その43

R38基地(ホルモン・スモーク)屋根 星川合衆国陸軍 3/75Rangerアルファ中隊の一部


「ラジャー」上沼大尉は、ブルー・ドラゴン司令部からの指示を受け取ると、無線機のマイクを通信兵に返して屋根に降りた全員を集めた。

「いいか! これからリザーブ・パラシュートを使って2階に降下する。ジャンプする場所はここだ!」上沼大尉は、暗がりにシルエットだけが浮かぶ換気口を指差した。

「ヘリじゃないんですか」ひとりの兵士が質問した。

「ヘリが来るのは早くて1時間半後だ。すでに下では激しい戦闘で仲間は限界に近づいている。すぐにでも降りて加勢しなきゃならない。仲間を見捨てるわけにはいかない。俺は行く。この高さからリザーブで降りるのは危険だ。しかも、下からはじゃんじゃん撃たれるだろう。それでもオレと一緒にジャンプしてくれるか?」

レンジャー隊員は一人残らず一斉に「フーア」と叫んだ。

レンジャー隊員でないNEST(星川エネルギー省核緊急支援隊)専従員・笠原海軍少佐と2名のCCT(戦闘統制員)は、叫ぶ代わりに大きく、そして力強く頷いた。

「それでは、脱ぎ捨てた装備を回収して5分後に集合だ。急げ!」


隊員が装備の回収に散るなか、上沼大尉は笠原少佐を呼び止めた。

「笠原少佐、一緒に来てもらえますか。司令部が言うには、この辺のどこかにこの換気口の蓋を動かすスイッチがあるはずだと言うんです。部下にはここからジャンプすると大見得を切ったんですけど、肝心なこの蓋を開ける方法が分からなくて。一緒に探してください」

「問題ないよ」笠原少佐はそう言いながらミサイル発射口を見上げた。

「この換気口みたいなやつはミサイルの発射口だそうです。2階の部屋からミサイルを発射して、ここからミサイルが外に出るのだと司令部は考えています。ここの蓋を開けるスイッチは2階のどこかにあるはずですが、この蓋の付近にもスイッチがあるはずなので、それでこの蓋をあけろとの指示なんです」

「なるほど。司令部の考えにも一理あるね。2階から遠隔操作でこの蓋を開けるとなると電動モーターしかないな。どこかにモーターと電力を供給する配線があるはずだ。まずは配線から探そう。一番見つけやすい」

二人は配線を探した。

「あったぞ。これだ」上沼大尉が配線を探そうとしたとたん笠原少佐が配線を見つけた。

笠原少佐が配線を目で辿ると、その先にコンクリートに埋め込まれた鉄の扉を発見した。

二人は走って鉄の扉の前に来ると、上沼大尉がドアのハンドルを回した。

「くそ! 鍵が掛かっている。ちょっとどいてて下さい。銃で鍵を壊します」上沼大尉は銃に手を掛けた。

「まってくれ、急いでいるのは分かるが銃弾で中の制御機器が壊れちまったら元も子もない。鍵を開けるから少し待ってくれ」笠原少佐はそう言って防弾ベストにつけたポーチからピッキング道具を出して鍵を開け始めた。

「核兵器は鍵の掛かったケースに入っていることが多いんでね。これも商売道具の一つさ」

カチッ

「開いたぞ」笠原少佐はドアノブを回して鉄の扉を開けた。中は鉄の蓋を動かす制御盤だった。

「やはり制御盤だ。司令部の言うとおりだったな。さあ、電源を入れて動かそう」笠原少佐がスイッチに手を掛けようとした。

「まって下さい、笠原少佐。できればジャンプの直前に開けたいです。敵に気付かれたくありません。でも、肝心なときに開くかな」

「うん。わかった。では電源だけ入れてみよう」笠原少佐は電源スイッチを入れた。

制御盤のスイッチにライトが灯った。

「これならいつでも開くはずだ」

「本当ですか?」

「あぁ、100ドル賭けてもいい」笠原少佐はにやりと笑った。

「約束ですよ」上沼大尉もにやりと笑った。

「それにしても、屋根に降りたり、蓋の開け方も知らなかったり。私はくそったれ指揮官ですね」

「いや、私は君に感心しているんだ。さっきだってみんなの心を一つにまとめていたじゃないか。私もグッときたよ。私にあんなまねはできない。それに屋根に降りたのは君の責任じゃない。この蓋の動かし方だって電気関連の専門知識があってのことだ。部下を失ったりいろいろあったかもしれないが、それは後で考えることだ。いまは君の仲間を救うことが第一じゃないのか。それと私を核弾頭のところに連れて行くのもな」

「ありがとうございます。そうですね。じゃ、装備を着けに行きましょう。必ずあなたを核弾頭に案内しますよ」

「頼むぜレンジャー・キャプテン」

いい若者だ。笠原少佐はそう思った。




R38基地(ホルモン・スモーク)2階 香貫公国R38基地 司令部掩体壕


「スロープから降りてきたのは1個中隊半といったところです。さすがに何の遮蔽物もないところを3メートル近くも突撃してくることはないでしょうから、迫撃砲を準備してから攻撃してくるはずです。向こうの準備が整う前に仕掛けましょう。攻撃するなら今です」青木中佐の進言に堀内少将は頷いた。

敵のレンジャー部隊は2個中隊のうち1個中隊半を部屋に侵入させ、残りでスロープから援護させるつもりだろう。問題は敵の迫撃砲と榴弾砲を積んだ車両だ。これが部屋に侵入すると我々の身動きが取れなくなる。その前に接近戦に持ち込まなければならない。今、部屋に侵入してきた敵を排除すれば実質的に敵の攻撃力はなくなる。堀内少将は、もう一度藤井中佐と青木中佐に頷いた。

藤井中佐と青木中佐も頷き返した。今なら勝てる。




R38基地(ホルモン・スモーク)2階廊下 星川合衆国 3/75Ranger(レンジャー第3大隊)


スロープで監視する下田大尉は、南側の部屋に侵入したブラボー中隊のレンジャー隊員が、崩れた掩体壕の陰で銃口を核弾頭保管格納庫に向けるのを確認すると、CCT・柴田一等軍曹を呼んだ。

「待機中のCAS(近接航空支援)はあるか?」

「クラスターを積んだF-14が2機、上空で待機しています。このほかに、北側の部屋と廊下を仕切る壁の攻撃に1000ポンドを積んだF-14が4機来ます」

「核弾頭保管格納庫に1000ポンドを落とすわけにはいかん。クラスターしかないな。クラスターを積んだやつは、部屋の中に入って核弾頭保管格納庫にいる敵を追っ払ってくれるのか?」

「ええ、さきほどA-FACと話したんですが、部屋への侵入から少なくとも爆弾を投下するまでは地上部隊の支援が必要だと言ってました。それさえ支援してもらえば、危険でも部屋に侵入して何でも落としてくれるそうです」

「恩に着る。81ミリを部屋に侵入させたらブラボー中隊に攻撃を命じる予定だ。だが、3メートルほど遮蔽物がない区間を移動させないといけない。その時に航空支援が必要だと言ってくれ。それと、あまり低く飛ぶと迫撃砲にあたるから気を付けるようにとな」

「ラジャー」柴田一等軍曹は、A-FACと連絡をとるためスロープを下がっていった。

下田大尉は、航空機の攻撃終了後、上沼大尉らに屋根から降下してもらうことにした。こうすれば敵の攻撃は分散され、両中隊の被害を減らせる。その前に81ミリを部屋に侵入させなければならない。下田大尉は、無線機を操作して大隊迫撃砲班長を呼び出した。

この勢いに乗じて攻撃すれば勝てる。下田大尉は、そう考えた。




R38基地(ホルモン・スモーク)2階 香貫公国R38基地 司令部掩体壕


ホルモン・スモーク南側の部屋中央部、床に描かれた円の東側に斜めに傾けた鉄板が3台設置されていた。本来、この鉄板は円に沿うように15台設置されていた。この鉄板の目的はTELから発射されるミサイルのジェット噴射を上方に逃がすためのものである。

だが、12台の鉄板は、基地の防御態勢構築の材料として使われたため、残っているのは東側の3台だけだった。青木中佐ら東側から回り込む空挺隊員たちは、その鉄板を遮蔽物として使いながら大きく回りこんで攻撃する計画だった。

正面と、敵左翼への攻撃により敵の対応は2分される。

「アトホート!」空挺隊員の先頭に立って青木中佐が走り出した。

「アトホート!」AK-74を抱えた藤井中佐も正面の敵に向かって走り出した。

彼らの後ろから107ミリ迫撃砲の発射音が聞こえ始めた。




R38基地(ホルモン・スモーク)屋根 星川合衆国陸軍 3/75Rangerアルファ中隊の一部


「準備はできている。いまジャンプするからまってろ!」上沼大尉は、下田大尉との無線通信を終えると台の上で降下準備をしているレンジャー隊員に向かって言った。「今から降下する! 蓋を開けろ!」

鉄の蓋を動かす制御盤に配置されたレンジャー隊員がスイッチを押した。

鉄の蓋はゆっくりと動き出した。

「いったいどうしたんです?」第1小隊長・桜井中尉が尋ねると、上沼大尉は手信号で待てと命じ、続いて自分の耳を突いた。無線を聞いてくれという合図である。

「聞いてくれ、敵が先に攻撃してきた。迫撃砲の支援を受けて正面と左翼から攻めてきている。このままではブラボー中隊が危ない。今すぐ降下する。真下に敵がいることになるぞ。すぐに戦闘になる。各部準備はいいな?」

上沼大尉の問いに桜井中尉と大谷先任曹長は「準備完了」と、報告した。


これから降下するレンジャー隊員は台の上で2列に並んでいた。それぞれの先頭には上沼大尉と大谷先任曹長がいて、鉄の蓋が開くのを待っていた。

「いいか! 絶対にリザーブのリリースハンドルを持ってジャンプするんだぞ! ジャンプしたら“1001”、“1002”、“1003”と数えてリリースハンドルを引け! いいな! おい! そこ! リリースハンドルを右手で持て!」大谷先任曹長は大声で怒鳴った。




R38基地(ホルモン・スモーク)2階南側の部屋 星川合衆国海軍 F-14D


南側の部屋に侵入したVF―51のF-14Dは、急旋回を終えると機体を水平にして4発のクラスター爆弾を核弾頭保管格納庫の回りに投下した。

クラスター爆弾を投下して身軽になったF-14Dは、室内モードに設定したフレアによる火の玉をばら撒きながら廊下に抜けていった。その後を9K38対空ミサイルが追ったが、部屋の入り口付近の壁に当たって爆発した。

次に南側の部屋に侵入したVF―51のF-14Dは、最初のF-14Dほど幸運ではなかった。南側の部屋に侵入したとたん9K38対空ミサイルに狙われたF-14Dは、クラスター爆弾を投下する前に撃墜された。

二人の搭乗員はミサイルの爆発直後に脱出し、南側の部屋に二つのパラシュートが開いた。操縦する者がいなくなったF-14Dは、壁に激突して爆発した。


航空機による攻撃が終わった。

脱出したF-14Dの搭乗員を吊り下げた二つのパラシュートに加えて、レンジャー隊員を吊るしたパラシュートの花がホルモン・スモーク南側の部屋に咲いた。




R38基地(ホルモン・スモーク)2階 香貫公国R38基地 司令部掩体壕


爆風の衝撃で呼吸が苦しくなった堀内少将は、声を絞り出すように言った「被害は?」

「今、報告が入ってきています。迫撃砲班、異常ありませんが、迫撃砲弾の集積場所に直撃弾を受けました……この爆発音がそうだと思いますが、集積してあった迫撃砲弾が全滅の場合、迫撃砲弾はあと4発しかありません……各部、負傷者4名、死亡なしです」司令部通信将校が答えた。

「わかった。ありがとう」堀内少将が覗くNVGには、今では匍匐で前進する藤井中佐の中隊と、鉄板から鉄板へと隠れながら前進する青木中佐の中隊が映っていた。彼らが敵に接触するまで迫撃砲弾がもってくれればいいが。

堀内少将はそう考えながら、先ほど撃墜した攻撃機の搭乗員が吊るされたパラシュートを見た。ゆらゆらと揺れながら降下するパラシュートが2個、二人乗りの攻撃機だったのか。いや、その横にもパラシュートが、その上からも無数のパラシュートが降りてくる。

これは一体。堀内少将はさらに上を眺めた。そこには、開け放たれたミサイル発射口から飛び降りるパラシュートがあった。飛び降りた人影からはパラシュートが引き出され、続々と人が屋根から降りてくる。敵の一部が屋根に降りたとの報告を受けていたが、その敵が、いま降下している。このままでは青木中佐の後方に降下することになる。まずい。堀内少将は無線で青木中佐に伝えた。

「パーン」今度は、藤井中佐らが進む方向から爆発音が響いた。

この爆発音は、下田大尉が急遽南の部屋に送ったRSOVのMk19(自動擲弾銃)によるものだった。Mk19の射程はスロープから核弾頭保管格納庫までは届かないが、藤井中佐らの攻撃隊は射程内だった。

「あの擲弾を発射した車両を攻撃しろ」堀内少将が迫撃砲班に命じた。

迫撃砲班は、残り少ない砲弾を使ってRSOVの頭上に鉄の雨を降らせた。

RSOVは爆発した。その代わり迫撃砲班が撃つ砲弾もなくなった。

堀内少将は唇を噛みしめながら考えた。藤井中佐の中隊は被害が大きい。このままでは攻撃が頓挫してしまう。攻撃を終わらせるわけにはいかない。必死に戦う藤井中佐のためにも。そしてなによりも犠牲になった多くの部下のためにも。私も行って戦おう。そして勝つ!

そう決断した堀内少将は、瓦礫の隙間にあったAK-74を手に取ると、「正面から攻撃をかけた我々の同志は危機に瀕している。私はこれから彼らのもとで共に戦う。戦えるものは銃をとり私に続け!」と言って藤井中佐らのもとに向かって走り出した。

司令部掩体壕を護っていた10名ほどの空挺隊員も堀内少将に続いた。その後ろからは、いまや無用の長物と化した迫撃砲を操作する基地警備兵もAK-74を抱えて走っていった。




R38基地(ホルモン・スモーク)周辺空域 香貫公国空軍“青鷹”編隊、“白バラ”編隊


堀内少将が藤井中佐らのもとに向かって走り出したころ、“青鷹”編隊5機のMiG-31Mと、“白バラ”編隊8機のSu-27SMが井崎コロニーを離陸して攻撃に向かった。攻撃目標はR38基地周辺の敵航空機と廊下にいる敵地上兵力。R38基地周辺空域に留まる時間は10分。攻撃後、13機の戦闘機はA57基地に戻る計画だった。

13機の戦闘機は井崎コロニーを出ると南西に針路をとり、BSHを維持して鈴川を目指した。

鈴川に達すると、13機の戦闘機は川の流れに沿って針路を南にとり、さらに高度を下げて水面すれすれを川岸の草に隠れるように飛んでR38基地を目指した。

小田急の橋の下を通過したところで“青鷹”編隊は上昇を開始して、レーダーを作動させた。

「捜索レーダーの発信源は探知できません。レーダー有効範囲のあと2キロほど先だと思います。R38の付近に9の目標を探知」“青の1番”のWSO・古川大尉は9個の目標から脅威の高い目標を5つ選んだ。

「列機に目標を指示して2発ずつ発射したらBSHに降りるぞ」

“青鷹”編隊長・長沢中佐の命令に従ってR-37空対空ミサイルを2発ずつ発射すると、鈴川の水面すれすれまで降下していった。

中間誘導をしないR-37空対空ミサイルは、コンピュータが計算した予想位置に向かって飛んでいったが、ミサイル自身が内蔵するレーダーで探知できる範囲に目標はいなかった。

ミサイルはむなしく直進し、消えていった。

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