その42
R38基地(ホルモン・スモーク)2階 香貫公国R38基地 部屋側の壁付近
部屋側の壁に空けられた穴から負傷した兵士が続々と出てきた。暗くても石膏ボードの細かい粉で全身が真っ白になっているのがわかる。
その穴の横では、臨時の救護所を造る工兵の怒鳴り声と、衛生兵に処置を指示する軍医の大声が響いていた。
「司令官、損害はステナに配置した兵力の70パーセントになります。足場もすべて崩れたので、ステナからの攻撃は不可能です」穴の中に入って状況を確認してきた藤井中佐の顔も真っ白になっていた。
穴の近傍で救出作業を見つめる堀内少将は黙って頷くと、隣に立っている第331親衛パラシュート降下連隊第1大隊長・青木中佐に向かって「予備の1個小隊をここの救出に当たらせてくれ」と命じると、陣地に向かって歩き出した。
これほど早くステナが崩壊するとは思わなかったが、損害は想定内だった。この戦いは損害の多さに耐えられなくなったほうが負ける。そうは思っても傷ついた部下を見るのはつらい。できる限り損害を減らし、敵には出血を強要するよう考え抜かなければならない…………いやいや、私は何を考えているのだ。傷ついた部下に思いを寄せるのは後だ。堀内少将は伏せ気味だった顔を上げた「迫撃砲の予備陣地をあの壁際にも設定しよう。廊下を監視するカメラはまだ生きているな」
「先ほど確認したときは、あと4台作動していました」
「よし。敵をスロープに引き付けてから攻撃再開だ」堀内少将の身体に流れる野戦指揮官の血が再び蘇った。
R38基地(ホルモン・スモーク)2階廊下 星川合衆国 3/75Ranger(レンジャー第3大隊)
“チョップスティック・デルタ・フライト”のC-130J 2機が滑走路に進入すると、後部のランプから巨大なパラシュートが開き、そのパラシュートに引っ張られてパレットに載せられたHMMWY(ハンヴィー:高機動多用途装輪車両)、RSOV(レンジャー特殊戦車両)、そして補給物資が機内から滑り出た。
胴体が滑走路に接触しそうなくらい低空で空中投下した2機のC-130Jは、その高度を保ったまま廊下を抜けていった。
壁に対する爆撃直後の混乱をついておこなった空中投下は成功だった。2機のC-130Jを追う対空ミサイルはなかった。
「本部車両班とブラボー2(ブラボー中隊第2小隊)は投下物の回収に向かえ。上級曹長、チャーリー中隊から1個小隊出させてスロープ付近の偵察、アルファ2(アルファ中隊第2小隊)には壁沿いを調べさせろ。いいか、敵はいろいろな奇策を出してくる。油断するな」
下田大尉の命令を受けたレンジャー隊員は行動を開始した。
最初に行動を開始したのは、アルファ中隊第2小隊だった。
アルファ中隊第2小隊は、分隊ごとに間隔をとって崩れた壁に走っていった。その先頭には背は低いが、がっしりとした体格の小隊長・中川少尉がいた。
下田大尉は、NVGで短い手足をバタバタと回しながら走る中川少尉を見ると、口元を緩めて呟いた「アルファ中隊の暴れん坊が出撃だ」NVGを通して見ても特徴的な体格から中川少尉だとわかる。
アルファ中隊第2小隊は、壁に近づくと走るのをやめ、崩れた壁の破片を避けながら音を立てないよう静かに壁に向かった。
壁は、1メートルくらい下側が崩れていたが、壁の土台となる木枠は壊されずに残っていた。このため、廊下側の崩れた壁とその内側の隙間の間には高さ3センチの木枠があり、この木枠がアルファ中隊第2小隊と救出作業をおこなう香貫軍とを隔てていた。
「ブラボー6、アルファ2、壁に到達。敵からの攻撃はありません。壁の内側から声が聞こえますが、救出作業をしているようです。救出作業が終わるまで攻撃を受ける可能性は低いんじゃないでしょうか。壁の土台が邪魔ですが、グレネードで攻撃を開始します」中川少尉の報告を受けた下田大尉は、再び口元を緩めた。攻撃しようとする精神は立派だが、今はその時ではない。
「アルファ2、ブラボー6。攻撃待て。攻撃待て。まだスロープ付近の状況がわからない。われわれの当面の目標は、スロープを確保することだ。南側の部屋に入る手段を確保することが第1優先だ。RSOVが来るのを待って攻撃を開始する。それまで待機しろ。攻撃を受けた場合に避退できる場所を確保して、もう少し散開しろ。いいなアルファ2」
「アルファ2、ラジャー」
下田大尉が中川少尉との通信を終えると、チャーリー中隊長・沢田大尉が下田大尉を呼び出した。「ブラボー6、チャーリー6、スロープは所々小さな穴が開いているが、強度に問題なさそうだ。爆薬を仕掛けた形跡もない。RSOVはどのくらいで準備できるんだ?」
沢田大尉の質問に大隊本部の車両班長が答えた「2台ともあと15分。梱包は取りました。現在、RSOVにMk19(自動擲弾銃)を取り付け中です」
それにしても、やけに静かだな。これ以上スロープに集合させるのはやめて、まずはMk19と60ミリ(M224迫撃砲)でジャブを撃とう。下田大尉はそう考えた。
長いようで短い15分がたち、2台のRSOVがスロープの手前に到着した。RSOVの後部では射手と装填手が射撃準備を始めた。
ところが、先に香貫軍が攻撃してきた。
ヒュー、ヒュー、ヒュー、香貫軍の82ミリ迫撃砲弾が発する音が聞こえた。
スロープの周辺の各所からレンジャー隊員の「伏せろ!」との声が響いた。
2台のRSOVの運転手もRSOVを急発進させた。後部で射撃準備をしていた射手と装填手は、振り落とされないよう必死で近くのものにつかまった。
3門の香貫軍2B9自動迫撃砲からは、連続して4発の82ミリ迫撃砲弾が発射された。合計12発の迫撃砲弾は、チャーリー中隊のレンジャー隊員7名を戦闘不能にし、1台のRSOVを破壊した。
「チャーリー6、迫撃砲が次の発射位置につく前にスロープを離れろ」下田大尉は沢田大尉に命じると、大隊迫撃砲班長を呼び寄せた。「今のは80ミリくらいだろ」
「82ミリの自動迫撃砲でしょう。その場合、奴らは3門の82ミリから撃ったことになります」
「発射位置は特定できるか?」
「だいたいの予想はつきますが、すでに移動していますよ」
「それは分かっている。部屋はそんなに広くない。射界だって限られている。迫撃砲の発射に適した場所は特定できるはずだ。その場所も多くはない。そこでだ、敵が迫撃砲を撃ってきたらタイミングを見計らって、迫撃砲が移動すると予測した場所にこちらの81ミリをお見舞いするんだ」
「無駄弾はでますが……いいでしょう。どちらが先に潰れるか。競争ですね」大隊迫撃砲班長は胸を張った。
R38基地(ホルモン・スモーク)2階廊下 星川合衆国 シールズ
島崎大尉は掩体壕の陰に隠れると、隣の江見1等兵曹に話しかけた「江見! 今の攻撃、やけに正確じゃないか? タイミングといい攻撃地点といい」
「言えてますね。おい、重岡、敵が見張れそうな場所を探せ」
シールズの隊員は監視所を探した。
「あったぞ、カメラだ。中央の柱に2台」見つけたのは江見1等兵曹だった。
「こっちにもあった。部屋の入り口の南側の柱」重岡2等兵曹が言った。
「さすが狙撃チームだな。やれるか?」
「おまかせあれ。3台とも潰してやる」江見1等兵曹はスナイパーライフルMK13を手に取った。
島崎大尉は、江見1等兵曹の射撃を見届ける前に下田大尉のもとに這っていった。どうせ江見のことだ。全部1発で仕留めるさ。
「下田大尉、敵の迫撃砲が正確だった理由が分かったぞ。カメラだ。あそこの柱に3台あった。ほかにもあるかもしれない。探させてくれ」
島崎大尉の背後でMK13の射撃音が聞こえた。その射撃音は3回で終わった。
R38基地(ホルモン・スモーク)2階 星川合衆国 3/75Ranger(レンジャー第3大隊)
大隊迫撃砲班長は、香貫軍の迫撃砲部隊との競争に勝った。
当初、香貫軍はカメラの助けを借りて正確な射撃をしてきた。だが、カメラが潰されて正確な射撃ができなくなった。このため、香貫軍は観測員をスロープに送ろうとしたが、RSOVのMk19から放たれる擲弾によって阻止された。
その後は、お互いに相手の迫撃砲陣地を推測して攻撃し合った。最終的には、スロープに観測員を配置することに成功したレンジャーによって香貫軍の迫撃砲陣地は特定され香貫の迫撃砲は破壊された。
スロープの頂上で南側の部屋にある香貫軍の配置を確認した下田大尉は、伏せたまま後ずさって部下が集まって伏せている場所に戻った。彼の後方からは、香貫軍をけん制する迫撃砲の発射音が響いている。
「6か所ある掩体壕をジャペリン(対戦車誘導ミサイル)で一つずつ潰していくぞ。各中隊の武器小隊は、それぞれ2発ずつジャペリンを撃つ。それに先立って大隊迫撃砲班が支援射撃をおこなう。タイミングとしては迫撃砲の発射があったらジャペリンの照準を合わせろ。その間、第1小隊が支援射撃をおこなう。これを2回繰り返す。質問はあるか?」下田大尉は、迫撃砲の音に負けない大声で言った。
質問はなかった。
「5分後に開始する。行け」下田大尉の命令を受けたレンジャー隊員は持ち場に散っていった。
5分後、迫撃砲の一斉射が始まった。
ジャペリンの射手は身体を起こすと掩体壕に狙いをつけた。
掩体壕の中にいる香貫軍の兵士は、この激しい射撃が掩体壕を潰すためのものだと分かった。
南側の部屋で守備につく香貫の兵士は、ほとんどが第331親衛パラシュート降下連隊第1大隊の空挺隊員である。自分たちの掩体壕が潰されるのを手をこまねいて待っている空挺隊員などない。迫撃砲の破片や銃弾が飛び交うなかでも、空挺隊員はスロープの上に姿を現したジャペリンの射手に向かって射撃をおこなった。
4発のジャペリンが掩体壕に向かって飛んでいった。ダイレクトアタックモードに設定されたジャペリンは、掩体壕に衝突すると爆発して掩体壕をコンクリートの瓦礫に変えた。ジャペリンの射手4名中3名は、その光景を見ることなく戦死した。
銃撃を受けて倒れたジャペリンの射手はスロープの下に降ろされ、ジャペリン操作の経験を持つ別のレンジャー隊員がジャペリン発射機をとった。
2回目の迫撃砲一斉射が始まった。
ジャペリンは残りの掩体壕もコンクリートの瓦礫に変えた。
崩れた掩体壕からは、からくも生き延びた香貫の空挺隊員が数名、奥の掩体壕に向かって走っていった。
スロープの正面にある掩体壕からの射撃はなくなった。
スロープの頂上で腹這いになった下田大尉は、武器小隊の安井2等軍曹を呼んだ。武器小隊長は戦死したため、ブラボー中隊武器小隊の指揮は安井2等軍曹がとっていた。
「安井、部屋の奥にある建物が見えるか。あの建物が核弾頭を収めた格納庫だ」
「やっとお目にかかれましたね」安井2等軍曹は核弾頭保管格納庫を確認すると頭を伏せた。敵の狙撃兵に頭を撃ち抜かれるなんてまっぴらごめんだぜ!
「あの格納庫の上に2か所、格納庫の手前に1か所、合計3つの掩体壕が見えるはずだ。あれをジャペリンでやれ」
安井2等軍曹は目標を確認すると「フーア」と言ってジャペリンの射手が待機するスロープの中間まで這って行った。
核弾頭保管格納庫にある掩体壕に向かってジャペリンが1発ずつ間隔をおいて発射された。
ジャペリン発射時に発生する後方へのジェット噴射のため、間隔をおいて発射する必要があったのである。
3つの掩体壕は下田大尉の希望どおりコンクリートの瓦礫となった。だが、瓦礫の中に人影はなかった。ジャペリンの威力を知った藤井中佐の指示で、攻撃を受ける前に掩体壕の後ろに避退していたのである。掩体壕に配置されていた香貫の空挺隊員に被害はなかった。次は俺たちが攻撃する番だ。スナイパーライフルSV-98を構えた第331親衛パラシュート降下連隊第1大隊の狙撃兵は、不用意にスロープ上に頭を出した敵を撃っていった。
R38基地(ホルモン・スモーク)2階 香貫公国R38基地 司令部掩体壕
ジャペリンによって瓦礫となった核弾頭保管格納庫前の掩体壕は司令部の掩体壕だった。
その瓦礫の裏で4名の将校がこれからの方針を検討していた。
第331親衛パラシュート降下連隊第1大隊長・青木中佐は無線機を置くと言った「今、再編成していますが、戦える兵力は2個中隊に毛が生えた程度です。ですが敵も同様です。今のところスロープで釘付けにしていますが、このままではらちがあきません。敵を部屋に誘い込んで接近戦に移行しましょう。そうすれば敵に残っている迫撃砲は使えなくなります。空からの攻撃も受けない。私が第1中隊を連れて東側から回り込みます。挟み撃ちにすれば勝てます」
「……あなた方が移動を開始したら、1門残っている107ミリ(迫撃砲)で援護しながら私も敵に向かっていきますよ」藤井中佐の言葉に青木中佐は力強く頷いた。
「わかった。それしかあるまい。青木君、君の中隊を一つ借りるぞ。藤井君に指揮をとってもらう。」堀内少将は、そう命じるとの肩に手を掛けた。
「高井君、君は救護所を護ってくれ。戦いで傷ついた仲間を護るのだ」
「わかりました」高井大佐は何度も頭を上下に振った。
ホルモン・スモークでの戦いは、ほぼ互角の戦力で最後の決戦を迎えようとしていた。
星川合衆国海軍 原子力航空母艦<カール・ビンソン>(CVN-70)ブルー・ドラゴン司令部
「あっ」酒匂海軍軍令部情報幕僚・北川少尉は突然大声をあげた。
「いきなりびっくりするな。いったいどうしたんだい」北川少尉の隣で報告書の束を持った横山少佐が言った。
「ちょっと待ってください」北川少尉は、幕僚が作戦立案の参考に使う便覧のページを急いでめくると「あった」といって便覧の一部を指差した「これです。これ。予備傘です」
「落下傘で降下する兵士がつける予備の落下傘だろ。それがどうしたんだ?」
「これで2階に降りるんですよ」
「屋根から降りても2階の廊下なんかに降りられないぞ」
「それがあるんです。この写真を見てください」北川少尉は2枚の写真をテーブルに置いた。1枚目の写真はホルモン・スモークを真上から撮った写真だった。
「屋根のこの部分を見てください。台があって、換気口の蓋みたいなのがありますよね」北川少尉は、次に2枚目の写真を指差した。2枚目の写真は、レンジャーが高感度カメラで撮影したホルモン・スモーク2階南側の部屋の写真だった。
「ここにうっすらと床に円が描かれているのが分かりますか」
「あぁ」
「私は、ずっとこの基地には足りないものがあると思っていたんです。何が足りないか分からなかったのですが。それが、レンジャーが撮ってくれた写真を見て気が付きました。足りなかったのは核ミサイルを発射する場所だったのです。この円の中心にTELを移動させて、屋根の換気口みたいなやつを開ければ、そこから核ミサイルを発射できます。換気口の真下が円の中心です。ここ以外にホルモン・スモークで核ミサイルを発射できる場所はありません。屋根の換気口を開ければレンジャーをここから……」
横山少佐は、北川少尉の説明を最後まで聞かなくても分かった。でかした! 北川少尉
「司令官に説明だ。行くぞ。写真を持ってきてくれ」横山少佐は、北川少尉を伴って岸本中将のもとに向かった。
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