その41

R38基地(ホルモン・スモーク)屋根 星川合衆国陸軍 3/75Rangerアルファ中隊の一部


上沼大尉は、第1小隊長・桜井中尉に屋根の偵察を命じた。

屋根に降りてしまったことの報告は終わっていて、ブルー・ドラゴン司令部からは「ヘリで2階に下ろす。既にシールズをホルモン・スモークに移送するヘリが出発しているので、シールズの移送が終わりしだい君たちを2階に下ろすので待機せよ」との命令を受けていた。

「くそ! レンジャーよりシールズが先か!」上沼大尉は、そう思ったが、まずは屋根の安全確保が先決だ。特に気になる屋根南側にある長方形の台を調べるチャーリー・チームに同行しよう。上沼大尉は、そのチームの後ろについて歩き始めた。

チャーリー・チームがコンクリートで造られた台の角を曲がると、対レーダー・ミサイルの爆風で横倒しになったレーダー管制用バンが現れた。

先頭を歩くチャーリー・チーム・リーダーの広瀬伍長が「待て」の手信号を出した。

彼の視線の先には、偽装網が掛けられた土嚢の掩体壕があった。

赤外線を遮る偽装網によってNVGでは掩体壕の内部まで確認できない。広瀬伍長は、もう少し掩体壕を見ようとバンから顔を出したときだった。

突然、掩体壕から射撃を受け、広瀬伍長は倒れた。

倒れるのと同時に広瀬伍長の体から首が離れて転がった。

土屋特技兵は、銃弾が飛び交う中を広瀬伍長のもとに駆け寄ると、首を拾って、その首を身体に着けようとした。

「ばかやろう!」上沼大尉は、土屋特技兵の襟をつかんでバンの影に引っ張り込んだ。

土屋特技兵は、なおも広瀬伍長を助けようともがいた。

「おい! 土屋! 広瀬は助からん! わかるか!」上沼大尉は、土屋特技兵の両肩を握って揺さぶった。

「広瀬は親友なんです! 今なら(首が)つながる。離して下さい」

「土屋! 広瀬は死んだんだ! ここでお前も死んだら誰がチームを守るんだ! 広瀬でなければお前だろう!」

土屋特技兵はその言葉に、少しずつ冷静さを取り戻していった。


「デルタ56、アルファ6、目標だ、今すぐ頼む。グリッドQ30のど真ん中だ」上沼大尉は、一緒に屋根に降下した武器小隊の迫撃砲班にM224 60ミリ迫撃砲の発射を指示した。

「発射した」迫撃砲班は1発の迫撃砲弾を発射した。

迫撃砲弾は、掩体壕の近くで爆発したが、直撃はしなかった。

「修正射、南1、東0.5」上沼大尉の修正指示によって、もう1発の迫撃砲弾が発射された。

今度は、掩体壕を直撃したようだ。

「効力射、あと2発撃て」2発の迫撃砲弾も掩体壕を直撃した。合計3発の迫撃砲弾による攻撃で、土嚢を積み上げて造った掩体壕は完全に破壊された。掩体壕の中にいた兵士は全員死亡した。その中には、対レーダー・ミサイルの攻撃を生き延びたレーダーの直長と操作員も含まれていた。

屋根での戦闘は終わった。


「メディク!」上沼大尉は、衛生兵を呼んだ。

「さあ、土屋、広瀬を連れて行こう」上沼大尉は、しゃがみ込んでうつむく土屋特技兵の肩をたたいた。

「今度のベテランズ・デイに、広瀬の実家に行くことになっていたんです。広瀬のおやじに二人で敬意を表そうって……広瀬の両親になんて言えばいいんです?」しゃがみ込んだ土屋特技兵は、上沼大尉を見上げた。

「ありのままを話すんだ。広瀬伍長は勇敢に戦ってみんなを守った。誰にでもできることじゃない」

「広瀬は、本当の親友でした」

「そして、立派なレンジャー隊員だった……おまえは、大丈夫か?」

「フーア」土屋特技兵は立ち上がった。

「お前には、広瀬を両親に届ける義務がある。チームをまとめろ。戦いは終わっていない」上沼大尉は、立ち上がった土屋特技兵の装備を直してやった。




星川合衆国海軍 原子力航空母艦<カール・ビンソン>(CVN-70)ブルー・ドラゴン司令部


「届きました」幕僚の一人が岸本中将の前のテーブルに4枚の写真を置いた。

この写真は、A-FAC(空中前線航空統制官)を務めるF-14DのRIO(レーダー迎撃士官)が、デジタル・カメラで撮った画像をE-2D“トング・ノベンバー02”経由で送信したものである。

画質は若干粗いが、高感度カメラで撮った写真は、部屋と廊下を仕切る壁に開けられた穴や壁の質感がわかる写真だった。

「君たちの意見は? 航空機から攻撃できるか」一通り写真を見た岸本中将が、テーブルの前に集まったブルー・ドラゴン司令部の幕僚たちに意見を求めた。

「穴に正対して投下するなら、この程度の穴でしたら爆弾を中に飛びこませることができます。ですが、廊下ではそこまで旋回できません。ロケット弾なら、ある程度できるかもしれませんが、威力が弱く効果は期待できないでしょう」航空幕僚が答えた。

「そうなると、レンジャーが持っているジャペリン(対戦車誘導ミサイル)と、M3(カールグスタフ30ミリ無反動砲)で穴を一つずつ潰していくしかないでしょうな」作戦幕僚の一人が言った。

「ただ、穴の内側はどのような構造になっているかわからない。単に穴を攻撃しただけではダメだ。すぐに復旧される可能性がある。根本的解決にはならない」

「それなら、壁ごと吹き飛ばせないんですか? 壁の材質はなんなんだろう」星川海軍CSG3情報士官・横山少佐は写真を手に取った。

「穴の痕を見ると、石膏ボードのようです。木材よりは崩しやすいですが、通常、室内の石膏ボードにはビニール製のクロスが張られています。吹き飛ばすのは難しいです」工兵隊出身の作戦幕僚が言った。

司令部に手詰まり感が漂った。

「いや、待ってください。こいつは素の石膏ボードだ。クロスは張られていない。司令官、いけます。この壁を崩せます」工兵隊出身の作戦幕僚は、写真の一部を指差して説明をはじめた。「ここを見てください。これは石膏ボードの品名と製造番号です。クロスを張ったボードにもありますが、それは壁の裏側になる部分だけに表示されているものです。壁の表面にこのような表示はありません。確かに表と裏を間違えて取り付ければこうなりますが、間違えればすぐに気付きます。それに穴の周辺にクロスの切れ端は見当たりません」

「壁に爆弾を当てることができれば、壁を崩せるのだな」岸本中将は、工兵隊出身の作戦幕僚が指摘した部分をよく見た。

「はい、そうです。壁の厚さからみて1000ポンド爆弾数発を穴の上に当てれば、その周辺の壁は崩れて落ちるはずです」

「壁に当てるだけなら航空機でも可能か?」

「可能です。ただ、爆弾は投下後徐々に下を向いていきます。ちょうど45度くらいの角度で壁に当たる投下タイミングと、自分が投下した爆弾による損傷を計算して正確な投下タイミングを決める必要があります。F-14は直進しながら横を向いて投下できるので、あまり神経質になる必要はないと思いますが」星川海軍の航空幕僚はそこまで言うと酒匂海軍の同僚を見た。

「横を向いて投下する能力はありませんが、小回りのきく艦上爆撃機も可能です。同じように投下タイミングの計算は必要ですが、1000ポンドはすでに格納庫に揚げてあります。艦爆が着艦しだい給油と搭載をおこないます」

「攻撃の準備ができるまでの間、航空攻撃を継続して敵をけん制します」高須賀大佐の頭の中では構想が出来上がった。

「そうしよう。J-3、君の構想を聞かせてもらおう」岸本中将は、高須賀大佐の表情を見て、彼の頭の中に作戦が組みあがったと判断した。

高須賀大佐の構想は、F-14DとF/A-18Fによる航空攻撃を継続して敵をけん制し、先に準備が整う流星改二によって南側の壁を攻撃、その後、今のところ穴はあいていないが、南側と同じ準備をしていると思われる北側の壁をF-14Dが攻撃するというものだった。

高須賀大佐の構想を聞いた岸本中将は、入江男爵に頷いた。入江男爵も頷き返した。

「では、君の考えを実行に移してくれ」岸本中将の決断を受けて、高須賀大佐は幕僚に細かい指示を与えていった。




R38基地(ホルモン・スモーク)2階 星川合衆国 レンジャー第3大隊本部中隊、ブラボー中隊、シールズ


流星改二の搭乗員を救出に向かったブラボー中隊第1小隊付軍曹・前田軍曹ら5名のレンジャー隊員は、穴からの激しい銃撃により身動きがとれなかった。流星改二の搭乗員は全員死亡していたが、機外に運び出しているのでいつでも連れて行ける。

この激しい銃撃を弱めればなんとか戻れると思う。だが、掩体壕も激しい攻撃に晒されているため、援護は期待できない。「くそっ!」今はジッと伏せているしかない。前田軍曹はそう考えた。


「40分後、ラジャー。通信終わり」崩れた掩体壕に隠れた下田大尉は、無線機のマイクを大隊通信担当軍曹に返した。

「40分後に、あの壁を壊しに攻撃機が来る。なんでも1000ポンド爆弾を壁に当てれば、あの壁は崩れるらしい。だが、その前に前田らを救出しなければならない」

「我々が援護している間に戻すしかないですな」沢原大隊上級曹長は頷いた。

「その前にもう一度クラスターで爆撃を要請する。前田には、爆撃を合図に戻ってくるように伝えろ。我々は爆撃を合図に援護射撃をおこなう。須磨少佐、申し訳ありません。あなた方の攻撃機に生存者はいません。一緒にお連れしたいと思うのですが……」酒匂陸軍特殊作戦群臨時特別分遣隊長・須磨少佐は、下田大尉の言葉をさえぎって言った「死んだ仲間のためにあなた方を危険に晒すわけにはいきません。前田軍曹らの回収を第一に考えてください。お気遣いありがとうございます」須磨少佐は頭を下げた。

「3分後にクラスターを4発搭載したF-14が来ます」CCT・柴田一等軍曹は、早くもA-FACと調整した結果を報告した。

「よし、第1小隊はいちばん北側の穴、第2小隊はその南側の穴が目標だ。クラスターの爆発を合図に撃ちまくれ。前田らを戻すぞ」


1機のF-14Dが突然廊下に侵入すると、クラスター爆弾を立て続けに落として猛スピードで廊下を抜けていった。

クラスター爆弾が破裂すると、中に格納されていた約200個の子爆弾が飛び散ってパン!、パン!と音を立てて爆発した。子爆弾の破片の一部は穴の中にも入り、穴の中にいる香貫軍の兵士たちは一瞬ひるんだ。

「撃て! 撃て!」自らもM4A1カービンを撃ちながら下田大尉は怒鳴った。


「今だ! 走れ!」前田軍曹はそう言うと掩体壕に向かって走り出した。後ろを振り返ると、後の4名も必死に走っているが見えた。

前田軍曹らは掩体壕までの20センチを必死に走った。態勢を立て直した香貫軍の機関銃弾が彼らの後を追った。

前田軍曹らは掩体壕の陰に飛び込んだ。後を追っていた機関銃弾は掩体壕のコンクリートに当たってむなしく跳ね返った。

「無事で何よりだ」堅物だが部下思いの下田大尉は、そう言って前田軍曹らをねぎらった。


穴からの銃撃は激しさを増し、時おりRPG(携帯対戦車擲弾)による攻撃も加わった。

この激しい攻撃の中、サウス・ポストで越智上等兵曹らシールズ隊員4名をピックアップした酒匂海軍のSH-60Kが廊下に進入してきた。

SH-60Kが滑走路で停止する直前、穴から9K38ミサイルが放たれた。

ミサイル警報を受けてSH-60Kの操縦士は前進上昇に移行しようとした。だが時すでに遅く、9K38は回転するメイン・ローターの支柱に激突して爆発した。ちぎれたメイン・ローターは四方に飛び散り、SH-60Kは横倒しになった。

幸い、ミサイルの爆風と破片はメイン・ローターを回転させる強固なギアボックスに遮られたため機内に影響はなかった。

越智上等兵曹ら4名のシールズ隊員とSH-60Kの搭乗員3名は、急いで機内から脱出すると3センチほど離れた場所で身体を伏せた。

「ブラボー・ウッド21、ブラボー・ウッド6、みんな無事か?」越智上等兵曹のヘッド・セットに島崎大尉の声が聞こえた。

「ブラボー・ウッド6、ブラボー・ウッド21、ヘリの乗員を含めて全員無事だ。今からそちらに向かう」越智上等兵曹は双眼鏡を取り出して島崎大尉を探した。

「こっちは壁に開いた穴から激しい銃撃を受けている。間もなく壁を航空攻撃するから、それまでそこで待機しろ」

こりゃあ当分のあいだへりによる輸送はできねぇな。越智上等兵曹はそう思った。




R38基地(ホルモン・スモーク)2階 香貫公国部屋と廊下を仕切る壁


「間もなく進入します」CCT・柴田一等軍曹の報告を聞いた下田大尉は「爆撃が始まるぞ! 伏せろ!」と、部下を伏せさせた。

それぞれ1000ポンド爆弾を1発ずつ搭載した4機の流星改二は、廊下西側の壁に沿うように進入すると、同時に機首を右に振り1000ポンド爆弾を一斉投下した。

爆弾を投下した流星改二は、部屋と廊下を仕切る壁をギリギリでかわすと、壁に沿ったまま出口に向かった。一人の勇敢な香貫軍兵士が9K38ミサイルを発射したが、ミサイルは壁に当たって廊下に落ちていった。

投下された1000ポンド爆弾には遅延信管が取り付けられていた。爆弾は、壁に突き刺さるとスイッチが入り、爆薬を爆発させた。

爆発後、次の4機の流星改二が進入し、先の4機と同じように1000ポンド爆弾を一斉投下して同じように廊下を抜けていった。

部屋と廊下を仕切る壁は、最初に投下された4発の1000ポンド爆弾によって大きなひび割れができたものの、何とか崩れるのをまぬがれた。だが、ギリギリで持ちこたえた壁は、2回目の1000ポンド爆弾による衝撃には耐えられなかった。

崩れた石膏ボードの壁は、壁と壁の隙間に落ちていった。

崩れた壁の破片は、足場で戦う香貫軍兵士を道連れにして落下し、下に落ちた兵士の上に後から落下した壁の破片が覆いかぶさった。

ステナ作戦に投入された兵力は壊滅的なダメージを受けた。一方のレンジャー部隊にとっては、こう着状態を脱する機会を得ることになった。




星川合衆国海軍 原子力航空母艦<カール・ビンソン>(CVN-70)ブルー・ドラゴン司令部


壁への攻撃成果を見届けた横山少佐は、情報幕僚部に与えられたテーブルに戻ると、刻々と入ってくる各部隊からの報告を束ねたクリップボードを手に取って読み始めた。

横山少佐は、報告用紙を何枚かめくると手が止まった。

「北川少尉、これは見たかい」横山少佐は、RC-135W“グリルネット45”がコブラ・ウェーブで報告してきた報告用紙を酒匂海軍軍令部情報幕僚・北川少尉に見せた。

「見ました。1機の燃料がなくなるのでしたら他の機もほぼ同じように燃料がなくなりかけていると思います。このため、報告のあった地点から半径2マイル以内に不審な建物や、不審な行動をとる住民がいないか確認してもらっているのですが、今のところこれといった手がかりはありません」

「たぶん手がかりはつかめないだろうな。この付近は近くに酒匂と東京を結ぶ航空路がある。そんなところに頻繁に出入りする戦闘機用の基地を造るとは思えないんだ。そうなると、この辺に点在するハウス・コロニーの滑走路が怪しいとなるが、この辺にMiG-31が降りられる長い滑走路を備えたハウス・コロニーはあるかな」

「一つだけあります。井崎コロニーです。この滑走路ならジャンボ・ジェットでも降りられます」北川少尉は、地図と作戦状況を重層表示したディスプレイの一点をさした。

「やっぱり井崎しかないか」横山少佐は、腕を組んでテーブル横の椅子に座った。

「そうでしょうか。井崎コロニーからは先ほど急患輸送のC-130が飛び立ちました。井崎コロニーは伊勢原の医療体制や生活向上に貢献するコロニーのようです。そんなコロニーが戦争に加担するでしょうか?」

「表と裏がぜんぜん別物なんていくらでもあるさ。それとも脅されているか。いずれにしろ井崎については調べる必要があるな。私はDIA(国防情報局)の同僚に頼んで急患を運んだC-130の乗員から事情を聞くように要請する。君はなんとか井崎コロニーを偵察する飛行機を調達してもらえないか」

地上戦は、航空支援によって何とか持ちこたえているため、香貫の戦闘機によって地上攻撃が邪魔される状況は避けたい。なんとかして敵の航空基地を発見しなければならない。当面はホルモン・スモークの北側を警戒するように進言しておこう。横山少佐は席を立つと高須賀大佐のもとに向かった。

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