうカリカリすんなって、『伝説の息子』。お前だって初めての時はこうなったろ?」
アヒムの指摘に、ヴィルヴァルトがエミールの肩に肘を掛けながらそう言った。
「一緒にしないでほしい。俺はそんな田舎者ではないし……俺の名は『伝説の息子』ではなく、アヒム・シュヴァルツネグだ。きちんと名前で呼べ、『最強騎士』」
「おっと、こりゃ失礼」
ホールドアップしてみせるヴィルヴァルトに、アヒムはふんと鼻を鳴らして返す。
「お待ちしておりました。5名の戦士様」
エントランスで待機をしていると、アヒムたちの前に一人の老人が現れた。
その老人は高級そうな衣服を身に纏っている。この国の大臣だ。立派に髭をたくわえ、物腰柔らかく来客を歓迎した。
「王がお待ちです。案内しますので、こちらに……」
「……あれ、ちょっと待って」
大臣の言葉を遮り、ロスヴィータが周囲を見渡しながら口を挟んだ。
「あの白髪の彼、どこに行ったの?」
「ん?」
ロスヴィータの疑問に、他の面々も辺りを見る。しかし、誰もエミールを目撃していない。
「……あれ? さっきまでいたのにな」
その場にいる面々は、消失したエミールの姿に首を傾げていた。
エミールは城内を歩いていた。
一人ではない。先導する赤髪や、傷を持った男についていっているだけなのだ。
歩いていると、先を歩く面々は階段を下り、どんどん城の地下、奥まったところへと進んでいった。
(……こんなところに?)
エミールは少し疑問に思いながら、黙ってついていく。
そうして歩いていくと、前を歩いていた存在が……ふっと消えた。
「……あれ?」
エミールはなにが起きているのかわからず、辺りを見渡す。
「……こっちの部屋に入ったのか?」
エミールは近くにあった扉を開けてみる。その中は奇妙な部屋になっていた。
部屋の中央上部に一つ下げられた蝋燭が仄かに部屋を照らしている。
その灯りが照らすのは、ものすごく汚く、しかし細かく壁に掘られた字だった。
「……なんだ、この部屋……」
その字は部屋一面に掘られており、所々その字は重なっており、まともに読めるような代物ではなかった。
狂気じみたその部屋に、エミールは困惑しながら、その刻まれた文字を指でなぞった。
「――――それはぁ、アナタには関係のない予言だよぉ」
「うわっ!?」
背後から急にかけられた声に、エミールは肩を大きく震わせた。
後ろを振り向いたエミールの視界には、部屋の隅で仰向けに寝転がりながらエミールをじっと見つめる女が映った。
「あ、あの! すいません! その、ここに連れてこられたんですけど……」
「あぁ、ワタシがアナタに来てもらうためにぃ、幻覚を見せたのぉ。ほんとは皆ぁ、まだエントランスにいるよぉ?」
「……え?」
唐突に告げられた言葉に、エミールはよく意味が分からずに固まる。
薄暗い部屋に目が慣れだしたエミールは寝ている女の顔をよく見る。
女は見たところ10代前半の少女で、そのブロンドの髪が地面に広がっている。その長さは彼女の身長の倍ある。
彼女の目はエミールを見据えているが、それはどこか朧気で焦点があっておらず、エミールは本当にこちらを見ているのか判然としなかった。
「久し振りだねぇ、エミール。最後にアナタと会ったのは社交界を抜け出したあの時以来かなぁ?」
「は?」
相変わらず寝転びながら、少女は親し気に笑みを浮かべた。
しかし、エミールはきょとんとして首を傾げる。
少女が言っていることに覚えが全くない。エミールは社交界なんか出たこともなければ、そもそも少女とは初めて遭遇した。なのに名前を何故か知られているし……彼女の言っていることの意味が、エミールにはまるでわからない。
「――――あぁ、ごめんごめん。初対面かぁ。それに今のはアナタじゃなくてウェイダルの方だったぁ。こうしているとぉ、名前と顔と記憶が一致していなくてぇ……えっとぉ、アナタに関する記述はぁ……こっちかぁ」
そういうと少女は壁に細かく刻まれた文字を読みだす。
数十秒間黙々と読み続ける彼女を眺めながら、エミールは困惑する。
しかし、勝手に部屋を出て行ってやろうという気にはならなかった。
彼女が持つどこか不思議な雰囲気が、どうにも気になったからなのかもしれない。
「泣かないで」
「……? え?」
「一人ではないよ。だから、泣かないで」
少女はうわごとのように、優しさに満ち満ちた言葉をエミールにかける。
だが、エミールにはその意味が分からない。
「――――そっかぁ、アナタはまだこれからだもんねぇ」
「これから?」
「うん。全部これからぁ」
少女はずっと、ふわふわとした言葉を述べ続ける。
その意味は相変わらずエミールにはわからない。しかし彼女の言動がただの妄言には見えない。
理解しようとエミールは彼女を観察していると、少女は懐から紙を一枚取り出し、それをエミールに向けて差し出した。
「書庫に行ってこの3冊を貰ってぇ。ワタシがアナタにしてあげられるのぉ、それくらいだからぁ」
「書庫……?」
「大丈夫ぅ。アナタは絶対に辿り着くよぉ。司書には『ノルンがこれをあげろと言ってた』って言ったらぁ、すぐにくれると思うよぉ」
その紙には『バッファーの心得』『ヨルムンガンドの記』『禁呪ノ書』という、恐らく本のタイトルであろう3つの題が記されていた。
「これは……?」
「エミール今は無能だからぁ、これ読んで勉強してぇ、強くなるのが必要なんだよぉ」
「む、無能……」
優しげだった少女の苛烈な言葉に、エミールは少し傷付いた表情を浮かべる。
「大丈夫、無能でも生きてる意味はきっとあるよぉ」
「あ、無能であることにフォローはないんだ……」
エミールは肩を落とす。
少女はそのエミールを見て笑みを浮かべていた。
だが突然、少女が身体をびくりと震わせると、浮かべていた表情を無色透明なものにした。
「――――」
「……え? ちょっと、大丈夫?」
その問いかけに答えは無い。
少女は体が固まって動かない。少女の瞳からハイライトが失われ、虚空をただ見つめていた。
声を掛けても目の前で手を振っても反応がない。
少女の見る世界にどうやらエミールは映っていない。それがエミールには不気味に映った。
「…………じゃ、じゃあ……僕はこれで……」
そう言って、エミールは少女の部屋を後にした。
(……変な子だったな)
これまでの出来事をその一言で片づけ、エミールはエントランスに戻ろうと考え、歩き出そうとする。
――――だが。
「あれ……? どっちだっけ?」
少女が出していたという幻影についてきただけのエミールは、自分がどちらから来たのかすら忘れていた。
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