その40

R38基地(ホルモン・スモーク)2階 星川合衆国 レンジャー第3大隊本部中隊、ブラボー中隊


滑走路の中央部に降り立った3/75Ranger大隊長・青柳中佐ら本部中隊の一部とブラボー中隊は激しい銃撃を受けていた。

滑走路沿いにある無傷の掩体壕と、その先にある南側の部屋に通じるスロープ脇にある掩体壕から、絶え間なく銃弾が飛んできた。

沢原大隊上級曹長は、身体をペタンと滑走路に伏せて、前方に見える崩れた掩体壕に向かってじりじりと移動していた。ヘルメットを滑走路に押し付けたまま移動する沢原大隊上級曹長の耳には、ピュン、ピュンと飛んでくる銃弾の音が聞こえていた。

ピュン、ピュンという銃弾の音から、敵が自分を狙って撃っているわけではないと分かっていたが、時おりビシッという銃弾の音も聞こえた。ビシッという銃弾の音は、銃弾が自分に当たるほど近くを通過したときの音だ。「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる。てな」沢原大隊上級曹長はそう呟きながら、ヘルメットを滑走路に押し付けたまま周囲を見渡して崩れた掩体壕に接近する経路を探った。右に移動すれば敵の銃撃は減るはずだ。そう判断した沢原大隊上級曹長は、彼の後方で、やはり滑走路に伏せているレンジャー隊員に向かって「俺について来い。絶対に頭を上げるなよ」と怒鳴ると、再びじりじりと移動をはじめた。

滑走路に伏せて移動する沢原大隊上級曹長の目に、一人の兵士が立ち上がろうとしている光景が映った。暗くて断定はできないが、その兵士は大隊長・青柳中佐だと思った。

青柳中佐としては、この難局を打開するためには指揮官が率先して立ち上がって突撃しなければならないと考えていた。立ち上がって部下に「突撃」を命じる。だが、その突撃は、頑丈なコンクリートに守られた機関銃座に対しておこなうには不適切だった。

青柳中佐は、立ち上がると手に持つM4A1カービン銃を高く上げて「突撃」を命じようとした。その時、敵の銃弾が青柳中佐の額を貫き、次いで右肩を貫いた。青柳中佐はくるりと回転すると、その場に倒れた。

「くそ!」沢原大隊上級曹長は、ギラギラした目の青柳中佐が不安だったが、その予感が的中したと思った。立て続けに将校を失って、誰がレンジャーをまとめて戦えるようにするんだ! 沢原大隊上級曹長は無性に腹が立った。




R38基地(ホルモン・スモーク)2階 香貫公国R38基地 司令部掩体壕


「今のうちに滑走路脇の掩体壕を撤収させてくれ」

堀内少将の命令に「ダー」と応えた作戦担当将校・藤井中佐は通信担当下士官に頷いて撤収の命令を伝達させると、KGB第3総局核防護課の工藤大佐をチラリと見た。

工藤大佐は、無線機の前で腕を組んで立っていた。

「何度も報告したように、あなた方を迎えに来る輸送機とは連絡が取れません。まあ、あなた方が心配なのではなく331(第331親衛パラシュート降下連隊)の空挺隊員が心配なんですけどね。それに滑走路には敵がウジャウジャいます。こんな状況で飛行機なんか降りられません。核弾頭は早いとこしまって下さい。敵を追っ払ったらいつでも持って帰れるんですから……」藤井中佐のけんか腰の発言に、工藤大佐は藤井中佐を睨みつけた。

藤井中佐と工藤大佐は、R38基地防衛に関して意見が合わず、何度もやり合っていた。

しかも工藤大佐は、輸送機の着陸後速やかに核弾頭を機内に収容できるようにと、キャスターに乗せた核弾頭の入ったコンテナをスロープの手前に待機させたままだった。

こいつが来たおかげで基地の防御態勢を整えるのに遅れが生じたじゃないか。藤井中佐はそう考えていた。

「藤井君」堀内少将は、藤井中佐の発言を止めさせると、工藤大佐に向かって言った。

「大佐、藤井中佐の言い方に問題があればお詫びする。だが、藤井中佐の発言にも一理ある。今、スロープの手前に核弾頭を置いておくのは危険だ。いったん核弾頭保管格納庫に戻してくれ。核弾頭の防護は、我々最大の任務でもある。核弾頭保管格納庫の周囲には6P(12.7ミリ機銃)の掩体壕とMRUD(対人地雷)を配置している。どんな敵だろうと容易には近づけない。君たちは計画どおり核弾頭保管格納庫内部で核弾頭を防護してくれ。君たちは最後の砦だ。よろしいかな、同志!」

最後は強い口調となった堀内少将の命令に、工藤大佐は「ダー」と言って司令部掩体壕を出て行った。

工藤大佐が出て行くのを目で追っていた堀内少将は、藤井中佐に向かってほほ笑みながら言った「藤井君、私は君を大切な友人だと思うから言わせてくれ。これからは、もっと相手を選んだ言葉使いに注意してくれ。相手は大佐だし、しかもKGBだ。この先どんな仕打ちをしてくるか分からん」

「申し訳ありません。以後注意します」藤井中佐は、素直に自分の非を認めて頭を下げた。それよりも、堀内少将が自分を友人と思っていたことがうれしかった。

「ステナからの準備状況は?」堀内少将は状況図の更新と通信を指揮する中尉に尋ねた。

「各部配置完了。司令官のご命令を待っています」

「よろしい。もう少し引きつけたところで発動しよう」堀内少将と藤井中佐はニヤリと笑った。

堀内少将と藤井中佐が考えたステナ作戦とは、廊下と部屋を仕切る壁に穴を開けて、そこに機銃を設置し、敵が接近したらそこから敵を掃討する作戦のことである。

当初から最大の懸案は、敵の空からの攻撃だった。星川軍の陸と空の連携攻撃はあなどれない。敵の攻撃機が廊下を自由に飛ぶのを阻止できないのであれば、廊下に配置する兵力は最低限にして別の方法をとらなければならない。そこで考え出したのが壁からの攻撃だった。

幅の狭い廊下では航空機が旋回する余地がなく、廊下から10センチほどの高さにあけた穴に爆弾を投下することは困難だ。しかも、地上から攻撃を受けても10センチの高さにある穴まで登ってくることはできない。

幸いなことにその壁は石膏ボードで造られていた。少し多目の爆薬が必要になるが、穴を開けることは容易だった。

この廊下と部屋を隔てる壁は、石膏ボード1枚ではない。廊下側の石膏ボードと部屋側の石膏ボードに分かれていて、両方の石膏ボードの間には3センチほどの空間があいていた。このため、最初に部屋側の石膏ボードに穴を開けた。あけた穴の奥にある3センチほどの隙間には、10センチの高さの足場を組み、そこに登る階段を設置した。現在は、廊下側の石膏ボードに穴を開ける予定の場所に爆薬を仕掛け、その近くの足場には機銃チームが待機している状態だった。

すでに準備は整った。そのことをブルー・ドラゴンの将兵は知らない。




R38基地(ホルモン・スモーク)2階 星川合衆国 レンジャー第3大隊本部中隊、ブラボー中隊


沢原大隊上級曹長が崩れた掩体壕に到達すると、そこには、すでにブラボー中隊長・下田大尉がいて、720th STG(星川空軍第720特殊戦術群)のCCT(戦闘統制員)・柴田一等軍曹に射撃を続ける掩体壕への空爆を要請させているところだった。

「上級曹長、無事で何よりだ。オールドマン(大隊長)と大隊指揮グループはまだか?」下田大尉の声は、飛び交う銃弾の音よりも大きく、そして落ち着いていた。

たたき上げの将校は違うな。沢原大隊上級曹長はそう思いながら言った「オールドマンKIA(戦死)。大隊指揮グループも将校は1名もいません。私ら下っ端だけです。私が見渡した限り第3大隊の最先任は下田大尉です」

「いや、最先任は上沼だ。ただ、屋根にいる」下田大尉は天井を指差した。

「屋根?」

「そうだ。あいつらは屋根に降りた」

「なんてこった」NVGをヘルメットにつけながら、沢原大隊上級曹長はそう呟いた。

「あと30秒」二人いるCCTの一人が報告した。

「伏せろ! 伏せろ! 爆撃が始まるぞ!」下田大尉は部下を伏せさせた。


腹に4発のGBU-12レーザー誘導爆弾を搭載したF-14Dが2機進入してきた。

2機のF-14Dは、それぞれの目標に肉眼では見えないレーザーを照射して目印をつけると、GBU-12を投下した。

GBU-12は、2発とも目印に吸い寄せられるように無傷の掩体壕を直撃して爆発した。

廊下から外に出ようとする2機のF-14Dを1発の9K38が追いかた。

ミサイルは、F-14Dが曳くデコイに当たって爆発した。


態勢を立て直した2機のF-14Dは、再び進入してきた。1回目と同じようにGBU-12を投下して同じように掩体壕を破壊すると廊下を出て行った。

これで廊下に残存する無傷の掩体壕はなくなった。


ホルモン・スモークの廊下は突然静かになった。聞こえるのは負傷者のうめき声と、負傷者を励ます衛生兵の声だけだった。

「輸送機の墜落で失った人員もいますから、今戦えるのは大隊の3分の2といったところです」沢原大隊上級曹長の言葉に下田大尉は黙って頷くと、無線機を操作してチャーリー中隊長・沢田大尉を呼び出した。「チャーリー6、ブラボー6、2階の最先任は私になった。状況は?」

「チャーリー6、墜落した第3小隊はほぼ全滅。このほかにKIA2、WIA(負傷者)5。だが、まだ戦える」

「ブラボー6、ラジャー、グリッドD18の崩れた掩体壕まで移動できるか?」

「チャーリー6 可能だ。掩体壕から撃たれる心配がなくなったからな」

「ブラボー6、移動をはじめろ。ただし少人数ずつだ。まとまって移動するなよ。この静けさ、嫌な感じがする」

「チャーリー6、ラジャー、チームごとに移動させる」

「ブラボー6、ラジャー、慎重にな。終わり」下田大尉は、続いてアルファ中隊第2小隊長・中川少尉を呼び出した。「アルファ2、ブラボー6、お前たちはこのままグリッドD21の崩れた掩体壕の陰で待機しろ」

「アルファ2、スロープに移動する準備はできています」中川少尉は血気盛んな新任少尉だった。

「ブラボー6、まだそこにいろ! ちょっと揺さぶって敵の動きを見る。いいな!」

「アルファ2、ラジャー」

「ブラボー6、終わり」

通信を終えた下田大尉は、ブラボー中隊第1小隊長を手招きした。




R38基地(ホルモン・スモーク)2階 香貫公国R38基地南北の部屋と部屋を区切る壁に設置した監視所


星川軍の空爆でズタズタになった防空指揮所が邪魔をして見えない部分はあるが、それでも廊下のほとんどを見渡せる場所に設置した監視所で、R38基地政治将校・高井大佐と2名の基地警備兵は、腹ばいになって廊下を監視していた。

目の前で防空指揮所がズタズタになり、コンクリート製の掩体壕がクッキーのように割れて、中にいた警備兵が飛ばされ、コンクリートの下敷きになるのをNVG越しに目撃した高井大佐の顔は真っ青だった。

だが、高井大佐は恐怖で青ざめていたのではない。

高井大佐は、戦争の残酷な面をはじめて見た。敵か味方かは分からないが、下からは負傷した兵士のうめき声が聞こえる。

これまで、ある時は他人を蹴落とし、ある時は競争相手を陥れて自分の出世だけを考えてきた。香貫という国では軍人の社会的地位が相対的に高く、さらに上級将校ともなれば様々な特権と栄誉が与えられるはずだった。そして高井大佐は、上級将校の一人に名を連ねた。

だが、現実は目の前に広がっている。

私がこれまでしてきたことの結果がこれなのか。敵味方を問わず、多くの兵士が死に、そして傷つき苦しんでいる。こんな事をするために出世だけを考えて人生をおくってきたのか。

いや、違う!

私は単に自分自身のプライドを守りたかっただけだ。こんな事をするために出世に人生をささげたわけではない。高井大佐は、心の中で叫んだ。

高井大佐の心の中では、政治部長に三行半を突きつけられ、出世レースに挫折したことにより崩れかけた何かが完全に崩れた。

「早く戦いをやめなければ」高井大佐は、そう呟いた。

「何か言われましたか?」隣で腹ばいになる軍曹が小声で聞き返した。

「いや、なんでもない」高井大佐は、前を見つめながら言った。

高井大佐は、今すぐ戦いをやめさせたいが、それができないことも知っていた。それに堀内少将は、こんな私を遠ざけるのではなく正しい道に進ませようと気を使ってくださる。堀内少将のためにも勝ってこの戦いを終わらせよう。今はそれに専念するのだ。高井大佐は、そう決意した。


「本部から、間もなく壁を爆破するそうです。ここを撤収せよとの命令です」高井大佐の後方で無線機を操作する上等兵が報告した。

「軍曹、君たちだけ先に撤収してくれ。私はもう少しここで監視する」

「大佐、一緒に撤収してください。壁を爆破すればこの監視所がなくても敵を監視できます。それに、将校を一人で危険な監視にあたらせたとあっちゃあ、私たち警備兵が何のためにいるのか分からなくなります」

「そうだったな。すまん、軍曹。撤収しよう」

高井大佐ら3名は、監視所を撤収して司令部掩体壕に向かった。




R38基地(ホルモン・スモーク)2階 香貫公国部屋と廊下を仕切る壁


ホルモン・スモークの廊下に断続的な爆発音が響いた。

爆発によって生じた煙が消え去ると、南側の部屋と廊下を仕切る壁に直径3センチほどの穴が5箇所開いていた。

穴が開くと、その内側では香貫軍の兵士たちが土嚢を積み上げ、6P59重機関銃を設置していった。それぞれの穴には、第1ステナから第5ステナまでの名前が与えられ、準備が終わったステナから射撃を開始した。

一番北側の第1ステナでは、射撃目標に困らない射手が機関銃の射撃を開始した。

射手の目標は、第1ステナの目の前で墜落した艦上攻撃機・流星改二の搭乗員を救出に向かう5名のレンジャー隊員だった。

古いNVGを着けた射手の、最初の一連射は誰にも当たらなかった。突然の射撃に驚いた5名のレンジャー隊員は、CBU-87クラスター爆弾の直撃を受けて動かなくなった9K35の陰に隠れたため、射手は目標を失った。




R38基地(ホルモン・スモーク)2階 星川合衆国 MH-60S


南側からホルモン・スモークに進入したMH-60Sは、機首を大きく上げて速度を落とすとホバリングに移行することなく滑走路に着陸した。

間を入れずに、開け放たれたサイド・ドアから島崎大尉ら4名のシールズ隊員が飛び出すと、穴から射撃を受けて身動きの取れないアルファ中隊が隠れる崩れた掩体壕に走った。

島崎大尉が崩れた掩体壕に着いたのと同時に南側から爆発音が響いた。島崎大尉が爆発音のあった方向に振り向くと、9K38ミサイルによってMH-60Sが燃えながらホルモン・スモーク外の地面に落ちていくところだった。

「ちくしょう」島崎大尉は毒づくと、この集団の指揮官を探した。


江見1等兵曹は、周囲を飛び交う弾を避けるために伏せているレンジャー隊員の横に滑り込んだ。

「やあ、相棒」江見1等兵曹は、そのレンジャー隊員、勝本3等兵曹に話しかけた。

「あなたは?」勝本3等兵曹は、自分たちと違う装備をした江見1等兵曹を怪訝そうに見つめた。

「オレは、ネイビー・シールズの江見1等兵曹だ。君は?」

「勝本3等兵曹であります」若いレンジャー隊員にとって特殊部隊員は憧れの存在だった。

「よろしく。君にあえてうれしいよ。ところで食い物はもってないか?」

「えっ! あっ! あります。1等兵曹殿」勝本3等兵曹は、突然のことに驚いたが、ズボンのポケットにチョコバーを入れていたことを思い出すと、ゴソゴソとズボンのポケットを探って江見1等兵曹に渡した。

「オレ達は、君が来る前からそこの木でここを監視していたんだ。レーション以外の食い物が欲しくてな。おかげで助かったよ。ありがとう」江見1等兵曹は、チョコバーを一口で食べた。

「チョコバーのお礼に、あの穴の機銃を少しの間だけ黙らせてやる。チョイと待ってな」江見1等兵曹は、着陸する寸前にMH-60Sの機内から見た穴の中の機関銃座にスナイパーライフルMK13の銃口を向けた。

MK13から発射されたウィンチェスター・マグナム弾は、6P59重機関銃の機関部に命中した。射撃中だった6P59は暴発し、射手は負傷した。新しい機銃に変えるまでの数分間、第4ステナから銃撃を受けることがなくなった。

「これで一息つけるぞ、3等兵曹」

勝本3等兵曹がお礼を言う前に島崎大尉の声が響いた。「江見! 今のうちに一つ北側の掩体壕に移動する。急げ!」

「後でまた会おう。ところで3等兵曹、君に部下は?」

「そこに3名います」

「君はよくやっている。部下を大切にしろ。わかったな」江見1等兵曹は、そう言い残して立ち去った。

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